古くからある屋久杉の1つである大王杉。樹齢は約3000年とも言われている(写真:shikema/PIXTA)

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蘊蓄の箪笥とはひとつのモノとコトのストーリーを100個の引き出しに斬った知識の宝庫モノ・マガジンで長年続く人気連載だ今回のテーマは「屋久島」。意外と知らない基本中の基本から、あまり知られていない逸話まであっという間に身に付く、これぞ究極の知的な暇つぶし引き出しを覗いたキミはすっかり教養人だ。

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01. 「屋久島」は、鹿児島県の大隅半島佐多岬南南西約60kmの海上に位置する島。

02. 鹿児島県熊毛郡屋久島町に属し、種子島や口永良部島などと共に大隅諸島を形成する。

03. 屋久島の面積は504.29km2で周囲は約130km(東西約28km、南北24km)で、その姿は円形に近い五角形。

04. その面積は淡路島よりもやや小さいが、鹿児島県に属する島としては奄美大島に次いで2番目の大きさを誇る。

05. 島の中央部に位置する日本百名山のひとつ宮之浦岳(1936m)を最高峰に、島の90%が森林という山岳島である。

06. 宮之浦岳を含む屋久杉自生林など島の約21%にあたる107.47km2が、1993年ユネスコ世界遺産に登録された。

07. この世界遺産への登録は、兵庫・姫路城、奈良・法隆寺、秋田〜青森・白神山地と共に〈日本初〉であった。

08. 全島が屋久島町の町域となるが、その多くは山地で1000m〜1900m級の山々は「洋上のアルプス」とも称される。

09. 九州地方でも最高峰の宮之浦岳を筆頭に永田岳(1886m)、栗生岳(1867m)は「屋久三岳」と呼ばれる。

10. しかしこれら中央部の高峰は「奥岳」と呼ばれ、永田岳をのぞき海岸部の人里からは望むことができない。

11. 屋久三岳は1843年刊行の『三国名勝図絵』にも登場しているが栗生岳の位置は実際には黒味岳という説もある。

屋久島の高山は「花崗岩」で形成されている

12. 一方、人里のある海岸部から間近にそびえるモッチョム岳(940m)、国割岳(1323m)等は「前岳」と呼ばれる。


13. 屋久島の高山は、1550万年前にできた巨大な「花崗岩」がその後、隆起して形成されたといわれている。

14. 海上からの湿った風がこれらの山々にぶつかり大量の降雨をもたらすため、屋久島では雨の日が多い。

15. 屋久島の年間降雨量は日本一ともいわれ、平地で4500mm、山地では8000〜12000mmにも達する。

16. その雨の多さから作家・林芙美子は小説『浮雲』のなかで〈屋久島は月のうち、三十五日は雨〉と表現している。

17. 河川は島内を放射状に広がり、安房川、宮之浦川、永田川、栗生川をはじめその数は140にも及ぶ。

18. 水源豊かな屋久島だが、急峻な山々と多雨の影響によって深い渓谷が刻まれ、各地で滝が発生している。

19. 宮之浦川にある3段100mという屋久島最大の「竜王滝」や、日本滝百選に選定されている「大川(おおこ)の滝」。

20. 「千尋(せんぴろ)の滝」は屋久島中央部に水源を持つ鯛ノ川にあり、その落差は60mである。

21. 千尋の滝はモッチョム岳の東側斜面に広がる250m×300mの巨大な花崗岩の岩盤に面しているのが特長。


モッチョム岳の東側にある千尋の滝(写真:takechaaann/PIXTA)

