1/6SPACE10があるのは、コペンハーゲンの食肉加工地区。辺り一帯が青と白の建物で統一されている。SPACE10自体も、元は1,000平方メートルのロブスター用水槽だ。 2/6SPACE10の1階はオープンなガラス張り。通りすがりの人も、ふと中の様子を覗けるようになっている。プロジェクトの展示場所やイヴェントの会場としても使われているという。 3/6ラボ2階のキッチンでは、サスティナブルな食を実現するためのレシピが日々考案されている。 4/6SPACE10はイケアの出資で誕生したラボだが、あくまで自由な立場を維持している。オフィスのインテリアもイケアとその他のデザインの中間を目指しているという。 5/6SPACE10を訪れた7月末は、デンマークのヴァケーションシーズン。 6/6街は観光客で溢れ、オフィスもリラックスした空気に包まれていた。

カメラをかざすと、部屋にヴァーチャルな家具が現れる。イケアがARアプリ「IKEA Place」を発表したのは、2017年9月のことだった。アプリのベースとなっている「ARKit」が発表されたのは同年6月。開発期間はたったの9週間である。

「イケアのイノヴェイションラボ・SPACE10が紡ぐ、 残り90パーセントのための物語」の写真・リンク付きの記事はこちら

このスピードを支えたのが、イケアのイノヴェイションラボ「SPACE10」だ。実は、ここでは16年春からナチュラルユーザーインターフェイスやARに関するリサーチが行なわれていた。これがイケアの3Dモデルデータベースや過去のARプロジェクトと相まり、素早い実装が実現した。

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「大切なのは、技術の準備ができたときにイケアの側も準備万端であること。SPACE10の役割は、イケアにその準備をさせることです」と、ラボの共同創業者兼コミュニケーション・ディレクターのサイモン・キャスパーセンは話す。とはいえ、ここでいう準備とは、1年後のビジネスを考えることではない。

今日のビジネスではなく、明日のコンセプトを

SPACE10の秘密を探るべく訪れたのは、コペンハーゲンの食肉加工地区。その名からは想像しにくいが、工場と並んでアートギャラリーやクラブ、カフェやデザイン事務所などが入居するカルチャーの発信地でもある。観光客も多いこのエリアの一角にあるSPACE10は、「ちょっと覗いてみて!」と言わんばかりに1階がガラス張りになっている。

「SPACE10は、人類が今後直面するであろう危機にイケアがどう対応できるかを考える場として生まれました」と、キャスパーセンは言う。「イケアのビジネス問題を考える場ではありません。今日のビジネスではなく、明日のためのコンセプトを考える自由なラボなのです」

その使命を全うするため、SPACE10にはKPIも課されていない。「KPIと言えるものがあるとすれば、『イケアを未来志向でイノヴェイティヴな会社にすることに貢献しているか』という主観的なものです」

コラボレーションと遊び心

そんなSPACE10のリサーチは、コラボレーションによって成り立っている。プロジェクトのほとんどは、学生やクリエイター、各分野の専門家といった外部との共作だ。

「わたしたちはその分野のエキスパートになろうとしているわけではありません。学び続けるためにいるのです」と、コピーライター兼広報を務めるカトリーナ・ブリンドルは話す。

コラボレーションでSPACE10が大切にしているのは、専門家も一般の人も会話に参加できるようにすることだ。そのためにしばしばとられるのが「プレイフル(遊び心のある)リサーチ」という手法である。「複雑な研究を、とっつきやすく遊び心があるものにしようというアプローチです。

研究結果を分厚い論文ではなく、わかりやすいヴィジュアルや、実際にエンゲージできる何かにして世に出します」と、リードクリエイティヴ・プロデューサーのミッケル・クリストファーは言う。

例えば、自律走行車をどう空間として扱うかを探求したプロジェクト「Spaces on Wheels」では、スマホでクルマの様子を見られるARアプリをつくった。「会話のきっかけになるようなものがつくりたい。プラットフォームやインターフェイスでありたいんです」と、クリストファーは言う。

