「糖質制限食」はきちんとした知識の下に行わなければ、かえって体を壊しかねません(写真:momo/PIXTA)

近年はやりの「糖質制限ダイエット」。一部の「専門家」が勧めている「極端な糖質制限食」は長期的には死亡率を高めるリスクがある一方で利益は不明確です。糖質制限食の実態を、内科医の名取宏氏が新刊『医師が教える 最善の健康法』から明らかにします。

「糖質制限食」という言葉を聞いたことはありませんか? 糖質制限は、かなりポピュラーな健康法でありダイエット法です。世の中には多くのダイエット法がありますが、近年では糖質制限食がいちばんの定番かもしれません。

糖質とは、食物繊維ではない炭水化物のこと。食物繊維にはカロリーがありませんから、カロリーだけを考える場合、糖質と炭水化物はほぼ同じといえます。炭水化物は、タンパク質や脂質と並ぶ3大栄養素の1つで、ご飯や麺類などの穀物由来の食品やイモ類、果物に多く含まれています。砂糖も、もちろん炭水化物です。野菜には炭水化物は入っていないと思っている人もいるかもしれませんが、カボチャやレンコンなど、炭水化物を比較的多く含む野菜もあります。

体重を減らすことが目的なら、消費するカロリーよりも摂取するカロリーを少なくすればいいだけです。ただ、健康によい食事をしながら体重を減らすとなると、これがなかなか難しいもの。患者さんに対しては「バランスのよい食事を」などとご説明しますが、それではバランスのよい食事とは何でしょうか。

「体に悪い」炭水化物の過剰摂取

厚生労働省は、日本人が健康の保持・増進を図るうえで摂取したほうがよいエネルギーおよび栄養素の量の目安を示した「日本人の食事摂取基準」を5年おきに公表しています。それによると、総摂取カロリーにおける3大栄養素の割合は、炭水化物50〜65%、タンパク質13〜20%、脂質20〜30%がよいとされています(※1「日本人の食事摂取基準(2015年版)」厚生労働省)。現代の日本で平均的な食事をしていれば、だいたいはこの範囲内に収まるでしょう。

しかし、昼食を菓子パンにしたり、清涼飲料水のような砂糖入りの飲み物を多く摂取したりすると、炭水化物(糖質)が多くなりすぎます。「炭水化物を過剰に摂取すると体に悪い」ことに議論の余地はありません。問題は、最適な炭水化物の割合は本当に50〜65%かという点です。

ごく一部の医師は、糖質の摂取が肥満や老化の原因であり、糖質制限によって肥満を防ぎ、老化を遅らせるばかりでなく糖尿病などのさまざまな病気を予防できると主張しています。極端な場合、糖質割合10%台の食事がすすめられていることもあります。厚生労働省の提示する50〜65%とかなり差がありますね。どちらが正しいのでしょうか?

結論から言うと、私は極端な糖質制限食をおすすめしません。うまく行わないと長期的にはかえって健康を害する危険性がある一方で、利益がはっきりしないからです。

極端な糖質制限食のリスク

2018年に発表された研究では、45〜64歳の約1万5000人のアメリカ人を面接し、食事摂取頻度を調査して25年間追跡し、炭水化物の摂取割合別に亡くなった人を数えあげました(※2 Seidelmann SB et al.,Dietary carbohydrate intake and mortality:a prospective cohort study and meta-analysis., Lancet Public Health. 2018 Sep;3(9):e419-e428.)。性別、年齢、人種、糖尿病の有無、喫煙の有無などの要因も同時に調べて補正しています。

これは「コホート研究」という手法です。薬の臨床試験でよく使われる「ランダム化比較試験」に比べるとエビデンスレベルはやや落ちますが、食事の影響を長期間にわたって評価するにはコホート研究が信頼できます。


その結果、総摂取カロリーに占める炭水化物の割合が50〜55%のときに最も死亡率が低く、それより多くても少なくても死亡率が高くなることが示唆されました。炭水化物の摂取割合と死亡率の関係をグラフにすると、上のようにU字型になります。厚生労働省の提示する50〜65%と近い数字です。

この研究では、炭水化物摂取割合が10%台という極端な糖質制限をしている人は少なく、極端な糖質制限については直接的にはよいとも悪いとも言えません。

しかし、グラフのU字型の左側、炭水化物の割合が20%くらいまでは死亡率が上昇していることを見れば、さらに炭水化物を制限すれば体によいとは考えにくいでしょう。

また、複数のコホート研究を統合したメタ解析でも同様の傾向で、「高すぎる炭水化物摂取割合(70%を超える)と「低すぎる炭水化物摂取割合(40%未満)」は、高い死亡率と関連していました(※2)。

