続発する虐待死、その真因はどこに(デザイン:鈴木 聡子、写真:Getty Images)

子どもの虐待死事件が後を絶たない。2019年1月には千葉県野田市の栗原心愛(みあ)さん(10歳)、6月には札幌市の池田詩梨(ことり)ちゃん(2歳)が虐待によって命を落とした。さらに8月末には、鹿児島県出水市で母親の交際相手から虐待を受けたとみられる4歳の女の子が亡くなっていたことがわかった。

しかし、こうした「虐待死」と認定されている子どもの死は、氷山の一角だとの見方もある。

虐待死はここ10年間で年間70〜90件の間で推移している。この死亡件数は厚生労働省が発表している、子ども虐待による死亡事例等の「検証報告書」に基づくものだ。だが、この報告書がすべての虐待死を網羅しているとは言いにくい。

虐待を見逃している可能性

『週刊東洋経済』は9月17日発売号で「子どもの命を守る」を特集。児童虐待や保育園事故、不慮の事故など、子どもの命をめぐる危険とその解消策を網羅的に検証した。

厚労省が発表する虐待死の数が氷山の一角とされる背景には、厚労省が発表する虐待死の数は、自治体からの報告や報道されたものを対象としており、自治体が虐待死と断定できない事例は含まれていないという事情がある。


そこでは実際に虐待はあったとしても、司法解剖した結果、「死亡と明らかな因果関係はない」と判断されると、虐待死の数には含まれない。また子を虐待した疑いで保護者が逮捕されても、不起訴になれば事例には含まれないことになる。

こうした状況を踏まえ、2016年、厚労相の諮問機関である社会保障審議会の児童部会は、「これまでの死亡事例検証は子ども虐待による死亡を見逃している可能性を否定できない」と提言した。そして同年の報告書からは、自治体が虐待死と判断できなかった事例についても「疑義事例」として扱われ、検証されるようになった。

その後、疑義事例は年々増加。報告書の専門委員会委員を務めた経験を持つ「子どもの虹情報研修センター」の川粼二三彦センター長は、「保護者からの了承が得られず司法解剖ができない事例などで、虐待死が見過ごされている可能性がある」と指摘する。

では実際の虐待死の数はどの程度に上るのか。1つの参考になるのが、子どものすべての死を検証する取り組みである「チャイルド・デス・レビュー(CDR)」という研究だ。日本では2010年代から本格的に始まった研究で、予防できる子どもの死を減らすことを目指している。

厚労省は2014〜16年、全国の小児科病院などの施設における子どもの死亡例を検証するCDR研究を実施した。同研究では、虐待死と疑われる死は既存の政府統計の3〜5倍に上ると推計された。同研究に関わった名古屋大学医学部附属病院の沼口敦医師はこう話す。

「政府統計との間に大きな差があるのは、虐待の定義を広げたのも一因だ。研究では、大人の養育が適切であれば防げた死(養育不全)も虐待死と見なした。養育不全には、従来は事故と見なされていたものも含む。例えば、小さな子どもを1人で留守番させている間に火事が起こり亡くなった事例や、知識不足で子どもに必要な栄養を与えず衰弱死させてしまった事例だ。意図的でなくても養育不全が子どもに害を与えたならば、虐待と同等の検証が必要だと考える」

CDRの本格導入はこれから

CDRは虐待死の可能性が高いものの、適切に検証されなかった「埋もれた虐待死」を見つけるには有効だといえる。米国では18歳未満のすべての子どもの死亡検証が義務づけられている。日本でも政府統計にCDR研究結果を反映させることが検討されているが、具体的な議論はこれからだ。

子どもの虐待を防ぐためには、こうした虐待の実態を正確につかむこと以外にも必要な要素がある。例えば現在、虐待死が起こるたびに矢面に立たされるのが児童相談所(児相)だ。しかし、児相は児童福祉司の人手不足などで現場はパンク状態。いかに“児相頼み”の状況から脱却した仕組みを作るかが問われている。

相次ぐ悲惨な虐待は決してひとごとではない。一見して普通の家庭でも、育児ノイローゼや家族の孤立、DV(ドメスティックバイオレンス)などによる深刻な虐待も起こりうる。受験期に過度に子どもを追い詰める教育虐待も社会問題化している。悲惨な虐待をいかに防ぐのか。重要なのはより多くの大人が関心を寄せ、社会全体でその予防策を講じることだろう。

『週刊東洋経済』9月21日号(9月17日発売)の特集は「子どもの命を守る」です。