アップル新製品の目玉が「iPhone 11」のワケ
9月10日(現地時間)、アップルはカリフォルニア州クパチーノの本社で新製品を発表(筆者撮影)
9月10日のアップルによる新型iPhone発表に前後して、スマートフォン端末をめぐる秋から年末にかけての商戦が始まった。
今年、アップルは日本市場での苦戦が予想されていた。アップルが得意とする高級端末の表面価格が上昇し、購入しにくくなるなどスマートフォン市場環境の悪化が、アップルの商品戦略と噛み合わなくなる可能性があったからだ。
しかし、今年もまたiPhone中心の商戦となる可能性が高い。
製品の改良やラインナップ見直しに加え、市場環境もここに来てややアップルに有利に動き始めているからだ。
ソフトバンクとKDDIが販売プランを発表
日本の携帯電話業界は過去約10年にわたって、iPhoneを中心とした端末市場が形成されてきた。しかしスマートフォンによるイノベーションも落ち着き、端末価格が上昇する一方、総務省は端末価格と通信料金の明確な分離と、端末価格の割引サービスに関する上限を要請していた。端末性能の向上は、買い替えサイクルの長期化を促し、日本におけるスマートフォン端末市場は一気に成熟へと向かい始めるのではないか。
そんな懸念を業界関係者の多くは感じていたはずだ。
発表会場を訪れていたNTTドコモ吉澤和弘社長。はたしてドコモもソフトバンク、KDDIに追従するのか?(筆者撮影)
しかし、9月9日にはソフトバンクが、11日にはKDDIが、それぞれ各社新型端末をめぐる商戦に対応する販売施策を発表。いずれも、総務省が要請した端末購入の割引サービス額上限を守ったうえで、高額端末を購入する際の負担は従前とほとんど変わらない。
NTTドコモは現時点で大きな動きはないものの、ライバルに追従するのではないかと見られている。
そんな中でのiPhone 11およびiPhone 11 Proシリーズの発表だったが、ここ数年、アップルが取り組んできた製品開発、サービス事業への投資などが大きく実を結ぶ製品に仕上がっていた。
一昨年、アップルはiPhone 8シリーズとiPhone Xを同時発表。新しい技術を取り入れた実験的なモデルとして、事実上、2つの異なるタイプの端末を並列に販売した。
昨年は実験機だったiPhone XのバリエーションモデルをXS、XS Max、XRと3つに広げたが、ここでアップルは戦略を見誤ったように思う。
今回の発表における目玉は、iPhone 11。価格がXRよりも引き下げられながらも、性能は最上位モデルと同じ。機能も遜色ない(筆者撮影)
iPhone 8の後継機を用意しなかったこともあり、高級端末のさらに上に位置するプレミアムモデルであるiPhone XSシリーズが「新たなiPhoneの中心」と見なす消費者が多かったからだ。このためディスプレーやカメラをはじめとする主要コンポーネント、本体フレーム素材などでコストダウンが図られていたiPhone XRに「廉価版」というレッテルを貼られてしまった。
iPhone Xの系譜が始まって2年目ということもあり、新コンセプトの端末を上下展開する余裕がなかったという事情もあっただろう。過去にはiPhone 5C、iPhone SEといった例外はあったものの、アップルはブランド保護の目的もあって「旧型モデル」を廉価版として販売。長期にわたって最新OSを提供することで商品ラインを作ってきた。
しかし、今年はiPhone XRに相当する製品を基本モデルの「iPhone 11」とし、上位のプレミアムモデルに位置付けられるXSシリーズの後継モデルには「Pro」という名前を付けた。 これは単にネーミング規則だけの施策ではない。
iPhone XRとiPhone XSシリーズにあった「格差」がほぼなくなったためだ。
iPhone 11とProの違いは?