複数の研究で同様の傾向が確認されると、結果の信頼性が増します。単純に解釈すれば、炭水化物の摂取量は多すぎても少なすぎても悪く、ほどほどがよさそうです。

炭水化物の摂取割合が減ると、代わりにタンパク質と脂質の摂取割合が増えます。この研究では、同じ低糖質食でも、タンパク質と脂質を動物性食品からとると死亡率が高く、植物性食品からとると死亡率が低いことが示されています。全体では炭水化物の摂取割合が低い群で動物性食品の摂取割合が高いので、炭水化物が少なすぎることが悪いのではなく、動物性食品のとりすぎが悪いのかもしれません。栄養と健康の関係は複雑です。

割に合わない「糖質制限」

先にも述べたとおり、糖質制限食についてはさまざまな病気を予防できると主張されることがあります。しかし、短期的な検査値が改善したというデータはあるものの、極端な糖質制限食を推奨する医師も長期的なデータは提示できていません。「糖質制限食がさまざまな病気を予防する」という主張に、臨床的な証拠はほとんどないのです。

「糖質制限食で血糖値が下がる」という理屈が持ち出されることがあります。確かに、糖質を制限すると短期的には糖尿病の患者さんの血糖値が下がるという研究はあります(Snorgaard O et al., Systematic review and meta-analysis of dietary carbohydrate restriction in patients with type 2 diabetes., BMJ Open Diabetes Res Care.2017 Feb 23;5(1):e000354.)。しかし、短期的に血糖値が下がっても、長期的な健康や長生きにつながるとは限りません。そもそも、糖尿病ではない人には適用できません。

まれに「人類が進化してきた過程では食物を狩猟採集に頼っており、その食事内容はきわめて低糖質であった。よって糖質制限食は人類の体に合っている」という理屈で糖質制限食が推奨されることもあります。

しかしながら、農耕を始める前の人類の平均寿命が短かったことを考えると、あまり説得力がありません。現代は、歴史上で最も平均寿命が長い時代です。現代の食事が最適とは限りませんが、そこからあまりにも外れた食事はリスクが高いと私は考えます。

以上の結果からは、「健康のために糖質を制限しよう。ご飯やスパゲティは我慢。その代わりに肉を食べよう」という食生活は、我慢を強いるにもかかわらず、逆に死亡率を上げるリスクがある意味のないものだと考えられます。

何よりも炭水化物は、多くの人にとっておいしいもの。極端な糖質制限食を実行するには、白米やパンや粉ものや麺類や芋類を諦めなければなりません。もちろん、砂糖もダメです。寿司や親子丼やサンドイッチ、お好み焼きやペペロンチーノ、ざる蕎麦や焼き芋、ケーキや饅頭を我慢したうえで、長期的な利益があるのかどうかはあまりはっきりしない、かえって死亡率が上がるかもしれないという食事法をするのは割に合いません。

たとえ糖質制限をするとしても、「糖質さえ制限すれば、後は何を食べてもいい」という単純なものではなく、植物性の食品を多くとったほうがよさそうです。

ただし、糖質制限食のために、食事における野菜の割合を増やせば、そのぶんだけ金銭的にも時間的にもコストがかかります。米やパンに比べると野菜は高いし、調理の手間もかかるのです。現実的に考えると長く続けていくのは大変でしょう。

おすすめは「緩やかな糖質制限」

もちろん、好みで緩やかな糖質制限はしてもいいと思います。長期的にどうかはわからなくても、糖質を制限することは総摂取カロリーの制限につながり、体重を減らすためには効果的だからです。というか、私も体重を減らすために緩やかな糖質制限をしています。


例えば、モヤシカレー。お鍋にお湯を沸かして、レトルトカレーを温めた後に、モヤシ一袋をサッとゆでます。ご飯ではなくゆでたモヤシにカレーをかけて食べると、ちょっと食感が変わっておいしいものです。モヤシは野菜にしては安いし、レトルトカレーだけでは不足しがちな食物繊維がとれますし、ご飯を炊かなくてもいいというメリットもあります。さすがに「カレーには必ずモヤシ」はごめんこうむりますが、たまになら無理なくできます。

多くの人にとって、食べることは人生の大切な楽しみの1つです。私たちは、「何かを我慢すれば、その我慢に見合うメリットが得られる」と考えがちですが、必ずしもそうではありません。どうせなら、楽しく健康・長寿を目指しましょう。