新橋駅前にある個室ビデオ店「金太郎」。防音ルームにリクライニングシート完備で、シャワーも利用できる

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個室ビデオ、カラオケボックス、ラブホテルからカーシェアまで

新橋駅前にある個室ビデオ店「金太郎」。防音ルームにリクライニングシート完備で、シャワーも利用できる

 9月に入っても、連日30度を超える残暑が続く。ノーネクタイのクールビズが推奨されているとはいえ、スーツ姿で働く男には耐え難い蒸し暑さが日本列島を覆う。そんなビジネスマンに、ひとときの涼しさとプライベート空間を提供する「個室ビジネス」が大流行している。背景には働き方の変化がある。経営コンサルタントの鈴木貴博氏が話す。

「かつては、IT機器がいまほど充実しておらず、外回りの営業なども先輩とチームを組んで行動することが多かったはずです。しかし、スマホがあれば、多くのことが自分一人でできるようになり、人手不足もあって、ほとんどが単独行動になりました。しかもオフィスには自分専用のデスクがなく、社員がスペースを共有する職場も増えています。書類や資料などはノートパソコンやタブレット、スマホに保存できるようになりましたからね。つまり、会社の中に自分の場所がないサラリーマンが増えているのです。その結果、一人でリラックスして仕事に打ち込める、いわば『避難場所』としての個室が求められています。

 少し前までは喫茶店がそういった場所になっていましたが、個人営業の店が廃(すた)れ、チェーン店化していくことで、寛容さがなくなっています。長時間居座っていると注意されるようになったことも、個室が求められる要因でしょう」

マン喫、ネカフェより快適

 個室ビジネスの最先端を走るのは、個室ビデオ店である。駅前で「DVD鑑賞」と書かれたカラフルな看板に目を奪われたことがある人も多いに違いない。しかし、「密かにアダルトビデオを鑑賞する、薄暗い場所」という先入観を抱いてはいないだろうか。それは過去の話。店内は明るく、清潔感のある個室ビデオ店が続々と登場している。

 「ゆったりとしたリクライニングチェアや、足を伸ばして横になれるフルフラットのシートが敷かれている店も少なくありません。スペースもかなり広く、しかも完全防音のため、雑音を気にせず仕事の電話をしたり、休んだりする環境も整っています。営業などの外回りの途中に、ちょっとした休憩代わりに個室ビデオ店を利用する人も増えています。シャワーやコインランドリーも併設しているため、終電を逃したサラリーマンが宿泊目的で利用するケースもあります。

 かつてこうした『個室ビジネス』のニーズは、ネットカフェやマンガ喫茶が満たしていました。しかし、どこでもネットにつながるようになり、マンガもスマホで読めるようになったため、わざわざおカネを払って行く必要がなくなった。かといって、サラリーマンのちょっと休憩したいという欲求がなくなったわけではありません。そのなかで個室ビデオ店が、料金・設備の点から個室ビジネス業界で勝ち残ったわけです」(鈴木氏)

 一例を挙げると、日本最大級の個室ビデオチェーン「金太郎・花太郎グループ」では、DVDコース120分1050円を基本として、12時間3150円など様々なコースが用意されている(店舗によってコースや料金が異なる)。人気女優の最新作からマニアックな作品、外国人ポルノまで5000本程度のDVDが揃っているのみならず、新作映画やドラマ、マンガまでが所狭しと並ぶ。これらを何本でも見放題なのだ。自宅でDVDをゆっくり見ることのできない家族持ちにとって、ありがたい存在ではないか。

 そのうえ、フリーWi-Fiも完備しているし、パソコンもある。テレビも視聴可能で、携帯電話の充電器も借りることができるので、仕事をすることも十分に可能だ。いつでもリーズナブルに利用できる「マイ書斎」と言ってもいい。

 本誌記者も実際に訪れてみた。8月のある金曜日の午後、向かったのはサラリーマンの聖地、新橋の店舗である。

 新橋駅近くの雑居ビル。エレベーターで5階に上がると、「いらっしゃいませ〜」と店員の元気な声が響く。店内は白を基調とした小綺麗な感じで、カウンターで制服を着た店員が丁寧に説明をしてくれた。パソコンを利用しなければ、名前や住所、電話番号などの個人情報は不要だ。6本までDVDを借りて、会計を済ませれば、部屋を案内してくれる。

 記者はせっかくなので、3次元のアダルトコンテンツを楽しめる「VRコース」に挑戦することにした(60分1200円)。店員が申し訳なさそうに言う。

「VRは専用のゴーグルを使って、Wi-Fi通信でご覧いただくものです。ただ、現在25人待ちでして……」

 いま個室ビデオ界ではVRを使った3次元アダルト動画が空前の人気なのだ。アダルトDVDのパッケージを眺めて待つ。その間にも仕事の合間とおぼしきサラリーマンがひっきりなしに訪れる。

