メディアもクラブも、国さえも。馬鹿げたアンス・ファティ狂騒曲

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文 木村浩嗣

異例の超速対応

 アンス・ファティをめぐる馬鹿げた騒動が続いている。1カ月前の8月25日、バルセロナ史上2番目の若さ(16歳298日)でデビューし、31日にクラブ史上最年少(16歳304日)でゴールを挙げた、この若者に罪はない。近い将来、相手チームに対策されたりアントワーヌ・グリーズマン、ウスマン・デンベレとのポジション争いで出番が減ったりしてブレーキがかかり騒動も落ち着くのだろうが、ドリブル、シュートに卓越したものがある彼には、このまま大きく育ってほしいと願うばかりだ。

 「馬鹿げた」というのは周りの大人のはしゃぎぶりである。メッシの負傷離脱が続きグリーズマンとルイス・スアレスが本調子でないチームで、エルネスト・バルベルデ監督がこの若者に頼り、活躍したものだからメディアが騒ぎ立てるのはわかるが、もてはやし過ぎは本人にとってマイナスにしかならないのに、クラブ側にもメディア側にもそんな配慮はうかがえない。実は、16歳の少年に希望を託さざるを得ない背景には杜撰(ずさん)な補強プランとかプレシーズンの体作りの失敗だとかがあり、「アンス・ファティ!」の連呼によってそれを隠蔽しているようにさえ見える。

 公の機関の対応も浮かれたものだった。

 RFEF(スペインサッカー連盟)は、ギニアビサウ生まれでスペイン育ちのアンス・ファティが二重国籍を取得でき、本人がスペイン代表でのプレーを希望していることを知ると、慌てて法務省に国籍を与えるよう働きかけた。それを受けて法務省は9月20日、超スピードで国籍を与えた。

 同省のニュースリリースにはこうあった。

 「ファティは素晴らしい才能のある選手で、現在はFIFAの未成年者の契約規定を満たしFCバルセロナに所属。16歳にして史上2番目の若さでリーガデビューした」「この国籍授与によって10月26日、ブラジルでスタートするU-17W杯に参戦することが可能になった」

 これではお役所の報告書というより、アンス・ファティのプロモーション資料である。

ある陸上選手の異議

 通常、国籍入手には厳しい審査と長い年月がかかるものだから、この特別扱いに異議を唱えた者がいた。8歳から16年間スペインに住み続けている陸上選手のマハ・バカリは、欧州選手権出場資格をクリアする実力がありながらスペイン国籍を取得できないことから参加を断念。来年の東京五輪参加を夢見てスペイン国籍を十数年間も待ち続けている、というのだ。

 いずれにせよ、アンス・ファティはU-17W杯に参加するのかと思ったら、26日になってRFEFが来月のU-21の親善試合と欧州選手権予選に招集する方針を固めたという報道が、バルセロナ系のメディアから出た。それが事実なら彼はU-17W杯参戦で失うはずだったリーグ戦5試合、CL2試合に出場可能ということになる。この突然の方針変更の裏では、バルセロナとRFEFで何らかの“取引”があったと見るのは自然なことだろう。

 「アンス、クラシコに出場OK」というそのニュースのタイトルを見て、何かがおかしいと思うのは私だけだろうか。

Photo: Getty Images