開業から1年近くが過ぎた、香港と中国本土の深センや広州を結ぶ高速鉄道。「1国2制度」のため飛行機の国際便や鉄道の国際列車と同じように出入境の審査を受けなければ列車に乗れません。大規模デモが続くなか、実際に乗ってみました。

静かな早朝のターミナル

「1国2制度」に基づき中国本土とは異なる政治体制と経済制度を持ち、いまは逃亡犯条例の改正に反対する大規模デモが続いている香港。2018年9月23日には香港〜深セン(「セン」は土へんに川)〜広州間の約140kmを50分台で結ぶ「広深港高速鉄道」が開業しました。


深セン北駅に到着した広深港高速鉄道の高速列車(2019年9月7日、草町義和撮影)。

 開業から1年近く過ぎた2019年9月7日(土)の朝、香港側のターミナルである香港西九龍駅から深セン郊外の深セン北駅まで、高速列車を利用することに。前夜には九龍半島側の旺角(モンコック)などでデモがあり、香港鉄路(港鉄、MTR)が運営する地下鉄の駅が閉鎖されるなどの混乱がありましたが、朝の香港西九龍駅は打って変わって静かでした。

 大きな魚が水面から顔を出しているかのようなデザインの駅舎のなかに入ると、目の前には地下深くに伸びる吹き抜けが。一番下に待合スペースらしきものが見えました。

 きっぷは日本語対応の予約サイトで購入し、前日のうちに香港西九龍駅で引き取っておきました。きっぷ売り場は「往返香港」(香港発着の高速列車のきっぷ売り場)と「中鉄(香港)領取内地車票」(中国本土内を走る中国国鉄列車のきっぷ売り場)の2種類あります。

 香港西九龍〜深セン北間なら「往返香港」のはずですが、予約サイトでは中国国鉄のカウンターできっぷを引き換えるよう案内していたため「中鉄」の窓口へ。パスポートと予約番号を駅員に見せると、7時37分発の深セン北行き高速列車(列車番号:G5636次)のきっぷがすぐに出てきました。

 予約した2等座(日本の新幹線の普通車指定席に相当)の所定運賃は香港西九龍〜深セン北間の40kmで86香港ドル(約1181円)。実際の購入額は予約サイトの手数料も含め1461円でした。上越新幹線 熊谷〜高崎間(営業キロベースで40.3km)で普通車指定席(通常期)を使えば2920円ですから、ほぼ半額です。

乗る前に終わった中国本土への「入境」

 自動改札機を通って荷物検査場へ。客の姿は非常に少なく、すぐに通過。続いて地下の出境審査も長い列ができるほどではなく、難なく通過できました。「1国2制度」の関係にある香港と中国本土を行き来する場合、出入国と同じ手続きが必要。香港西九龍駅から中国本土に向かう列車も、実質的には国境を越えて走る国際列車です。


広深港高速鉄道の香港西九龍駅(2019年9月7日、草町義和撮影)。

 出境審査場の先に伸びる伸びる通路の脇に免税店があり、空港の免税エリアとよく似ています。しかし、通路を歩いて行くと、早くも中国本土の入境審査場が現れました。まだ中国本土に入っていないどころか、列車にも乗っていません。

 これは出入境審査を同じ場所で行い、手続きの効率化を図るもの。フランスのパリ北駅からイギリスに向かう国際列車「ユーロスター」に乗る場合も、パリ北駅で出国だけでなく入国審査も行っています。また、従来からある香港〜深セン間の出入境審査場のうち1か所(深セン湾口岸)は、中国本土側に香港の審査場も設置。香港西九龍駅はこれとは逆のパターンです。

 入境審査場には指紋を読み取る装置があり、両手10本すべての指紋を取られるという厳しさですが、ここも閑古鳥が鳴いていて、審査はすぐに終了。ここから先は香港の地であっても手続き上は中国本土領内で、中国本土の法令が適用されます。

 香港は1997(平成9)年にイギリスから中国に返還されたあとも、中国本土から独立した自治権を持つ地域ですが、中国本土の法令が適用される鉄道施設が香港内に整備されたわけで、自治権が侵害されたと考える人もいます。これもデモの背景にあるといえるでしょう。

 入境審査の次は中国本土側の荷物検査があり、ここを抜けると待合スペースに到着。スムーズに進みましたがチェックポイントが多く、自動改札機からの所要時間は20分弱でした。発車時刻の案内を見ると、列車の多くは深セン市内の深セン北行きや福田行きですが、「北京」「廈門(アモイ)」などの文字も見えます。一部の列車は別の高速鉄道に乗り入れ、香港から中国各地へ直通しているのです。

香港鉄路と中国国鉄の車両が相互乗り入れ

 発車15分前の7時22分、G5636次への乗車が始まりました。地下4階のホームに下りると、中国国鉄のCRH380A形らしき8両編成の高速車両が停車していましたが、よく見ると車体の塗装が異なり、先頭車の側面には「港鐵 動感號 VIBRANT EXPRESS」というロゴマークが入っています。


客が少ない深セン北行きの高速列車(2019年9月7日、草町義和撮影)。

 広深港高速鉄道では中国国鉄とMTRの車両が相互に乗り入れていますが、MTRの所有車両は中国国鉄CRH380A形をマイナーチェンジしたもの。東北・北海道新幹線の東京〜新函館北斗間で、JR東日本のE5系電車とJR北海道のH5系電車(E5系と同型だが塗装を一部変更)が相互に乗り入れているのと同じです。

 実際に乗るまでは大規模デモの影響があるのではないかと不安でしたが、出入境手続きはスムーズに進行。G5636次も7時37分には定刻通りに発車し、拍子抜けしました。ただ、2等座の定員は1両につき80〜90人台ですが、ほとんどの席があいており、編成全体では40〜50人くらいでした。

 香港特別行政区が2018年11月14日に発表したところによると、開業後6週間の1日平均利用者数は5万900人で、列車1本あたり200人以上は乗っているはず。利用者が特に少ない時間帯なのかもしれませんが、デモの影響で減っている面もあるのでしょうか。

 列車は速度を上げ、客室とデッキの仕切りの上に設置されたLED案内表示には「179km/h」という速度が表示されています。窓の外はトンネルの暗闇が続くばかりで、香港と中国本土の境界をいつ越えたのか分からないまま、福田駅の地下ホームを通過。しばらくして速度が落ちてトンネルの外に出ると、すぐに終点の深セン北駅に到着しました。到着時刻は定刻通り7時55分。香港西九龍駅からの所要時間は18分でした。

※誤字を修正しました(9月14日18時35分)。