Future Food Today:「未来の食のトレンドと、実際のキッチンとのギャップを埋める」という志の下、SPACE10とクリエイティヴエージェンシーのBarkasはサスティナブルなレシピを集めた料理本を出版した。藻類チップスや食用昆虫のバーガーなど、いまから試せそうな未来のレシピが盛りだくさんだ。PHOTOGRAPH BY ULF SVANE"> LOKAL:都市でのサスティナブルな食糧供給手段として、SPACE10は水耕農業に可能性を見いだした。水耕農業システムのプロトタイプであるLOKALはロンドン・デザイン・フェアで展示され、そこで生産された野菜を使ったサラダが来場者に振る舞われた。そのフィードバックはイケアに共有され、その後の取り組みに生かされているという。PHOTOGRAPH BY RORY GARDINER for SPACE10"> SolarVille:クリーンエネルギーを、いま電気へのアクセスのない人も使えるようにするには? SolarVilleは、その方法を模索したプレイフルリサーチ・プロジェクトだ。50分の1スケールでつくられた村では、一部の家にソーラーパネルがついており、ほかの家はブロックチェーンベースの取引システムを通じて、生産された電気を直接購入する仕組みだ。PHOTOGRAPH BY IRINA BOERSMA for SPACE10"> Spaces on Wheels:一見イケアと関係なくとも、大きな変化を起こしうる技術は探求するのがSPACE10だ。ヴィジュアルトレンドラボf°am Studioと共同で自律走行車の空間としてのあり方を考えたSpaces on Wheelsもそのひとつ。オフィスやミニ診療所など7つの可能性が示され、ヴィジュアルやARアプリに落とし込まれた。PHOTOGRAPH BY SPACE10 in collaboration with FOAM STUDIO"> The Urban Village Project:建築事務所EFFEKT Architectsと共同で、SPACE10は低価格かつサスティナブルで住みやすいコ・リヴィングのかたちを提案した。このモジュラー型住居に対し「日本の継ぎ手を応用するアイデアや災害復興での活用、実証希望まで、世界中から意見が集まっています」と、建築主任を務めるジェイミー・ウィリアムスは言う。IMAGE BY EFFEKT ARCHITECTS for SPACE10"> Growroom:食糧生産の未来を考えるSPACE10は、建築家サイン・リンドホルとマッズ・ウーリック・フーズムらと球型の菜園「The Growroom」を考案した。世界中からの展示希望の声を受け、設計図をDLしてDIYできるデジタルファブリケーション版も制作された。PHOTOGRAPH BY ALICIA SJÖSTRÖM for SPACE10"> 1/6Future Food Today:「未来の食のトレンドと、実際のキッチンとのギャップを埋める」という志の下、SPACE10とクリエイティヴエージェンシーのBarkasはサスティナブルなレシピを集めた料理本を出版した。藻類チップスや食用昆虫のバーガーなど、いまから試せそうな未来のレシピが盛りだくさんだ。PHOTOGRAPH BY ULF SVANE 2/6LOKAL:都市でのサスティナブルな食糧供給手段として、SPACE10は水耕農業に可能性を見いだした。水耕農業システムのプロトタイプであるLOKALはロンドン・デザイン・フェアで展示され、そこで生産された野菜を使ったサラダが来場者に振る舞われた。そのフィードバックはイケアに共有され、その後の取り組みに生かされているという。PHOTOGRAPH BY RORY GARDINER for SPACE10 3/6SolarVille:クリーンエネルギーを、いま電気へのアクセスのない人も使えるようにするには? SolarVilleは、その方法を模索したプレイフルリサーチ・プロジェクトだ。50分の1スケールでつくられた村では、一部の家にソーラーパネルがついており、ほかの家はブロックチェーンベースの取引システムを通じて、生産された電気を直接購入する仕組みだ。PHOTOGRAPH BY IRINA BOERSMA for SPACE10 4/6Spaces on Wheels:一見イケアと関係なくとも、大きな変化を起こしうる技術は探求するのがSPACE10だ。ヴィジュアルトレンドラボf°am Studioと共同で自律走行車の空間としてのあり方を考えたSpaces on Wheelsもそのひとつ。オフィスやミニ診療所など7つの可能性が示され、ヴィジュアルやARアプリに落とし込まれた。PHOTOGRAPH BY SPACE10 in collaboration with FOAM STUDIO 5/6The Urban Village Project:建築事務所EFFEKT Architectsと共同で、SPACE10は低価格かつサスティナブルで住みやすいコ・リヴィングのかたちを提案した。このモジュラー型住居に対し「日本の継ぎ手を応用するアイデアや災害復興での活用、実証希望まで、世界中から意見が集まっています」と、建築主任を務めるジェイミー・ウィリアムスは言う。IMAGE BY EFFEKT ARCHITECTS for SPACE10 6/6Growroom:食糧生産の未来を考えるSPACE10は、建築家サイン・リンドホルとマッズ・ウーリック・フーズムらと球型の菜園「The Growroom」を考案した。世界中からの展示希望の声を受け、設計図をDLしてDIYできるデジタルファブリケーション版も制作された。PHOTOGRAPH BY ALICIA SJÖSTRÖM for SPACE10

「残りの90パーセント」のためのイノヴェイション

SPACE10の全プロジェクトがプレイフルリサーチだというわけではないが、どのリサーチもエンゲージやフィードバックがしやすいかたちで世に出る。それは、SPACE10が見つめる未来がイケア同様に「より多くの」ための未来だからだ。

「いまの技術的ブレイクスルーの多くは、裕福な10パーセントの人々のためのもの。でも、われわれは残りの90パーセントの人々にイノヴェイションを提供したいんです」と、キャスパーセンは話す。だが、閉じられた環境でリサーチや研究をしていては、それが本当にみんなが望む未来なのかはわからない。

「『誰もが作戦をもっている。パンチを食らうまでの話だがな』と、元プロボクサーのマイク・タイソンは言っていましたが、最初からアイデアをシェアして早めにパンチを食らうようにしています。人々に受け入れられるための方法は、早くからいろいろな人と協働することなんです」。SPACE10が紡ぐ残り90パーセントのための物語は、あなたと紡ぐ物語なのだ。