「おっさんずラブ」の脚本家・徳尾浩司氏に、ドラマを手がけていく苦労や大ヒットした理由などを尋ねました(撮影:原貴彦)

いよいよ公開がスタートした『劇場版おっさんずラブ 〜LOVE or DEAD〜』。ツイッターの世界トレンド1位を獲得するなど、社会現象を巻き起こしたドラマ「おっさんずラブ」の脚本家・徳尾浩司氏に、自他ともに認めるOL民(『おっさんずラブ』ファン)のコラムニスト・河崎環氏が迫る。7月8日に下北沢B&Bで開催されたイベントの模様をお届けする。

河崎環(以下、河崎):ついに『劇場版おっさんずラブ』が公開になります。まず、徳尾さんの今の気持ちをお聞かせください。

徳尾浩司(以下、徳尾):深夜の単発ドラマが映画にまでなったのは、俳優さんの力もありますが、何よりも観てくださった方たちのおかげだと思います。おそらく番組のファンのみなさんの反響には、テレビ局の方たちもびっくりしたと思います。ツイッターのトレンドで世界1位になっても、たいていの人はなかなか気づきませんが、ジワジワと盛り上がりながら、広まっていった。それは本当に番組のファンのみなさんのおかげです。

河崎:「おっさんずラブ」のファンの方たちは、すごく優秀で戦略的な文化消費者だと思います。言い換えれば“細分化されたパトロン”。文化は消費しないと顕在化しないし、醸成されていきません。

とくにわれわれが好きなドラマやマンガのような文化はそう。昔の貴族や石油王のように、1人の蓄えだけで作家を養うわけにはいきませんが、われわれ一人ひとりの力を合わせれば、ツイッターのトレンドを1位にして、深夜ドラマを劇場映画にすることだってできるんですよ。

徳尾:これは何のセミナーなんでしょうか?(笑)

「おっさんずラブ」が大ヒットした理由

河崎:「おっさんずラブ」がここまで伸びた原因について、徳尾さんは「普段テレビドラマを観ない方たちがテレビの前に座ってくれたのではないだろうか」とおっしゃっていましたが、これはすごくよくわかります。


「東京ドラマアウォード2018」授賞式で。ドラマ「おっさんずラブ」で主演男優賞を受賞した田中圭さん(左)と助演男優賞を受賞した吉田鋼太郎さん(写真:時事)

テレビドラマファンというより、BL(ボーイズラブ)をはじめとする周縁の文化が好きな人たちが一斉にテレビの前に座って、このドラマを観ていたのだと思います。

SHOWROOMの前田裕二さんが、「今は店主やママがいないときに、お客さんがカウンターの中に入って勝手にお酒を作って出すような店、そのようなコンテンツが長く愛される時代」だとおっしゃっていました。

「勝手にお酒を作って出す」とは何のことかというと、2次創作やファンによる勝手なプロモーションのことですよね(笑)。マンガなら自分で10冊買って“布教”用に配ったりするファンがいるようなコンテンツが長く愛される時代なんですね。「おっさんずラブ」はまさにそういう作品だと思います。

河崎:徳尾さんの1日は、どのようなスケジュールなのでしょう?

徳尾:朝はちゃんと起きるほうです。7時か8時には起きていますね。締め切りが危ないときは朝4時、5時に起きます。そういうときは、前日の締め切りを過ぎているんです(笑)。出版社やテレビ局の人たちは朝10時頃に出社されることが多いので、それまでに送っておけば大丈夫なのでは……と歪んだ解釈をするようになっていきました。ダメなんですけどね。集中できるのは午前中と夜の3〜4時間です。小説家のエッセイなどを読むと「1日に集中できるのは3時間」と書いてあったりするので、勝手に勇気づけられています(笑)。

河崎:私も書けないとき、編集者さんに村上春樹さんの1日のスケジュールを教えていただきました。そんな最高の方と比べられても!と思いましたが。

徳尾:村上春樹さんは朝5時とかに起きてからいきなり、深い海に沈むように物語の世界にどっぷり入り込んで書くようですね。お昼過ぎまで一気に書いて、その後で走ったりする。僕は浅いプールなので、そこまで沈めないですね(笑)。すぐに浮かんで息継ぎしてしまいます。

こういう仕事をしていると、オンとオフの切り替えにすごく憧れます。逆に、オンとオフをはっきりさせて、朝起きてすぐに仕事して、夜はもうお酒を飲んだりしているんじゃないかと思われがちですが、実はぜんぜんそうじゃない。オンとオフを切り替えられない葛藤をしているうちに、日々過ぎていきます。

脚本を作る苦労

河崎:連続ドラマはどのようなペースで書いていたのですか?


徳尾浩司(とくお こうじ)/脚本家・演出家 。1979年4月2日生まれ、大阪府出身。慶應義塾大学卒業。近年の作品に「おっさんずラブ」『劇場版おっさんずラブ〜LOVE or DEAD〜』「ミス・ジコチョー〜天才・天ノ教授の調査ファイル〜」などがある(撮影:原貴彦)

徳尾:「おっさんずラブ」のような1時間のドラマの場合、A4用紙を横にして縦書き34行を30枚書けば、だいたい1話分になります。最初にプロデューサーとプロットを決める打ち合わせをするのですが、「前半はこういう展開で、終盤はこういう展開で、こういう終わり方にしましょう」「ここは誰々が誰々にアプローチしましょう」などと決めていきます。ただ、脚本にはなっていないので、それを僕が自分のアイデアを盛り込んでいきつつ、脚本にしていくわけです。

初稿の場合は30枚書くのに5日間か6日間もらいます。それでもなぜか終盤に作業が偏っていきます(笑)。

河崎:そうなんですか!