 30分後、個室ブースに通された。イメージしていたようなすえた匂いはせず、消毒液の匂いがするのみ。通路の奥にはシャワールームもあり、コインランドリーもついているので、終電を逃したサラリーマンが仮眠を取ったりするのだろう。手渡された小さなバッグには、個室の鍵と使い捨てのお手拭き、専用ゴーグル、説明書、コンドームが入っていた。

 部屋はフラットシートで完全個室。身長174僂竜者が普通に寝転べる広さで、手の届く場所にティッシュが完備されている。VR用のゴーグルも高級機種を使っており、かなりの臨場感で女性が迫ってきた。ゴーグルを付けながら映像を追って首をぐるぐる回す様子は、他人に見られたくない姿ではあるが、当然、誰も見ていない。1時間コースでは物足りないくらいの充実ぶりだった。

 1200円で3Dアダルト動画を堪能できることを考えれば、サイフに余裕のないサラリーマンには心強い味方だ。全体的に清潔な印象を受け、場末感はまったく感じられなかった。

ラブホに一人で何をする?

 そうは言っても、個室ビデオ店だ。知人や同僚、得意先に入店を目撃されたら恥ずかしい人もいるだろう。そんな人のために、仕事用であることを堂々と謳(うた)った個室サービスがある。それはカラオケルーム「ビッグエコー」を展開する第一興商の「オフィスボックス」というサービスである。

「各社の営業マンなどが顧客訪問の前後でビッグエコーの個室のカラオケルームを利用されることが多いですね。Wi-Fi完備で電源も用意しているので、パソコンやスマホを使用して、メールや電話、テレビ会議など、自社オフィスと変わらない業務ができます。現在、50店舗で導入していますが、今後、店舗数の拡大を検討しています。駅前の立地が多く、カフェと違って個室なので、セキュリティを保って仕事ができると好評です。カラオケのモニターをパソコンと接続できるので、プレゼンテーションの事前練習にも使えます」(第一興商店舗事業推進部社員)

 完全個室で予約不要、料金は60分648円のワンドリンク付きと手軽に使えて便利だ。

 男女が秘め事を行う個室といえば、ラブホテルだ。宿泊をせずに、休憩で利用されることもしばしば。そんなラブホテル業界に、新たな「個室ビジネス」の波が来ているという。ホテル評論家の瀧澤信秋氏が解説する。

 「ラブホテルは2時間いくらといった時間貸しが基本ですが、このタイムシェアの発想をさらに発展させて、東京・大塚駅前の『ホテルフロンティア』が『スーパーショートタイム』という面白いサービスを始めました。近隣のジムで汗をかいた人がホテルの浴槽に浸かってくつろいだり、少し横になったりというニーズがあり、ホテル側もこんなに需要があるのかと驚いているほどです」

 実際にどのようなニーズがあるのか。ホテルフロンティアの店長が話す。

「昨年11月のオープンから『スーパーショートタイム』を提供しておりますが、全体の5%が15分での利用となっています。お客様は、朝まで飲んでいたサラリーマンが出社前にシャワーを浴びる、女性がデート前にメイク直しに利用する、気兼ねなくタバコが吸いたい、といった使い方をされているようです。改めて、お客様の利用方法は千差万別だと認識させられております。

 個室と言っても、カラオケボックスやマンガ喫茶は完全な個室ではなく、やはり人目を気にしなくてはなりません。その点、ホテルは完全な個室のため、安心感やくつろぎ、静かさを提供できることが強みであり、魅力だと考えています」

 大手ビジネスホテルのアパホテルでは4000円で最大6時間滞在できる「デイユースプラン」なども用意しており、外回りの合間に個室を利用できる場面は広がっている。前出の瀧澤氏が言う。

「都会で一人になれる空間というのは限られています。マンガ喫茶は消防法などの関係で、完全な密室にはできません。よって、隣室の物音の問題が残ります。外からの雑音が入ってこない、カラオケボックスやホテルがビジネスパックを提供するのは理にかなっているのです」

シェアカーの意外な使われ方

 流行のカーシェアリングは、契約した会社の車を近くの駐車場から好きな時間に借りられることが最大の売りだ。しかし、最近、意外にも「移動距離ゼロ」の利用が注目されている。借りた車をエアコンの効いた「個室」代わりに使っているというのだ。業界大手の「タイムズカーシェア」の広報担当社員がこう話す。

