パスタをゆでるとき、塩を入れたり、差し水をするのは当たり前だと思っていないか(写真:kazuoka30/PIXTA)

「人類は麺類」とまでいえるかは別として、麺類が嫌いという人はあまりいないだろう。昼は必ず麺類という人もいるはずだ。ただ、材料が同じでも麺によって弾力や香りなどが違うのはなぜか、従来の調理法は合理的なのかといったことを考える人は少ない。いくつになっても自ら実験、分析する工学者が科学的に迫る。『麺の科学 粉が生み出す豊かな食感・香り・うまみ』を書いた工学院大学の山田昌治教授に詳しく聞いた。

小麦粉を使った2大加工品がパンと麺

──実は専門はパンだとか。

日清製粉の研究所では両方やりましたが、どちらかというとパンで、最も成果が上がったのが生地をこねる研究。こねる工程の研究が少ないので、酵母の表層にオワンクラゲの緑色のタンパク質を移植して目に見えるようにしました。

──ノーベル賞で有名な光るやつ。

可視化できた酵母を入れた生地をこねて凍結、1マイクロメートル単位でスライスし、一枚一枚酵母の分布を調べて3次元化し動径分布関数を求めるという論文を書いたら、日本農芸化学会の論文賞をいただきました。なので、本書の話が来たときも「パンの科学」ならすぐ書けると言ったんです。そうしたら、それはもうあります、って(笑)。著者の吉野精一さんはパンの分野では有名な方で、非常に優秀。彼が書いているなら仕方ないか、と。

──パンであれ麺であれ、小麦は粉にしないと食べられない。

小麦粒は表皮が内部に食い込んでいて、コメのように表面を磨いただけでは表皮をすべて取り去れません。表皮はにおいがきつくて食べられないから牛、馬の餌になる。全粒粉のパンは体にいいとわかっていても、あまり売れないでしょ。表皮を取るため砕いて粉にする。小麦粉を使った2大加工品がパンと麺です。

──麺=でんぷんという印象ですが、タンパク質も重要ですね。

小麦粉の成分としては10%程度しかないのに、麺の食感のほとんどはタンパク質で決まります。

もちろん、でんぷんも食感に関係します。水を加えて熱すると糊化(こか)して、アミロースとアミロペクチンという2つの糖質の構成比によって食感がドロッとしたり、モチモチになったり。例えば、うどんはモチモチ感が必要なので、低アミロース系の小麦が使われます。

一方でタンパク質は、その水和物であるグルテンの量が麺の弾力性を決めます。今研究しているのは、グルテンの量や質をコントロールすることで麺の食感を自由自在に変えるというものです。手延べ麺は機械で作った麺に比べて歯応えがあるのですが、その理由もグルテンの構造を可視化することでわかっています。ポイントはpH(水素イオン濃度)。かん水、重曹などで塩基性にすると弾力が増し、格段に歯応えが増します。

パンケーキをおいしくする「コツ」

──もう1つ重要なのが脂質。

脂質は香りに効きます。小麦粉の独特な香りは不飽和脂肪酸が酸化した結果出るアルデヒド類のにおい。植物が作る代表的な不飽和脂肪酸がリノール酸とα-リノレン酸でそれぞれ酸化するとヘキサナール、ヘキセナールになる。麺によって香りが違うのはこの2つの割合の違いです。また、アルデヒド類は食感にも関わっています。製麺過程で油を塗るそうめんや五島うどんは時間が経つと食感がしっかりします。いわゆる古物(ひねもの)がよしとされるのはこれが理由です。


山田昌治(やまだまさはる)/1953年生まれ。1977年京都大学工学部化学工業科卒業、79年同大学院修士課程修了。秋田大学を経て1988年日清製粉入社、食品の研究開発に従事。2010年から工学院大学先進工学部応用化学科教授。専門は化工物性・移動操作・単位操作。テレビ出演多数。(撮影:今井康一)

──材料の性質を知って調理するとおいしさが全然違ってくる。

例えば、パンケーキはグルテンが出ないようにするとおいしくなります。小麦粉をフライパンで炒めてグルテンを失活させると大きく膨らみます。こういうノウハウの原理は小麦の専門書に書いてありますが、小麦の専門家は積極的に広めたりはしません。

一方、料理家は原理がわからない。私の役割はこの間をつなぐことだと思っています。工学の目的は基礎理論の実用化です。どう調理すれば、麺がおいしくなるか、パンが大きく膨らむかというのは、工学の目的の具現化だと思っています。

──スパゲティと塩は驚きです。

うどんはコシを出すために製麺時に塩を加えますが、スパゲティに使うデュラム小麦はほかの小麦に比べてタンパク質が多く、塩は加えません。ゆでるときには塩を入れよといわれますが、実験によれば、巷間いわれる程度の塩なら入れなくても弾力は変わりません。

──つまり、無意味。

弾力に関しては。風味づけならありえますが、風味がつくほど入れると、すごく塩辛くなる。弾力を増すなら重曹ですが、もともとコシがあるので中華麺のようになる。パスタをラーメンにしてもね。そうめんをゆでるときに重曹を入れて弾力を増し、チャンプルーなど2次調理向けにするというようなのは理にかなっています。

糖質制限すればいいというものでもない

──差し水もすべきではない?

でんぷんを軟らかくするだけなら60度程度で十分です。水を沸騰させるのは、グルテンを熱変性させ食感を高めるため。さらに言うと、小麦粉にはアミラーゼ阻害剤という毒性のタンパク質が含まれており、小麦粉を生で食べるとお腹(なか)を壊しますから、よく火を通して失活させないといけない。差し水はしちゃ駄目、です。


──水蒸気調理法の提案などいろいろありますが、食べ方も重要。

学生のお昼を見ていると、お腹が満たされるので特大のカップ焼きそばを食べたりしています。これだけでは血糖値が急上昇し、下げるために多量のインスリンが分泌され、下がりすぎると今度はアドレナリン。体にいいわけがない。

じゃあ、はやりの低糖質ダイエットのように糖質を制限すればいいかというと、これも問題がある。血液脳関門を通れるのはグルコース(ブドウ糖)。これを遮断する危険性は認識すべきでしょう。

要は食べ方です。肉や魚などのタンパク質や野菜を先に食べてから麺。懐石料理も締めに糖質です。うどんなら素うどんより、きつねうどん、天ぷらうどんがいい。

──お好きな麺料理は?

麺はどれも好きです。ただ、ソウルフードという意味では「天下一品」のラーメン。私が学生の頃、木村勉会長が屋台を引き始めていて、たくさんの京大の学生が縁石に腰を下ろして食べるんです。週に3回は食べたかな。今も食べますが、コッテリ系なので月1回と決めています(笑)。学生を数人連れて、研究の愚痴を聞いたりしながら盛り上がっています。