徳尾:理想はオンとオフを切り替えて、同じペースで6日間使いたいのですが、そうはならない。考えているだけで一向に筆は進まず、3日目ぐらいに「これはヤバいぞ」と思い始めます。早くキーボードをたたけよと思うのだけど、書く作業は本当に苦しいので、その浅いプールに飛び込む勇気がなかなか出ない。そうこうしているうちに、土壇場になって子どもの夏休みの宿題のように取り掛かるわけです。それが第1稿です。

河崎:それで終わりではないんですね。

徳尾:仕上がった第1稿を持って、テレビ局に打ち合わせに行きます。そこでプロデューサーと「このシーンとこのシーンの順番を入れ替えよう」とか「ここのセリフはカットしよう」と話し合います。仮に、ラストでルームメートが主人公に押し迫ってキスすることが決まっていたとして、なぜルームメートがそういう気持ちになったのか、中盤での描写を足そうか、などと話し合うわけです。

第2稿は第1稿ほど時間がもらえないのですが、数日間持ち帰ります。そして、また最初の3日間は浅いプールの前で恐怖におびえているわけです。早く書けよ、と(笑)。

河崎:学習しましょうよ!

学ぶことが多い現場

徳尾:それから第3稿、第4稿と重ねていきまして、1冊の真っ白な表紙の「準備稿」が出来上がります。そこで初めて、脚本が役者さんや美術スタッフなどの手に渡るんです。

ドラマによっては女優さんから「こんなセリフは言えない」などとリアクションがきて変更することがあります。昔、あるドラマで「おばさん」と書いたら「『おばさん』ってどういう意味かしら?」と言われて変更したことがありました。いや、役だから(笑)。

準備稿を渡して、だいたい1週間。その間に小道具を揃えたり、ロケハン(撮影する場所を調べること)をしたりします。ロケハンの結果によって、スタッフから「場所が変更になった」などとお願いされることもあるので、それを反映させた「決定稿」を作るわけです。準備稿と決定稿の間はそんなに日がないので、家に帰ったら迷うことなくプールの中に入ります。たとえですよ。家にプールがあるわけではありません。


河崎環(かわさき たまき)/コラムニスト。
1973年京都府生まれ、神奈川県育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多岐にわたる分野で記事・コラム連載執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後はWebメディア、新聞雑誌、企業オウンドメディア、日本政府海外広報誌などへ多数寄稿。2019年より立教大学社会学部兼任講師も務める。社会人女子と中学生男子の母(撮影:原貴彦)

河崎:わかってますよ! でも、そうやって自分で時間を管理していくのも重要な仕事の一部なんですね。お話をうかがっていると、「おっさんずラブ」では、徳尾さんは女性の製作者たちの中にポツンと1人いてもちょうどいいタイプの男性のような気がします。やりやすかったのではないでしょうか?

徳尾:はい。女性というのもあると思いますが、とても尊敬している方たちなので自分としては、安心感がありました。

テレビ業界はまだ男性のプロデューサーが多いと思うのですが、ちょっと今の時代に照らし合わせたときにマズいんじゃないかという表現を求められることがあって、「いや……そのまま書いたら、俺が炎上するぞ」と思うことも過去にはありました。そういうときは「これはやめたほうがいいです」「別の表現に変えたほうがいいかもしれません」と打ち合わせの席で言います。この辺りのことは時代によって変わるもの、変わらないものがあるので、つねに周りの方たちに聞いてみたりして、自分自身も学んでいくことが多いです。

河崎:「おっさんずラブ」は大きな成功を収めましたが、「男性同士を中心とした恋愛ドラマ」を手がけることに心配はありませんでしたか? 視聴者の中でも「単発ドラマを経て、連続ドラマとしてはどう成立させるのだろう?」と思っていた人は少なくなかったと思います。

徳尾:僕たちも学びながらやっている感覚があったかと思います。僕はコメディーをやりたいし、恋愛ドラマをやりたい。たまたま好きになった人が男性だった、ということを大切にして、できるだけシンプルに考えていくことにしました。

性別を超えた「普遍的なこと」が描かれている

河崎:以前、徳尾さんは「僕らはBL(ボーイズラブ)についてまったく知識がなかった。だから、自分たちの最初のスタンスとして『これをやれば萌えるんでしょ?』とか『こういうのが好きなんでしょ?』という姿勢にはならなかった」とおっしゃっていましたが、それがすごくよかったと思います。


徳尾:男性同士の恋愛を描くとき、BLの歴史や文化を知らずとも、ドラマとして真摯に恋愛に向き合うことができたら、BLに詳しい方にも「こいつはわかっていないが、まあ、許してやろうではないか」と思っていただけるのではないかと淡い期待がありました。逆に、僕にちょっと知識があって「こうすれば萌えるんじゃないか」という書き方をしたら、すぐに校舎裏へ連れていかれたと思います。

河崎:ただ、危なっかしさは感じていませんでした。あのシチュエーションで、こんなに面白くて、こんなに笑わせてくれる作品を書くことができるなんてすごい!と感動しかありませんでした。フリスクをボリボリ食べる黒澤武蔵部長(吉田鋼太郎)や、おびえる春田創一(田中圭)の描写なんか、本当におかしかったです。これは徳尾さんがずっとコメディーの脚本を書かれてきたからなのでしょうね。

徳尾:僕はこの題材でコメディーにすることが大切だと思っていました。でも、やり方を間違えてしまうと、観てくださる方を傷つけてしまうことになりかねない。人が人を好きになることにきちんと向き合いつつ、真剣だからこそすれ違ってしまう面白さを描こうと思いました。

(ライター:大山くまお、カメラマン:原貴彦)