2019年9月9日、韓国の法務部長官に就任したチョ・グク氏(写真:TONHAP NEWS/アフロ)

韓国でいま、「586世代」に対する批判が高まっている。

1990年代に30代で、1980年代の民主化闘争に関わった1960年代生まれのことを「386世代」と呼ぶ。その彼らが現在は50代になったので「586世代」と呼ばれている。

そのきっかけは、文在寅大統領が強行した法相任命だった。

ハンギョレ新聞で起きた局長辞任要求事件

法相に就任したのは文大統領の側近で、前大統領府民情首席秘書官のチョ・グク氏だ。チョ氏にまつわるスキャンダルなどは、日本国内でも過熱気味に、興味本位で報じられているのでここでは詳しくは触れない。そして、チョ氏が指揮する検察組織はいま、チョ氏が法相に就任した後も彼の親族を逮捕するなど捜査の手を緩めておらず、「法相・文政権」対「検察」の全面対決となっている。

こんな中、有力紙のハンギョレ新聞で、入社7年目以下の若手社員31人が編集局長の辞任を要求するという事件が起きた。チョ氏の疑惑に対する追及姿勢が甘い、批判的な原稿が掲載されなかったなどというのがその理由だ。

ハンギョレ新聞は、韓国の軍部独裁時代に体制を批判して職を失った記者らが中心となって1988年に創刊された新聞で、進歩派を代表する大手紙だ。文政権寄りの報道は当然視されていたため、若手社員の造反劇は意外なことだった。

興味深いのは、彼らが声明の中で会社幹部の対応を批判するだけでなく、「586世代」に対する批判も間接的に展開している点だ。

「ハンギョレの論調が何なのか聞きたい。いくつかの『586進歩既得権層の男性』の声だけがハンギョレがいう国民なのか。社会の不平等と不公正、指導層の偽善をどのメディアよりも先んじて鋭く批判してきたことがハンギョレの論調ではなかったのか」

若手社員の声明文でわかるとおり、彼らは「586世代」を既得権階層とみなすとともに、社会の不平等、不公正を生み出している階層であるとみている。さらに、この世代が多くを占めている指導的立場にある人たちは偽善にあふれている、ととらえている。

チョ・グク問題で韓国社会の差別が鮮明に

この造反劇の影響があったのか、ハンギョレ新聞は数日後、チョ・グク問題に対する若者の声を取り上げた。もちろん、文政権を直接的に批判する記事ではないが、これがなかなか激しい内容になっている。

「(586世代は)民主主義に貢献した世代だが、既得権を握ったあとは子どもにそれを譲ることに罪悪感をもたなかった。それが86世代の偽善であり限界だ」

「チョ・グク氏も既得権層であることがわかるとともに、はっきりしていなかった韓国社会の差別が鮮明に見えるようになった」

「今回の問題で既得権カルテルと一般階級が分けられた社会の構造的問題が水面に浮上した」

「進歩派は価値を失っており、86世代は利益ネットワークに変質した」

記事で紹介された声は、かつて独裁権力と戦い、多くの犠牲を払いながら民主化を実現した世代が、今や完全に既得権の上に胡坐(あぐら)をかき、社会に蔓延する不平等や不公正に目を向けない特権階級となっているという手厳しい批判である。

チョ・グク氏や文大統領が、一連のスキャンダルについて「違法行為はなかったから問題にならない」として任命を正当化していることに対しても、「合法的に設計された制度でも、いくらでも不平等をもたらすことがわかった」「法的な問題がないという釈明に、86世代の認識の限界を見る」などという批判が出ている。

こうした586世代への不満や怒りが、ソウルの主要大学でのデモにつながった。しかし、586世代はなぜ、ここまで若者に嫌われているのであろうか。

586世代は「銀のスプーン」、若者は「土のスプーン」

学生時代、反体制運動の最前線に立った586世代だが、韓国経済は当時、高度成長期の真っただ中にあったため、卒業後は大手企業などに容易に就職でき、その後も順調な人生を送っている。現在の若者の多くがあこがれる財閥系大企業の正社員になった人の割合が高い。そして今はさまざまな組織の幹部となっている世代である。

皮肉なことに、586世代が批判した独裁者、朴正煕大統領によって実現した経済成長の恩恵に自ら浴しているのだ。また、国会議員に進出した人も多く、激しい与野党対立を演じているのもこの世代だ。

これに比べると、現在の韓国の若者の置かれている環境はひどいものである。大学を出ても、まともに就職できる人は限られており、卒業後も数年間、就職活動を続けることが珍しくない。最近の統計では、15〜29歳の青年層の失業率(就職活動中の人を含む)は23.8%にも上るという報道もある。

非正規雇用も当たり前となっている。また不動産価格の高騰もあって、生涯にわたって不安定な生活を送ることになるのではないかという不安に駆られている。恋愛も結婚も出産も諦めた世代という意味を込めた「三放世代」という言葉もある。586世代のような既得権層は「銀のスプーン」、貧しく不安定な自分たちを「土のスプーン」と呼んでいる。

こうした状況に置かれている若者の前に明らかにされたのが、586世代を代表するチョ・グク氏のスキャンダルだった。しかし、若者の怒りはチョ・グク氏だけに向けられるのではない。保守・進歩という政治的党派を超えて、586世代に突き付けられているのである。

文政権の中枢ポストには1980年代の民主化闘争時の過激な元運動家が数多く就いている。彼らの目指しているものは、若いころと同じで、「政治」そのものではなく、正義を実現するための「運動」である。独裁政権時代には広く国民の支持を得たかもしれないが、今の時代はどうだろうか。

浮世離れした観念論的傾向が目立つ文政権には、目の前で日々起きる内政外交の問題を巧みに利害調整し、妥協や譲歩によって解決するというリアリズムの香りは少ない。日韓関係がここまで悪化した背景にも、文政権の硬直性があることは否定できないだろう。

強烈な力を持つ韓国政治の「デモ文化」

韓国政治における「デモ文化」は強烈な力を持っている。独裁政権だった初代大統領の李承晩を倒したのは、大統領選挙の不正問題に怒った1960年の学生デモで「四月革命」とも呼ばれている。586世代が活躍した1987年の民主化闘争では、最大で全国で180万人が参加したとされている。そして、朴槿恵政権を倒したのも全国に広がった「ろうそくデモ」で、参加者はやはり最大で100万人を超えた。

そして今、かつてデモによって軍事独裁体制を倒し民主化を実現した人たちが、学生デモの標的になっている。規模はまだまだ小さいものの、法相任命を強行した文政権の観念論的自己中心主義がきっかけとなって、若者の批判は既得権をむさぼる586世代に向かいつつある。

しかも今回のデモは、軍部独裁体制や保守政権という特定の政治勢力批判ではないという特徴を持っている。つまり586世代がしがみついている既得権、社会に広がる合法的不平等や不公正が問われているのだ。

そういう意味では、これまでの「保守vs進歩」という硬直的な韓国政治の構造を大きく変えてしまいかねない、新しい政治の胎動なのかもしれない。