iPhone 11とiPhone 11 Proシリーズの違いは、機能面では1つしかない。望遠カメラの有無だ。内蔵フラッシュメモリーのバリエーションにも違いはあるが、機能に絞るならば35ミリフィルムカメラ換算で52ミリレンズ相当の画角を持つ望遠カメラがないことを除けば、画質はインカメラ、アウトカメラともにまったく同じだ。
表示面では11は液晶ディスプレー、11 Proシリーズは業務用モニターに匹敵するスペックのOLEDディスプレーという違いがあり、フレームに使われる金属素材(アルミニウムとステンレス)も違う。
しかし、内蔵されているシステムプロセッサーはまったく同一。スマートフォン向けとしては、最も高性能なものが搭載されている。ゲームや機械学習処理など同じソフトウェアが同じ性能で動作する。価格面を見ても廉価版ではなく、iPhone 11は名実ともに上位モデルだ。
処理性能の面でも廉価版ではないが、それでもアップルはiPhone 11の価格をiPhone XRの発売時よりも引き下げた。
スマートフォンに求められる基本的な要素が落ち着いた昨今、各メーカーは内蔵カメラ性能の向上に力を注いできた。中国ファーウェイがシェアを大きく伸ばしたのも、独自開発のシステムプロセッサーや、AIを用いた幻想的で美しい写真撮影が行える点が評価された面が大きい。サムスンのカメラも、ここ数年の改善が著しく、グーグルもPixelシリーズでAI技術を生かした新カメラの提案をしている。
一方、アップルはファーウェイ製スマートフォンが得意とする、被写体認識に基づく幻想的な画像処理からは距離を置いてきた。アップルのカメラ機能を開発するエンジニアたちは、目標とするのは本格的なレンズ交換式カメラに匹敵する、細かなディテールや深みのある色の再現だと公言してきた。
しかし、イメージセンサーが小さいスマートフォンでは限界があったことは確かだ。
ところがiPhone 11世代では、被写体認識だけではなく、とらえた映像全体を分析し、認識した被写体ごと個別に最適な映像を施す「セマンティックレンダリング」という手法を用いることで、幻想的な画像処理ではなく、より大きなイメージセンサーを搭載するカメラに匹敵するリアリティを持つカメラを作り上げた。
リアカメラだけでなく、フロントカメラも向上
発売に向け、今後、多くの実写画像が公開されるだろうが、メインとなるリアカメラはもちろん、自撮りに使うフロントカメラも含めて、めざましい画質の向上がみられる。これは新開発のシステムプロセッサーが持つ、機械学習処理能力の向上を生かしたものだ。
しかも、エンドユーザーは簡単な操作で調整が可能な一方で、モード切り替えなどの操作は必要ない。
撮影後に画像の傾きを補正しても、本来の画角を失うことがなく、撮影したい人物が見切れていた場合は、13ミリ相当(対角画角にして120度)という超広角カメラがとらえていた情報を使って画角を後から広げる機能もある。
一眼レフカメラで撮影されたかのようなリアリティあふれる写真がiPhone 11、iPhone 11Proで撮影できるという。プロによる作例も多数紹介された(筆者撮影)
暗闇の中で撮影する場合は、自動的に「夜間」モードに切り替わる。数秒間、手でiPhoneを保持しているだけで、ろうそくの灯り程度の暗い部屋でも雰囲気とディテールを両立した写真が撮影できる。
その一つひとつが、カメラでの写真撮影を楽しんできた人ほど驚くだろう。AI処理で「こうあってほしい」と画一的な画像処理を行うのではなく、肌の質感、髪の毛や洋服の質感、それに風景や建物の描写など、あらゆる被写体が自然に表現される。
発表会ではプロが撮影した写真も披露されたが、注釈を入れなければ、それがスマートフォンで撮影されたものだとは気が付かない。実機でのレポートが登場するたびに、ひとつの到達点とも言えるカメラ性能の向上に驚く人が増えていくはずだ。
サービス事業の強化でプラスαの付加価値を
iPhone 11、11 Proシリーズがが発表されたアップルのイベントでは、従前に発表されていた映像配信サービスの「Apple TV+」と、(いわゆるスマホゲームではなく)ゲーム専用機クラスのコンピューターゲームを定額で楽しめる「Apple Arcade」のサービス開始も同時に発表された。日本ではApple TV+が11月1日、Apple Arcadeが9月19日から、それぞれ600円で提供される。
どちらも、アップルの資金力を背景に世界トップクラスのクリエイターが、予算をふんだんに使ったコンテンツを並べている。今後も継続的にコンテンツへの投資を続けていく計画も発表された。
すでに事業として定着しているApple Musicを含め、こうしたコンテンツへの投資も、アップル製品の魅力を高めている。
Apple TV+は対応するテレビ受像機や映像端末でも利用可能だが、Apple Arcadeはアップル製品でしか遊ぶことはできない。また、Apple TV+はMac、iPad、iPhoneを購入したユーザーなら、製品登録後1年間、作品が見放題になる。
そしてアメリカではすでにスタートしていた「AppleCare+ 盗難・紛失プラン」が日本でも始まる。これは端末の盗難・紛失時、1万1800円(税別)の自己負担で新品端末を入手できる有償サポートプランだ(料金は対象端末ごと異なる)。