「新しいものを食べた」読後感だと言う作家のはあちゅうさんから『サードドア』の読み方を聞いた(写真:metamorworks/iStock)

発売たちまち11万部突破のベストセラーとなった、アレックス・バナヤン著『サードドア:精神的資産のふやし方』。
18歳の大学生が、期末試験前日に一念発起してテレビのクイズ番組に出場し、ビル・ゲイツ、スピルバーグ、レディー・ガガなど世界屈指の成功者たちに突撃インタビューしようと七転八倒する実話だ。
著名なブロガーで作家のはあちゅうさんから『サードドア』の読み方を聞いた。

「新しいものを食べた」読後感

『サードドア』は、読後に、好きか嫌いかではなく、新しいものを食べたような感覚が残る本でした。自分が知らないものを初めて食べて「こういう味があるのか、面白いな」という感じです。これが世の中に受け入れられるのか、という新しさを感じました。


話題のベストセラー『サードドア:精神的資産のふやし方』の特設サイトはこちら(画像をクリックするとジャンプします)

最初は、レディー・ガガやビル・ゲイツなど、成功者の名言がたくさん登場するのだろうと思いながら読んでいたんです。ビジネス書というのは、成功者の軌跡や成功のコツについて語られているものが多いので……。読み終わったら、冒頭に書かれている「誰も教えてくれないサードドア」の開け方がわかるんだろうなと。

ところが、どこまで読んでも名言らしき名言は出てこないし、明確な結論があるわけでもない。この本は、成功者に教えを請うのではなく、主人公アレックス・バナヤンの体験をシェアするというタイプの本なんですね。そして、現実は、偉人が名言ばかり吐いているような世界じゃないということもよくわかる内容でした。

まず『サードドア』には、これをやったら失敗したという体験談が赤裸々に語られています。アレックスが、インタビューしたい著名人たちに執拗に迷惑なメールを送り続ける場面が何度もありますが、私自身、「意識高い系」と呼ばれる方々から、「会いたい」と連絡をいただくことも多いので、このアレックスの無礼さには「こういう人いるよなあ」といら立ちを覚えました。

私の元にも、一方的に長々と経歴や自己アピールをつづったあと、最後に、こちらにメリットを提示するわけでもなく、ただ会いたいとか、頼みごとが書いてあるメールがよく届きます。アレックスも最初はそんなメールを送ろうとしますが、彼を指導する人物が現れて「忙しい人にメールを書くときはこうするんだ」と、具体的な文面も出てきますよね。

使ってはいけない文言とか、シンプルに書くとか、読んでいてそのとおりだと思いましたし、誰かにアタック・交渉したいときに必要なことが詳しく書かれていますから、ここは読者にとって参考になる部分だと思います。

インサイドマンは必要

でも、振り返ると私もアレックスのようなことをしていた時期がありました。アタックする側だったんです。


はあちゅう/ブロガー・作家。慶應義塾大学卒業後、電通に入社、コピーライターとして勤務。2014年からフリーランスで活動を開始、2018年、AV男優のしみけんとの事実婚を発表。『旦那観察日記――AV男優との新婚生活』(スクウェア・エニックス)など著書多数。(撮影:風間仁一郎)

大学在学中、卒業旅行として企業スポンサーを募って世界一周するというプロジェクトを立ち上げたのですが、最初は無視されたり、けんもほろろの連続でした。『サードドア』には「インサイドマンを探せ」という箇所がありますが、同感です。正面突破で話を聞いてくれる人なんて、まずいません。

私の場合も、いろんなツテを頼って、アタックしていったんです。すると、相談した方から「僕ではダメだけど、あの人なら」と話を聞いてくれそうな人を紹介してもらえたり、アドバイスをいただいたりできるようになりました。

とくに印象深かったのは、アレックスのメンターになったエリオット・ビズノーが、いかに経験を面白く語れるかどうかだと言う場面ですね。まさに!と思いました。

「せっかくのミーティングで、そんなおいしい話をしないなんて、もったいなさ過ぎる。お前のミッションはすばらしい。でも今の話は、何よりもお前のことを物語ってる。注目に値する話だぞ」

「誰だって生きていれば何かしら経験する。それを面白おかしく語れるかどうかで、違いが生まれるんだよ」

僕はエリオットの言葉にあっけにとられて、ゲストたちが戻ってきたことに気づかなかった。

(9章 エリオットの秘密)

SNSでバズるエピソードの傾向の1つに、多くの人が経験したことのある話、が挙げられます。つまり、誰の身にも起きてはいるけど、その面白さに気がついて表現できるかどうかで、何者かになれるかどうかが決まる。

私自身、日常の面白さをいろんな形で発信していくことを仕事にしています。ところがよく「こんなのあたりまえの話」とか「私のほうが先にそう思ってた」と言われるんです。思っているだけなら誰にでもできます。同じような日常を経験していても、まずそれが面白いと気がついて、自分なりにアレンジした発信をしたり、仕事にすべく行動できたかどうかが重要なんです。

アレックスもボロボロになっても行動したから本を出版できたわけですし、これは、どんな仕事をしていくうえでも、プライベートの場面でも、重要なスキルだと思っています。彼のメンターの言葉には、大事な気づきがありますね。

まねをする人がいないことは、新しい職業を作ること

――はあちゅうさんにも、メンターはいらっしゃいますか?