「たとえば、ビジネスマンが外回りの最中の電話対応やPC作業のために、移動距離ゼロで利用されているという事例を把握しております。便利な移動手段としてのカーシェアリングサービスを提供している当社としては、こういう利用方法は想定しておりませんでしたが、他のお客様の迷惑にならない範囲で、快適にご利用いただきたいと考えています。

 現在、一部車両へのWi-Fi設置を開始していますし、各種コード類をご持参いただくと、スマホとの接続も可能です。自動車は『個室』にもなりうる空間だと考えています。人目を気にせず、自分だけの空間として楽しんでいただける点が魅力ではないでしょうか」

 同社なら、15分206円で利用できる(別途、基本料金が必要。10月1日より料金が改定される)。静かな環境で短時間の電話応対やPC作業をするなら、非常にリーズナブルだ。

 比較的大きなマンションの一室を借りることのできるレンタルスペースも人気を集めている。スマホから簡単に空き部屋を検索して、1時間単位で借りられるレンタルスペースのプラットフォーム「スペースマーケット」社長の重松大輔氏が言う。

「昨年6月に民泊新法が施行され、民泊は年間180日しか運用できなくなりました。一方で、時間貸しに関しては日数の規制がありません。そこで、これまでは民泊用だった物件が時間貸しされるようになり、多種多様な使われ方をしています。一番多いのは、仲間内でのパーティーですが、単身での利用も増えています。東京駅から徒歩1分のスペースは1時間1480円からですが、出張で東京に到着してからの仕事の準備や休憩などに利用されています。

 扱っている物件は全国で約1万2000スペース、そのうち都内は4400スペースです。都心であれば、大体どこにでもあります。弊社のアプリで検索すれば、いま自分がいるエリアで、どのスペースが空いているかがすぐにわかり、予約ができる。平日昼だと、1時間あたり1000円を切るスペースもありますね。毎回違うスペースを使えば、いつも新鮮な気持ちになれます」

 レンタルスペースは、ネイリストやマッサージ師、筋トレのインストラクターといった一対一で接客する職種の人にも人気だという。たとえば、個人的にフリーのインストラクターに依頼して、パーソナル・トレーニングを受ける、といった具合だ。重松氏が続ける。

「フリーのインストラクターが増えていますが、筋トレ用の器具を揃えるには結構な初期投資が必要ですし、毎日稼働するかもわかりません。それなら器具が揃っているレンタルスペースを必要なときに借りればいい。トレーニングをする側も、ジムでは他のお客さんもいるので、他の人に見られるのが恥ずかしい場合もありますよね。そこでインストラクターと二人きりでトレーニングをするニーズが生まれています」

「都会のオアシス」を提供する「個室ビジネス」。流行の波に乗れば、生活と仕事の質がグッと上がるかもしれない。

カラオケ「ビッグエコー」も個室ビジネスに乗り出した

15分540円で利用できるホテルの内観。入浴やメイク直しなど利用法は自由だ。提供/ホテルフロンティア

「タイムズカーシェア」は全国1万件以上のステーションで24時間365日利用可能

筋トレ器具を備えた都内のレンタルスペース。パーソナル・トレーニングを受けることも可能だ。提供/スペースマーケット

働く人の味方! 「個室ビジネス」最前線


「個室ビジネス」は新たな成長産業である


働き方評論家・常見陽平氏

 個室ビジネスが流行している背景には、日本のオフィス事情があります。日本企業では、役員クラスになってはじめて個室が与えられます。それまでは大部屋でみんなが一緒になって仕事をしている。これではプライバシーもあったものではありません。せめて社外にいる間は誰にも邪魔をされたくないと思うのです。カラオケボックス、ラブホテル、個室ビデオ店などを個人の空間として利用するのはこのためです。

 さらに「働き方改革」で、定時で会社を追い出されるようになったのも、個室ビジネスが大流行している要因の一つでしょう。家族のいる自宅に仕事を持ち帰って作業をしたくないから、帰宅前に個室ビデオやカラオケボックスに寄る。ここなら落ち着いて仕事もできるし、急な時間外の連絡にも対応できます。

 逆にカラオケ店やラブホが「個室」を提供するのは、企業側の生き残り戦術です。カラオケもラブホも、本来は二人以上での利用を前提としていました。しかし、今はそうしたニーズが減っています。そこで一人客やパーティー利用など異なるニーズを取りにいっているわけです。かつては喫茶店が一人客のニーズを満たしていましたが、他人の目や音が気になりますからね。リラックスした状態で仕事ができ、場合によっては昼寝もできる。他人の目を気にしないでくつろげる空間という新しいビジネスが生まれているのです。

働き方評論家・常見陽平氏

PHOTO:結束武郎