カシオの電卓をかたわらに授業に臨むベトナムの学生たち(写真:カシオ計算機)

落としても壊れない、G-SHOCK(Gショック)が絶対的な知名度を誇るカシオ計算機。Gショックはカシオの売上高の約3割を占め、利益率も20%を超える大黒柱だが、その陰に隠れた安定収益事業がある。

関数電卓や電子辞書などを扱う、主に学生向けの教育事業だ。

2021年度までに世界販売2割増を計画

カシオの教育事業は関数電卓と電子辞書のほか、電子ピアノなどの楽器で構成されている。この中で、社名どおりにもっとも得意としているのが関数電卓だ。2018年度の関数電卓の売上高営業利益率は16%と、全社の利益率10.1%と比べても高収益だ。


関数電卓とは、四則演算や百分率の計算機能以外に高校数学で学ぶ微積分や対数、三角関数などの機能がついた電卓のこと。通常の電卓は廉価品なら数百円で購入できるが、関数電卓は数千円、高いものでは数万円する高額商品だ。

カシオは2018年度の1年間に、世界100カ国以上で2360万台の関数電卓を販売。今年5月に発表された中期経営計画では2021年度に販売台数を2870万台へ、さらに2割以上販売台数を増やそうと計画している。売り上げの半分近くは欧米だが、台数増を牽引しているのは東南アジアなどの新興国だ。

昨年9月にカシオはインドネシア教育文化省と、STEM(科学や技術など)分野におけるパートナーシップ契約を結んだ。現地の学校へ関数電卓を販売し、数学教員らに関数電卓の使い方を指導する。インドネシア以外でも、フィリピンやタイなどでも同様の取り組みを行い、関数電卓の普及率を上げる狙いがある。

カシオが教育事業に力を入れるのは、毎年新入生など一定規模の新規顧客を確実に見込むことができるうえ、生産量を予測しやすく、生産過剰に陥るリスクが少ないからだ。同社教育関数BU(ビジネスユニット)事業部長である太田伸司執行役員は「親が子どもたちの教育に投資を惜しまないのは万国共通」と教育事業の強みを話す。

さらに、数学教育が発展途上だった東南アジアなど新興国市場に着目。数学を効率よく学習できるように関数電卓による数学教育法を普及する取り組みを、1995年のベトナムを皮切りにタイやフィリピン、インドネシア、サウジアラビアなど十数カ国で展開している。

中東やアフリカに出回る偽関数電卓

カシオは関数電卓をただ販売するのではなく、現地の行政や研究機関と連携して関数電卓による授業の効果を検証している。2012年に行われたOECD(経済協力開発機構)の「国際的な生徒の学習到達度調査」(PISA)では、初めて調査に参加したベトナムが数学部門で17位を記録するなど関数電卓による指導の効果がみられるという。


カシオの隠れた高収益事業・関数電卓(右)(撮影:尾形文繁)

中東やアフリカなどでは、義務教育制度などの整備がこれからという地域も多く、関数電卓の拡大余地は大きい。一方で、これらの地域ではカシオをかたる偽関数電卓も出回っている。太田氏は「品質はもちろん正規品のほうが優れているが、思ったよりも出来がいい偽物も多い」と警戒感をあらわす。

偽物の中には演算処理をしているわけではなく、数字と数式のパターンを記憶させて計算式の答えを表示させているものや、ただの飾りとなっているソーラーパネルなどが多い。

計算機という「ハード」を売るだけではなく、Webアプリなどのソフトの提供も始まっている。「CASIO EDU+」というアプリでは、関数電卓上に表示されたQRコードを読み取り、答えに至るまでの数式やグラフを表示できる。生徒同士でデータの共有も可能で、グループワークやディスカッションにも対応できる。

また、北米ではネット上で行われる数学試験や電子教科書での採点ツールや学習ツールを提供している。

日本の教育現場で関数電卓はなじみが薄い

海外で拡大が続く関数電卓だが、意外な盲点となっているのが国内販売だ。カシオは30年以上前から欧米で関数電卓を販売してきたが、日本の教育現場では手計算が重視されるため、入試はおろか学校の授業でも関数電卓の使用は基本的に認められてこなかった。そのため、大学の理系学部や経済学部で学ぶ人たち以外では関数電卓はそもそもなじみが薄い。

2020年に行われる大学入試改革の議論の中で、関数電卓の使用を検討の俎上に載せることが断念されたという。「現場の高校の先生たちが関数電卓による教授法を知らないうえ、手計算を頑張ってきた自らの成功体験が捨てきれない」(文科省初等中等教育局の職員)など議論の俎上にすら載らない状況だ。

そのため、教育事業の国内販売の主軸は電子辞書で、関数電卓は大学などの推薦教材扱いだ。電子辞書の売り上げの大半は年度末と季節の偏りがあるうえ、利益率は関数電卓と比べても低い。

「いつかは日本でも関数電卓を広く展開したい」(太田氏)。理系学部出身者を中心に関数電卓の使用者や経験者は着実に増えている。認知度が高まれば、いずれ日本でも関数電卓への理解が深まり、普及するかもしれない。