APD(聴覚情報処理障害)という言葉を知っていますか?(写真:KY/PIXTA)

話をしていて聞き間違いが多い、声は聞こえているのに言葉として理解できない。就職や転職あるいはアルバイト始めたことをきっかけに、そのような悩みを抱える人がいます。しかし、耳鼻科に行って聴力検査を受けても結果は「異常なし」。

こうした症状はAPDと呼ばれ、近年、注目を浴びつつあります。自分は該当するのか、聞き取りをよくするためにどういったことをすればいいのか、耳鼻咽喉科専門医で『聞こえているのに聞き取れないAPD【聴覚情報処理障害】がラクになる本』著者の平野浩二氏に聞きました。

簡易的な診断方法

APDは、Auditory Processing Disorderの略で、「聴覚情報処理障害」と訳されます。次の項目をご覧ください。

□「え?」または「何?」という言葉を1日に少なくとも5回あるいはそれ以上言う
□しばしば言われたことを間違って理解している
□音の識別に関して困難を感じたことがある
□背景の音がするとすぐに気が散る
□聴覚チャンネルを通しての学習がうまくいかない

これはAPDであるかを簡易的に診断できるチェックリストの一部です。

APDの大きな特徴は、2つです。1つは、相手の声が「音としては聞こえているのに、言葉として聞き取れない」ことです。私は、年間200人ほどのAPDの患者さんを診察してきましたが、患者さんたちの代表的な悩みをご紹介しましょう。

・横や後ろから話しかけられると聞こえない
・飲み会などうるさい場所では相手の話がわからなくなる
・電話やテレビ会議で相手が何を言っているかわからない
・話している人の口元を見ないと理解できない
・「ちゃんと聞いているのか」と注意される
・画面に字幕がないと意味が理解できない
・仕事でお客さんの注文が聞き取れない

APDのもう1つの特徴は、「聴力検査をしても異常は認められない」ことにあります。アメリカなどでは、かなり認知されていますが、日本においては、APDについての理解がまだまだ十分とは言えません。それゆえ、聞こえない理由がわからずに人知れず悩み、苦しんでいる人が少なくありません。当院を受診された患者さんを2人ご紹介します。

普段から言葉を聞き取れないことが多く、聞こえの悪さは自覚していたものの、仕事はそこそこできていたというAさん。しかし、定期的に会議があり、その会議録を交替でとることになって以降、その順番がまわってくると、次々と展開していく議論についていけなくなってしまったと言います。議論が白熱してくると、参加者たちの声も大きくなりスピードも速くなります。

そうすると、もはや会議録をまったくとることができなくなってしまいました。APDの患者さんは、複数の人が同時に話をすると、誰の発言かもわからなくなってしまう傾向があります。

多くの耳鼻科医には知られていない

仕事中にまわりの人の話がよく聞き取れないことが続いていたJさんは、上司から、耳が悪いから耳鼻科で調べてもらえと言われました。このため、意を決して近くの耳鼻科に行きました。聴力検査を行うと、「聴力はまったく正常です」と医師に言われました。

「まわりの人の声が本当によく聞こえないのです」。何度説明しても、「聴力には異常がないから、そんなことはないはずだ」と言われるばかりです。最後には、「頭がおかしいから、精神科で診てもらったほうがいい」とまで言われてしまいました。Jさんの訴えは切実です。

APDに対する知識さえあれば、聴力検査で異常がなくても、これはAPDだと容易に推測することができます。しかし、まだまだ一部の耳鼻科医にしかAPDの存在が知られていない現実があります。耳鼻科医の中では、聞こえないというのは、聴覚系に問題があり、難聴があるものだという先入観があるため、Jさんのように検査の結果が正常だと、このような冷たい対応をしてしまうのでしょう。


フィッシャーの聴覚情報処理チェックリストを一部改変したもの。「チェックがつかなかった個数」に、4%を掛けて72%を下回ると、APDである可能性が高い。(画像:あさ出版提供)

なぜAPDが起こるのでしょうか。脳に何らかの損傷が生じ、このために言葉の聞き取りに障害がでてくることがあります。これが当初、学会で報告されたAPDのケースであり、狭い意味でのAPDです。

一方、脳自体には損傷はないものの、脳機能に何らかの問題があり、音声の聞き取りが悪くなるというようなケースも少なくありません。これが広い意味でのAPDです。また、発達障害の人には、APDの合併が多く見られます。集中力の欠如などから音声の聞き取りに困難が生じているのかもしれません。

脳の中のどの領域に問題があり、音声の聞き取りに障害がでてくるのか、この点を推測するのはなかなか難しいことです。APDを引き起こす原因は、さまざまであり、わかっていないことも少なくありません。

APDの人の多くは、生まれつき脳の音声処理機能に問題があるのではないか、というのが私の考えです。

生まれたときから音声の聞き取りづらさはあるのですが、成長するまでそれに気づいていないケースも多いようです。APDの方が本当に困難を感じるようになるのは、社会人になって、仕事についたり、転職をして環境が変わったりしてからでしょう。

聞こえないために仕事上のトラブルが増え、これをきっかけに自分のAPDに気づくことが多いのです。そして、APDは現状、こうすれば治るという治療法は確立されていません。しかし、その工夫により、聞こえの状態を改善することはできます。

聞こえの悪さを補うには

聞き取りの悪さを改善する工夫の1つは、相手の口元が見える位置で会話をすること。APDの方は、話し手の口の形を見ながら話を聞くことで、音声情報を補助しています。相手の口が見えるように向かい合って会話をするようにしましょう。そして、相手の人には大きな声ではっきり話してもらうように協力を求めてください。


協力を求めることはとても大切です。APDの方は、聞こえないということを周囲に隠しておきたい人が多いようです。しかし、隠しておくと「人の言っていることを無視する」「言ったことと違うことをする」といった誤解が生じやすく、誤解されればされるほど、きつく注意を受けることになりがちです。自分が聞こえないということが周囲の人に理解されていれば、自分のできないことをカバーしてくれる人もいることでしょう。

聞き返したことに何度も答えてくれる。用件をメモでくれる。代わりに電話をとってくれる。このような協力を得られれば、仕事のミスも少なくなり、働きやすい職場になると思います。隠しておいていいことはあまりありません。自分の聞こえの悪さを周囲に話してみてはいかがでしょうか。

ただし、聞こえないことがわかると、逆に攻撃的になる人もでてくるかもしれません。長く働くためには、よりよい人間関係をつくることが大切です。協力をあおぎながらも、まわりの人と衝突しないように注意が必要です。ほかにもさまざまな工夫やツールがあり、それらによってある程度は聞こえの悪さを補っていくことができると思います。

私は、APDはその人の特性の1つだと考えています。ですから、1人で悩むよりも正しく認識して受け入れることが何よりも大切です。それによって人生を前向きに歩んでいかれることを願っています。