日本ではそもそもお金の話をオープンにするのは下品とする見方が強いですが、これからの時代を生きてく子どもにはきちんとしたマネー教育が必要ではないでしょうか(写真:Rawpixel/PIXTA)

「この中に、お金が嫌いな人は手を挙げてください!」。ある学校での出張授業で高校生にこんな質問したが誰一人手が上がらない。やれやれ、これだから学生向けの講座は嫌なんだ、聞いているのに無反応。そのくせアンケートはしっかりしている。いつもと同じか……。そんなことを思っていると、奥の方でゆっくりと手が上がった。何と担当教員が手を挙げたのだ。

なぜ、企画側の先生が挙手を……。戸惑いながら理由を聞いた。

筆者:先生、なぜお金が嫌いなんですか?

教員:お金には悪いイメージがあるんです。

お金に対するマイナスイメージ

少なくない人たちが、お金に対してマイナスの印象を持っていることは、経験上わかっている。教師からすると、家庭の事情や進学資金など、お金が原因で生徒の問題が発生することもあるのかもしれない。お金はトラブルメーカー、そんなふうに感じているのだろうか。

世の中にあるトラブルは、お金が原因のことが無数にあるから、お金を悪者のように感じる人がいても仕方ないかもしれない。しかし、生徒に気づきを促すための意見表明とはいえ、マネー教育を依頼する側の本音も少なからず伝わってきた。お金が嫌いな人が、お金の話を教えてもネガティブな情報しか伝達されないだろうから、筆者のような多少お金に詳しく、ポジティブな印象をもっている専門家が授業を行ったほうがいいのだろう。

文部科学省では、学習指導要領を改訂し金融経済教育に取り組んでいる。実際、小、中、高校ではすでに消費者教育の視点でカリキュラムが組まれている。小学校では、モノや金銭の大切さ、計画的な使い方、買い物時の適切な購入など、中学校では、金融の仕組みや働き、職業の意義と役割、消費者保護、租税の意義と役割、クーリングオフについての授業がある。高校では、財政・金融の仕組みと働き、多重債務などの問題、生活設計などを教えている。

ところが、教える側も、教わる側もそれがマネー教育であるという認識が希薄、あるいは皆無のようだ。生徒にとっては単なる授業だし、教員にとっては1つのコンテンツという認識なのだろう。働いておらず、収入がない(あってもアルバイト)、自由に使えるお金を手にしていない子どもたちに対するマネー教育の難しさが垣間見える。

「日本人は金融リテラシーが低い」という話をよく聞く。これは金融機関のみならず政府でも共通認識のようだ。「日本では学校でお金の話を習わないから金融リテラシーが低い」というのが多くの言い分だ。

だが、日本において金融リテラシーという言葉が語られるときにセットになる言葉は「投資」である。本来のマネー教育とはお金に関する制度を知り、お金でだまされたり、生活に困ったりしないように最低限の知識を身に付けるものではないかと筆者は考えているが、現状は、金融教育の念頭にあるのはいかに投資を国民の間で普及させるか、である。

若い人は「お金=投資」とは考えていない

なぜ金融リテラシーと投資がセットになりがちなのか。それには、今のシニア層の行動パターンが少なからず影響しているのではないだろうか。FPとしてシニア層と接していると、多くが「お金=投資」と考えていると感じる。

投資に対する反応で多いのは、「投資は必要ない(もう懲りた)」というのと、「何に投資したらいいのか(いい情報があったら教えてほしい)」という2つ。投資する人は、銀行か証券会社に流行の商品を勧められて、手元にあるまとまった資金を投じるパターンが多い。

対して、20〜30代の若い人たちは「お金=投資」とは考えていない。話を聞くと、「お金についてそもそも何から考えていいかわからない」「自分で調べはするが結局何を選択すべきかわからない」という人が多いが、シニアに比べてこれから資産を蓄えるためにお金について真剣に考える人が多い印象だ。

時代が変わるにつれて、お金に対する認識も変わってきており、従来の投資を普及させることが目的のように感じられる売り手目線の金融教育は時代錯誤だろう。それでは、これからの金融教育というのはどういったものが望ましいのだろうか。最も重要なのは「人生100年時代」を想定したものだ。

今の20〜30代と話していると、年金だけでなく、将来に対する不安感が強いと感じる。将来が見通せないから、結婚、出産、マイホーム購入といった、従来型のライフイベントに踏み切れない。結婚すること、子どもを育てること、家を買うこと、それぞれのメリットとデメリットを考えたとき、明確な結論が出せず動けなくなってしまう。

損得勘定を超越した出来事がない限り、先の見えないライフイベントという扉を開けることができなくなっているというわけだ。

こうした状況下必要なのは、それぞれが自らの「人生の地図」を描けるようなマネー教育ではないだろうか。そもそもマネー教育は、社会で働き、収入を得る、すなわち、勤労と納税の義務を教えることが前提にある。学校教育の目的は必ずしも働くことだけに焦点を絞ったものではないが、例えば、子どもの頃に将来どんな仕事をするのか、したいのか、といったことが明確になれば、おのずからどんな勉強をすればいいかわかってくるのではないか。

学校のみならず、家庭でも例えば、「自分がやりたい職業の年収はいくらなのか」「どんな働き方をしたいのか」「どこに住むのか」「結婚するのか」「子どもは欲しいか」「いつまで働くか」「老後はどういう生活を望むのか」「長い人生で何をしたいか」といったことを、子どもが考える機会を持つことは必要である。

そのうえで、自分が希望する人生にはどれくらいお金がかかるのかや、どれくらい過不足があるのか、というのは電卓さえあれば簡単に導き出せるはずだ。

これらを時系列で考えるのがライフプラン設計である。この結果、もっと稼ぐ必要性があるのかどうか、子どもは何人まで育てられそうか、家は購入するか賃貸にするか、買うなら予算はいくらにすべきか、老後にはいくら必要か、などが見えてくる。

お金を得る方法は投資だけではない

ここまで来てようやく、お金が足りないなら投資を1つの選択肢として加えることになる。もちろん、投資だけが選択肢ではない。お金を得るには一生働き続ける、ダブルインカムなど世帯における働き手を増やす、玉の輿にのる……といった方法がある。

日本FP教育では、パーソナルファイナンス教育インストラクターが出張授業を行う、講師派遣事業を展開している。同団体のHPによると、選ばれるテーマの1位は、「ライフプランとお金」。その内容は上記に挙げたような、夢や目標からライフプランを考える、ライフイベントとお金について学ぶ、ライフプランシミュレーション(キャッシュフロー表の作成)といったものだ。

2位は「お金を稼ぐ(働く)」で、職業選択、雇用形態、進学と生涯賃金比較である。「お金を使う」というテーマもあり、ニーズとウォンツ、意思決定について授業が実施されることも多いようだ。

内容的には筆者が挙げたものに近く、テキスト1冊を1年かけて実施し試験を課せば、それなりの効果が出てくると思われる。しかし、実際は在学3年間中1回、1、2時間程度しかこうした授業は行わないため、その効果は薄いと言わざるをえない。

今の小中高校生が大人になるころには、今のマネー的な常識がまったく通用しない世界が広がっている可能性がある。学校においては投資を目的とした教育ではなく、それぞれの生徒が自らのライフプランを描き、そのうえでお金とうまく付き合っていく方法を教えるマネー教育が必要なのではないだろうか。