私にはいないですね。あの人のおかげでフリーランスへの道が開けたとか、あの編集者さんと出会ったから連載を持てたとか、キーマンになる方はいるのですが、1人の人の弟子となって、手取り足取り何かを教えてもらうということはありませんでした。どちらかというと、いろんな人の背中を見て学んだという感覚でしょうか。

私は「ネット時代の新しい作家の形を模索中」としているのですが、参考にしているのは従来の作家の方々の働き方だけではなく、SNS上のインフルエンサーなんです。そして、まねをする人がいないということが、新しい職業を作ることだとも思っています。

その点で、『サードドア』に登場するメンターは、どんな職業の人にとっても、覚えておくといい話ばかりをしていますから、私自身、勉強になりました。

面白かったのは、ウォーレン・バフェットにアタックする過程に登場する、「やらないことリスト」の話です。ここには大きな教訓があると感じました。

現代は、さしたる目的もなく、ただ何かに挑戦すれば人生が充実するだろうという感覚の人が多くて、「やりたいこと」のリストは多いんですよね。「死ぬまでにやりたい100のリスト」のようなバケットリストが流行しましたが、その結果、飛びたくもないバンジージャンプを飛んだり、何の原体験もないのにオーロラを見たくなったりする人がたくさん生まれてしまった気がします。

今は夢を持つことが難しい時代です。だから、自分には夢があるかのように見せたり、そう思い込みたくなるのだとも思います。子どもは、「働かずに寝て暮らしたい」と言うより、「宇宙飛行士になりたい」と大きな夢を言えるほうが褒められますよね。大人の世界も同じです。宇宙を目指す堀江貴文さんのような著名人とSNSでつながって、自分もそんな大きな夢を持ちたいとコンプレックスを持ってしまうわけです。

稼ぐという面においても、最近は、副業を最初から広げていく人が多いことが気になっています。副業というのは、まず本業で名を成した結果として、できることの選択肢が増えて広がっていくものだと思いますが、最初から「副業ファースト」になっている人が多いんです。本業も副業も同時に広げてしまうと中途半端になりますし、欲張りすぎると、1つのことに全力を注げないんじゃないかと思っています。

そういう意味で、バフェットの「やらないことリスト」は、一流の人はやらないことを明確にすることによって、結果的に自分のやりたいことをしっかりやり遂げることになるんだという含みがあり、ズシンときました。まあ、このリストにはどんでん返しが起きるのですが……。それでも、現代の風潮について考えさせられる場面でした。

弱いリーダーへの共感

アレックスの失敗の連続を読みながら、「弱いリーダー」の姿が思い浮かびました。今は、成長時代の強いリーダーよりも、1人ですべてを抱え込んだりせずに、失敗したことも含めてみんなにその体験をシェアできる人がリーダーになる時代です。

たとえ、たびたび炎上するとしても「守ってあげなきゃ」とか「面白い」と思わせるものがあると、多様性の中でそのいびつさが受け入れられてゆき、上下関係ではなく、並列の関係として共感を持たれます。そして、そこにコミュニティーが生まれると、その人はコミュニティーの代表となっていく。

自分のことを語るときに、カッコいいところだけでなく、カッコ悪いところや弱みも含めてすべてをさらけ出した人のほうが親近感を持たれやすく、長い支持を得ることができるわけです。『サードドア』が読まれるのもそういう理由があるからかもしれません。

SNSを見ているような物語だなとも感じました。従来のビジネス本や自伝には、何か課題があって、失敗して、でも解決のコツがあって、大団円という起承転結のパッケージがあるものですが、『サードドア』は、本人が体験したことを読者も体験するという本です。誰かに会ったところで人生は変わらないとか、本人が語らないところから読み取れるものもあって、現実感があります。

アレックスの感覚は、SNSで話題になった「レンタルなんもしない人」さんと近いかなとも思いました。

「レンタルなんもしない人」さんは、彼自身にすごく大きな夢があって、それをみんなが応援する従来型のインフルエンサーとは違い、彼を取り巻くストーリーや、そこから読み取れる大勢の人を通して見る「社会」の味わい深さが魅力となり、フォロワー数が増えていった側面もありますね。その結果、彼自身が知名度を得て何者かになっていくところが「今」っぽいな、と思いました。

現代的な傾向として、こういった「人メディア」という視点で読めるものが、面白く受け入れられるのかもしれませんね。

新しい時代の幸せの形

アレックスのような特殊な経験を経た人は、一発屋と化してしまうか、もしくは、この経験から自分に足りないことを得て、新たなキャリアを築いていくか、分かれ道があるのだと思います。でも、決して彼がすごいキャリアを築き、ウォーレン・バフェットのようになることだけが成功ではないと私は思っています。

例えばアレックスが、この先、田舎で子どもたちに囲まれる普通のお父さんになったとしても、ハッピーエンドだと思いますよ。でも世の中は、そういう人生を選んだ人のことを、すぐ「あの人は今」とか「最近見なくなった」なんて指を差して、さも落ちぶれたかのように表現してしまいます。

これからの時代は、「特殊な経験を経たうえで、僕は普通の人生を選ぶことにしました」というような人生も、決して失敗ではなく、1つの幸せの形だというふうに受け入れられてほしいと思います。

すごいことを成し遂げた人ほど、その成功が後にプレッシャーやコンプレックスにもなりえます。学生時代にキラキラしていた人だって、会社に入って普通に働く、いわゆる「平凡」と呼ばれる人生になっていくのがリアルですし、それが幸せでもあります。人は業績だけに目が行きますが、リアルな人生はそんなにドラマチックでもないですし、観客がジャッジすることでもありませんから。

読み終わった今、アレックスがこの後どうなっていくんだろうと思いますし、そんな物語の続きを想像させてくれるのが『サードドア』という本ですね。

(構成/泉美木蘭)