ラグビーW杯が面白い。

 幸運にも取材者として試合を観ているのだが、サッカーで通い慣れているスタジアムが、まるで違う空気感に包まれているから不思議だ。

 イングランド、フランス、アルゼンチンといったサッカー強国も参加しているが、ラグビーなりの支持層はいるのだろう。どこの国のファンもラグビーを楽しんでいて、フレンドリーで、サッカーでときに感じる殺伐さがない。選手たちがピッチに注ぐ熱量は凄まじいものがあるものの、4年に一度のフィエスタを楽しんでいる来訪者たちの笑顔が、個人的には真っ先に思い浮かぶ。

 ラグビーW杯ではテレビジョン・マッチ・オフィシャルが採用されている。通称TMOはサッカーのVARと同じで、トライやペナルティを映像で確認するものである。日本のトップリーグやスーパーラグビーでも使われているので、日本の観衆にも馴染んでいる。

 29日に行われたオーストラリア対ウェールズでは、TMOによるレビューが繰り返された。そのたびにゲームは途切れるが、映像はスタジアムのビジョンでも流される。観衆が置き去りにされないので、「待たされている」感じはしない。

 むしろ、スロー再生によって明らかになる事実に、観衆が反応してスタンドの熱が上がっていく。審判の決定は二者択一なので、利益を得る側とそうでない側が出てしまうが、それは避けがたいものでもある。TMOの決定を喜ぶ側と不満を持つ側に分かれることで、スタジアムの熱がさらにまた上がっていった。

 ひるがえってJリーグである。来シーズンからJ1にVARが導入されることが決まった。

 今シーズンは不可解なジャッジが相次いでいる。先週末のJ1リーグでも、試合後の記者会見でジャッジに触れる監督がいた。判定が覆らないことを分かっていながら、それでも口に出さざるを得ないのは、負の感情の一時的な爆発などではなく、1試合の重みを表している。

 シーズン序盤の判定は結果の裏側に隠れがちだが、最終的な順位はすべての試合の合計勝点によって決まる。いまはもう話題に上がらない試合の判定についても、当該チームの関係者は間違いなく覚えているだろう。そして、やり場のない思いを抱えているに違いない。

 VARは魔法ではない。たとえばPKを巡る判定にしても、議論は巻き起こるだろう。

 ペナルティエリア内で守備側の足が攻撃側に絡んだとしても、それが明確な意図に基づいているのか、身体の動きとして避けがたいものだったのか、までは映像からは読み取れない。シミュレーションにしても同様で、PKをもらいにいっているように見えるものの、「この態勢だと倒れざるを得ない」といったこともある。
 
 そうやって考えていくと、VARはその場、その場でジャッジの確度を高めていくのはもちろん、“判例”を蓄積していくものでもある。映像で見ても白か黒かがはっきりしないものはあり、それでも色分けをしていかなければいけない以上、VAR導入後もおそらく論争は絶えない。ただ、判定に対する納得感を高め、なおかつ選手をケガから守るためにも、テクノロジーの助けを借りるのは時代の流れに即している。

 J2とJ3への導入も、できるだけ早く実現させたい。選手とスタッフ、ファン・サポーターが1試合に賭ける思いは、カテゴリーの上下を問わない。

 マンパワーも予算も必要なのは分かる。しかし、選手たちの日々の努力が報われ、フェアプレー精神をサッカー界で広く分かち合う意味でも、J1への導入でひと息ついてはいけないと思うのだ。不可解なジャッジによる不満は、言うまでもなくJ2やJ3でも積み上がっている。