22. その岩盤が〈千尋=千人が手を結んだくらい大きい〉ことから、この名称がついたとされる。

23. 〈南の島〉のイメージが強い屋久島だが、その地形から標高によって平均気温が異なる。

24. 海岸部にある人里の年間平均気温は19.4℃だが、標高600mの白谷雲水狭では年間平均気温は約15℃。

25. 縄文杉のある標高1300mでは年間平均気温は約11℃、最高峰・宮之浦岳では年間平均気温は約7℃となる。

26. 標高が100m上がる毎に気温が約0.6〜0.7℃低下し、日本国内において〈積雪が観測される最南端〉でもある。

27. ほぼ亜熱帯に属する地域にありながら2000m近い山々を持つ屋久島では多様な植物相が確認されている。

28. 海岸付近の低地には亜熱帯性の植物がみられるが、この〈ガジュマル林は日本最北端〉のものとされる。

29. やや内陸の標高500mくらいまではシイやウラジロガシなど暖帯林、以降1000mまでは混合林でスギも見られる。

30. 1000〜1600mは屋久杉、ヤマグルミ、モミなどの温帯林で、1600mを越えるとササに覆われ高山的様相となる。

31. 本州や四国などで落葉広葉樹林帯にあたる部分にブナの代わりに「屋久杉」が分布しているのも特長的である。

屋久島独特の山野草

32. 島の中心部には〈日本最南端の高属湿原〉である「花之江河(はなのえごう)」「小花之江河」も広がっている。

33. 特有の自然から〈ヤクシマ〉と冠した植物が多数存在するが、他の地より小ぶりなものが多いといわれる。

34 一般的にアキノキリンソウは30cm以上になるが、その変種である屋久島のイッスンキンカはせいぜい7cm程度。

35. このような特長を持つ山野草は盆栽としての観賞価値が高く、「屋久島もの」と呼ばれて珍重されている。

36. 「屋久杉」とは、屋久島に産したスギのなかでも〈樹齢が1000年を超えたもの〉を指す。

37. 屋久島のスギは、その特異な自然環境に対応して抗菌性を持つ樹脂が多量に分泌し、きわめて長寿になる。

38. 他にも幼樹の葉が鋭いなど、この土地のスギならではの特長的な形態を有している。

39. 抗菌性・耐久性があることから中世以降、建築材や造船材として大いに利用されることとなった。

40. 1595年屋久島は太閤検地によって島津家の直轄地になったが、その後、石田三成は島津義久に木材調達を指示。

41. 豊臣秀吉による京都方広寺大仏建立のための資材で、実際に薩南海域から大阪へ木材が運搬された形跡がある。

42. 一説には、現在も屋久島に残る「ウィルソン株」はその際に切り出されたスギの切り株ともいわれている。


1586(天正14)年に豊臣秀吉の命令により切られたといわれるウィルソン株(写真:K/PIXTA)

43. 17世紀には薩摩藩によるスギの伐採が本格化し、明治になるまでに良木のほとんどが切り出されたという。

44. 島に残る樹齢1000年程の巨木は、当時ゆがみなどで山地での製材が不可能とされ伐採されなかったものが多い。

45. 伐採の跡地にはその後スギの稚樹が育ち、300〜400年を経て美しい二次林、三次林を形成している。

46. 屋久島を代表する古木として知られる「縄文杉」は、かつてその巨大さから推定樹齢6000年以上といわれていた。

47. そのため1983年に旧・環境庁が制作したポスターでも〈7200歳です。〉と紹介され、全国にその名を馳せた。

48. しかし現在では放射性炭素年代測定によって縄文杉の推定樹齢は2170年以上であることが確認されている。

49. これは幹の中央部が腐食で空洞化し最も古い部分のサンプルがとれなかったためで、さらに高齢の可能性もある。

50. また同心円状の年輪を形成しておらず内部組織の年代が入り乱れていたことから〈合体木〉という説も生まれた。

51. これに対し縄文杉の数本の大枝から葉をサンプリングして遺伝子解析した結果、一本の木であると証明された。

有名な屋久杉は、杉の個体に名前が付けられたもの

52. 縄文杉の樹齢は定まらないが「大王杉」「紀元杉」「弥生杉」「ウィルソン株」の推定樹齢は3000年以上とされる。

53. 島内で使用される「縄文杉」や「大王杉」という呼び名は種の名称ではなく、植物の個体に付せられたものである。

54. その豊かな森には、ヤクザルやヤクシカ、ヒメネズミ、コイタチ、コウモリなどの野生哺乳類が生息している。

55. 1990年代以降、外来種のタヌキが観察されているが、主要動物や爬虫類は日本本土とほぼ共通である。

56. 一方、屋久島より南方の土地に生息するアマミノクロウサギやハブなど南西諸島独特の生物は見られない。

57. そのためこの島の南側には、動物分布の境界線でトカラ構造海峡とも呼ばれる「渡瀬線」が引かれている。

58. 周囲を海に囲まれているが海岸線は崖や磯になっている部分が多く、砂浜はごくわずかで海水浴施設は乏しい。

59. 海水浴可能な島北西部の「永田浜」は、アカウミガメの産卵地としてラムサール条約にも登録されている。

60. 屋久島町の行政区域は屋久島と口永良部島の2つの島から成りたち、屋久島町の人口は約13000人。

61. 屋久島へのアクセスは大阪・福岡・鹿児島各空港からの飛行機、鹿児島からのフェリー、高速船がメインとなる。

62. 海の玄関口となるのは宮之浦港(主)と安房港(副)で、そのおよそ中央に位置する小瀬田に屋久島空港がある。

63. 島内には海岸線に沿って宮之浦、安房、小瀬田など24の集落があるが、かつては集落が生活の基本単位だった。

64. 神山、神木も異なり、道路が整備されたいまも集落独自の文化が残っており行事なども各集落単位で行われる。

65. 島内の電気は日本で唯一の発送電分離形式をとっており、発電事業と送電事業が異なっている。

66. 発電するのは、炭化ケイ素製造を行う「屋久島電工」が精錬所の自家発電用に建設した水力発電所と火力発電所。

67. そこで生み出された電気を、屋久島電工と九州電力を含めた4事業者が分担して供給している。

68. 島内の電力は基本的に水力発電で賄われており、緊急時に限って火力発電が活用される。

水産資源に恵まれている島

69. 島民の多くは漁業、農業、林業、観光業などに携わっているが、島は黒潮の本流に乗ってやってくる魚の宝庫。

70. なかでもトビウオは豊富な漁獲量を誇り、刺身や唐揚げ、一夜干し、すりつぶしたつきあげ等で食される。

71. 漁獲後、鮮度を保つためにすぐに首を折って血抜きをしたサバは「首折れサバ」と呼ばれ人気が高い。


血抜きのために首が折られた「首折れサバ」(写真:たれぞう/PIXTA)

