短距離界レジェンドインタビュー
朝原宣治・後編

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 9月27日からカタールのドーハで開催される世界陸上の男子4×100mリレーで、日本初の金メダル獲得の期待が高まっている。100m9秒台の選手が、サニブラウン・ハキーム、桐生祥秀、小池祐貴の3名となり、日本史上最強のメンバーで戦える可能性があるからだ。来年の東京五輪に向けた指標になる世界陸上の展望を、朝原宣治に聞いた。


世界陸上のリレーで起用が濃厚な、(左から)小池裕貴、桐生祥秀、サニブラウン・ハキーム photo by Matsuo/AFLO SPORTS

――6月に行なわれた日本選手権の男子100mと200mをどのように見ましたか?

「これまでの日本選手権よりもレベルと注目度が高くなり、選手たちは実力を発揮してすばらしい大会になったと思います」

――サニブラウン・ハキーム選手が100mと200mを制しましたが、成長した点はどこでしょう?

「本人も口にしているように、スタートから中盤までの走りがスムーズになり、体つきがかなり変わりましたよね。今後は、アジア記録の9秒91がターゲットになるでしょう」

―― 一方、100mで2位、200mで3位になった桐生祥秀選手の印象は?

「桐生選手は、100mで9秒98を出した時は47歩で走っているんですが、日本選手権の時は48歩と1歩多く、タイムも10秒16とよくなかった。隣のレーンにサニブラウン選手がいたことで全身に力が入り、余計なことを考えているように見えました。自分のレースに徹することができれば、もう少しタイムが出るはず。サニブラウン選手には勝つためには、あと一段階頑張る必要がありますね」

――日本選手権後に、小池祐貴選手も9秒台を出しました。

「小池選手は学生時代から期待はされていたものの、どちらかといえば桐生選手らの陰に隠れて、特別な選手という位置づけではありませんでした。大学時代にはスランプに陥っていましたが、別人のように急成長を遂げて9秒台を出した。そんな小池選手を見て、選手個々の可能性を引き出すための指導や情報、モチベーションの重要性を感じましたね」

――朝原さんは「100mは人間力」という言葉を残していますが、そこにはどのような意味が込められているのですか?

「100mはシンプルな競技で、サニブラウン選手みたいに体が大きくて力がある人が勝つという単純なものではない。多くの人のアドバイスを受けて練習を積み重ね、技術とメンタルの全てが整った状態でスタートラインに立ち、勝負をしなければなりません。だから、『人間の力の全てが、短い100mに注ぎ込まれる』という意味になります」


世界陸上のリレーについて語る朝原氏 photo by Tanimoto yuuri

――桐生選手や小池選手が、さらに成長するためにも重要なことのように感じます。

「彼らもまだ若いですから、質の高いトレーニングを行ない、テクニックや身体能力を向上させ、世界のトップと競り合うことが当たり前になる経験と、自信をどれだけ得られるかですね。時には自分の体の状態を冷静に見て、ケガをしないよう注意することも忘れないでほしいです」

――過去最強との呼び声も高いメンバーが名を連ねる4×100mリレーは、「近いうちに世界一になるのでは」と期待されていますね。

「東京五輪まで約1年ありますし、選手たちがどこまで成長するのか楽しみです。今年の世界陸上では、ウサイン・ボルトがいなくなったジャマイカには勢いがないですから、アメリカとイギリスとの争いになると思います。メダル獲得の可能性は高いと思うので、あとは何色になるかですね」

――朝原さんも、現役の選手たちにアドバイスをすることはあるのでしょうか。

「2004年のアテネ五輪でリレーのメンバーだったツッチー(土江寛裕コーチ)が指導しているので、バトンパスなどのダメ出しをしようかな(笑)。それは冗談で、熟練したスタッフたちが、最速のスピードが出るための組み合わせ、誰かが駄目だった場合にどうするか、といったことを考え尽くしていますから心配ないでしょう。

 北京五輪の時は、チーム全員が『本当にメダルを獲れるのかな?』と緊張していて、スタッフたちも選手起用などで迷いがあっと思います。しかし今は、『メダルを獲る』という自信が大きくなっているでしょうし、金メダルに向けて世界屈指のメンタルを兼ね備えたチームになっているように感じます」

――先日、世界選手権でのリレーのオーダーが発表されました(小池祐貴−白石黄良々−桐生祥秀−サニブラウン・ハキーム)が、朝原さんの印象は?

「第1走の小池選手は、スタートがよくカーブもすばらしい走りをするので、チームに勢いをつけてくれると思います。100mと200mにもエントリーしているので、そのダメージがリレーのバトンパスに出る可能性を考慮しての、第1走での起用でしょう。第2走の白石選手は、今年、彗星の如く現れたスプリンターです。代表での国際レース経験を積み重ね、安定した実力を発揮できる選手へと成長しました。高いスピードを維持する伸びのある走りが特徴なので、それに期待です。

 第3走の桐生選手は、オリンピックや世界陸上などでも世界のトップレベルで第3走を担ってきました。安定した実績があるので、初めてメンバーに入るサニブラウン選手にもスピードを落とさずバトンをつなげられると思います。そして第4走のサニブラウン選手は、バトンがスムーズに渡れば、計り知れない加速力で、強豪国のアンカーとの競り合いにも負けない実力があります。彼がメンバーに入り、どのような相乗効果をもたらすのか楽しみです」

――あらためて、すごく期待感のあるメンバーですね。

「他にも力のある選手がいますから、誰が出てもいいレースができると思います。今回の世界陸上は東京五輪の”前哨戦”で、先ほども話したようにリレーではアメリカとイギリスとの力関係を図ることができます。日本が金メダルを獲得するチャンスも十分にありますし、その瞬間を見逃さないよう、僕も注目して見守りたいと思います」

■プロフィール 朝原宣治(あさはら・のぶはる)
1972年6月21日、兵庫県生まれ。1996年アトランタ五輪100mで日本人選手として28年ぶりに準決勝に進出。2008年北京五輪4×100mリレーで銀メダルを獲得するなど、4大会連続で五輪に出場。2008年9月に引退を表明し、現在は兵庫県西宮市を拠点とした陸上クラブ「NOBY T&F CLUB」の主宰を務める。