72. 刺身やサバすきの他、「鯖節」などにも加工され関東や関西などの高級料亭などで使用されている。

73. 島内には本坊酒造と三岳酒造という二つの酒造メーカーがあり、まろやかで口当たりのよい焼酎の里でもある。

74. 名水百選にも選ばれている屋久島の天然水は超軟水(硬度10)でミネラルウォーターとしても販売されている。

75. ヤクトロ(山芋)、つわぶき、蜜芋などの野菜のほか、ポンカン、タンカンなどの果物も名産品である。

76. 工芸品としては、現在では伐採が禁じられている貴重な屋久杉を使用した屋久杉工芸が有名だ。

77. 箸、お盆、携帯ストラップといった小物からテーブルまで、さまざまな形で販売されている。

78. 島では昔から旧暦の4月と8月に、それぞれの集落がご神体とする山に登る「岳参り」が行われてきた。

79. 塩・魚・米など海と里の恵みを山の神に捧げ、豊漁豊作、家内安全などを祈る山岳信仰である。

80. それぞれの山には「一品宝珠大権現」が祀られているが、その総本山が宮之浦の「益救神社(やくじんじゃ)」。


宮之浦にある「一品宝珠大権現」総本山の益救神社(写真:takanpo/PIXTA)

81. 〈救いの宮〉とも呼ばれ、トレッキングや登山前の安全祈願に訪れる人も多い。

82. 「牛床詣所(うしどこもいしょ)」は里における山岳信仰の聖地で、岳参りした男性陣を家族が出迎えた場所。

83. 現在ではうっそうとした森の中にあり、60余りある石塔も苔むしているが古来の山岳信仰を知る貴重な場だ。

84. 屋久島最大の祭りが毎年8月上旬に行われる「屋久島ご神山祭り」である。

85. 山の神に感謝を捧げ、ご神水とご神火で無病息災を祈るもので、里の人々の平和への思いが込められている。

86. 旧暦5月25日に安房で行われる「如竹踊り」は、屋久島の聖人・泊如竹の遺徳を後世に伝えるために生まれた。

87. 如竹は江戸時代に薩摩藩に仕えた僧侶・儒学者で、島の困窮を知り藩にスギの伐採を願い出たといわれる。

88. 彼の没後、安房集落の人々が如竹踊りを創作し、命日である5月25日に踊り伝えてきたのである。

89. かつては19〜41歳までの青年・壮年を踊り手としたが、1966年以降は如竹踊り保存会が結成され継承されている。

90. 麦生集落の盆踊りは「ナギナタ踊り」と呼ばれ、300年余り前から伝承されている。

91. お盆の13日の夕方に寺と村の中心で踊り、15日の朝は寺・神社・海岸で、夕方は墓地・村の中で踊られる。

92. 手踊り、棒踊り、ナギナタ踊りの3種類があり、歌は6種類あるという。

十五夜にちなんだ伝統行事

93. 旧暦8月15日に屋久島の各地で行われるのが「十五夜綱引き」という行事だ。

94. 十五夜当日に綱の材料を集めるところから始まり、直径20cm×長さ40mほどの大綱を編み、月に向けて供える。

95. 日没後、月の出を迎えると人々は綱引き歌を口ずさみながら綱引きをし、その大綱で作った土俵で相撲をとる。

96. 大綱は蛇(龍)の見立てで、月の満欠と蛇の脱皮にみる再生能力にあやかり、健康長寿と豊年を願うのである。

97. 自然と魅力あふれる屋久島を訪れる旅行者は年々増加しているが、なかでも人気を集めるのが「白谷雲水侠」だ。

98. 宮之浦川の支流・白谷川上流にある自然休養林で「弥生杉」「奉行杉」「七本杉」などの屋久杉も見られる。

99. 映画『もののけ姫』のモデル地としても知られ、1995年5月と7月にはジブリスタッフによるロケハンも行われた。

100. そのイメージは主にシシ神の森やモロー一族の住む岩屋の描写などに活かされているといわれている。

(文:寺田 薫/モノ・マガジン2019年10月2日発売号より転載)

参考文献・HP/「歩く日本の世界遺産」(学研パブリッシング)「鹿児島県の不思議事典」(新人物往来社)「九州の山岳」(海鳥社)「現代民俗学の視点」(朝倉書店)屋久島町公式ウェブサイト、屋久島観光協会OfficialWebsite、屋久島トレッキングナビ、屋久杉自然館、屋久島経済新聞、朝日新聞デジタルほか関連HP