公的年金制度を見直す仕組みには大きな変化があった(写真:和尚/PIXTA)

8月27日に、5年に1度行われる公的年金の財政検証が公表され、メディアでいろいろと取り上げられました。昔の話ですけど、この国の年金制度を見直す仕組みとして、「財政再計算」というのがありました。これが最後に行われたのは2004年になります。

5年に1度行われていた財政再計算では、制度改正(案)を織り込んでその後5年間の保険料引き上げの計画もあわせて財政見通しを作成していました。そしてこの保険料引き上げ計画(ただし5年後以降の引き上げは法定化されない単なる見通し)が法案として国会に提出され、新しく年金の改革法が成立していました。そして5年経つと、また新しい保険料引き上げ計画が法律として成立していたんですね。

こうした政治的にはなかなかタフな制度は段階保険料方式とも呼ばれていました。

昔は本体試算と参考試算が反対だった

今からみれば興味深いのは、昔の財政再計算では、今の制度を固定した将来の財政見通しが「参考試算」として示され、今後保険料の引き上げをはじめとした制度改革を織り込んだ試算は、メインの試算として公開されていたことです。メディアをはじめとした世の中は、改革を織り込んだ試算に注目していたことは当然です。

でもこれって、今の財政検証では、今の制度のままを前提とした長期試算を「本体試算」と呼んで注目を浴びてトップニュースとして報道され、改革を織り込んだ見通しをオプション試算と呼んで時に無視されるのとは、完全に逆なんですね。


令和元年の財政検証後の報道が一段落した先日、知人の記者に、「年金を見直していく仕組みそのものが動いているわけで、記者泣かせだということはわかります」と連絡をしました。このあたりの話は、少し世の中で共有されたほうがよいのかもしれません。

2014年に前回の財政検証が発表された直後に、財政検証を考えるシンポジウムが開催され、そこで僕は、次のように話しています。ここに出てくる「年金部会」というのは、社会保障審議会年金部会のことで、厚生労働大臣の諮問に基づいて年金制度を議論する、いわゆる政府の審議会のことです。

2009年時の年金部会は、財政検証が発表されたその日に終わっていました。しかし、今回は、ここから仕事が始まります。いずれまた年金部会が始まると思うのですが、パート労働の厚生年金適用などの懸案について、ぜひとも頑張っていただきたいと思うと同時に、今回の年金部会の方々は大変ですねと、労いの言葉で話を終えたいと思います。

2014年当時、僕は年金部会の委員ではなかったので、委員の人たちを労っているようです(彼らは民主党政権下の2011年に編成された委員)。

年金制度のパラダイム転換と呼ばれる2004年改革が行われた後の1回目の財政検証は2009年だったのですが、その1回目の財政検証のときは、2009年2月に結果が報告されて、その後、「年金制度を議論するためのものとして」は一度も開かれていません。

ところが、2014年財政検証のときは、6月の財政検証報告の後に、18回も開かれています。そして実際のところ、今回の令和元年財政検証の後も、僕たち年金部会の委員たちは、12月末まで毎月2回から3回の日程確保を頼まれています。


財政検証の後に一度も年金部会が開催されなかった2009年の財政検証と18回も開催された2014年の財政検証の間で、いったい何が起こったのかわかりますか?

いや、わかるはずないですね。

この間の変化を理解するためには、2013年の社会保障制度改革国民会議の働きを押さえておかなければなりません。

財政検証後の年金部会こそが勝負

財政検証という公的年金保険の健康診断によって、遠い将来での病気の兆候が観察されれば、将来から振り返って現在なすべきことを考える「バックキャスティング」な観点に立って、今から改善を図る努力に取りかかることは当然のことです。

その意味で、2009年に行われた第1回財政検証では、僕が2012年の座談会で言っているように「平成21年に最初の財政検証が行われました。そのとき、デフレ下で給付をカットできないのは制度の致命傷になり得るということと、このままでは、基礎年金にマクロ経済スライドが効きすぎることになるという2つの診断結果が明示されました」(「年金実務2000号記念座談会 年金制度の過去、現在と未来」『年金実務』第2000号2012年7月9日号)と、日本の公的年金が抱える病気は、かなりはっきりと可視化されていました。

ところが、2009年財政検証の直後に政権交代があったこともあって、ほとんど何もできずに、月日はただいたずらに過ぎてしまっていました。そこで2009年第1回財政検証の轍を踏まないように、2013年の社会保障制度改革国民会議が動くことになったんですね。そこからの流れは、次の図のようにまとめることができます。


2013年8月にまとめられた『社会保障制度改革国民会議報告書』では、年金部分の最後を次の文で締めています。

少なくとも5年に1度実施することとされている年金制度の財政検証については、来年実施されることとなっているが、一体改革関連で行われた制度改正の影響を適切に反映することはもちろん、単に財政の現況と見通しを示すだけでなく、上記に示した課題の検討に資するような検証作業を行い、その結果を踏まえて遅滞なくその後の制度改正につなげていくべきである。

ここで、国民会議報告書が「上記に示した課題」とは、

長期的な持続可能性を強固にして、セーフティネット機能(防貧機能)を強化する改革に向けて
(1) マクロ経済スライドの見直し
将来の保険料負担水準を固定した以上、早期に年金水準の調整を進めた方が、将来の受給者の給付水準を相対的に高く維持することができる。このため、マクロ経済スライドについては、仮に将来再びデフレの状況が生じたとしても、年金水準の調整を計画的に進める観点から、検討を行うことが必要である。
(2) 短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大
国民年金被保険者の中に被用者性を有する被保険者が増加していることが、本来被用者として必要な給付が保障されない、保険料が納められないというゆがみを生じさせている。このような認識に立って、被用者保険の適用拡大を進めていくことは、制度体系の選択の如何にかかわらず必要なことである。
(3) 高齢期の就労と年金受給の在り方
世界に目を向けると、高齢化の進行や平均寿命の伸長に伴って、就労期間を伸ばし、より長く保険料を拠出してもらうことを通じて年金水準の確保を図る改革が多くの先進諸国で取り組まれている。
(4) 高所得者の年金給付の見直し
マクロ経済スライドの発動による年金水準の調整は、中長期にわたって世代間の給付と負担のバランスを図ることを通じて、年金制度の持続可能性を高めるものといえる。このことを考慮すると、今後は、年金制度における世代内の再分配機能を強化していくことが求められる。

これら『社会保障制度改革国民会議報告書』の文言を受けてプログラム法(2013年12月5日成立、持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律)が成立、このプログラム法に基づいて、2014年財政検証でオプション試算機銑靴行われました。

こうした一連の流れを要約すると、2009年財政検証で、このままでは将来の「給付の十分性」に支障を来すという問題が可視化され、その対策として打つべき手段を試算を行って可視化したのが2014年財政検証の3つのオプション試算だったわけです。

PDCAサイクルで回す制度改革

ここで、公的年金保険制度は見直しながら運営していくという、PDCAサイクルに入ったことになります。Checkは財政検証、それに基づいた改革がActionですね。

2014年財政検証の本体試算は、なにもしなければこうなるという絵柄を示しており、本体試算を補完するものとしてなされた3つのオプション試算では、この方向で年金改革を進めるといずれも給付水準の底上げにプラスに働くことが、特に基礎年金に対して大きな効果があることが確認されました。

とは言っても、法律を改正して制度を動かすというのはなかなか大変なことです。将来世代のためにマクロ経済スライドの見直しを行いましょうと言っても、それは年金受給世代の利害と対立します。短時間労働者に厚生年金を適用して彼らの高齢期の貧困リスクを緩和しましょうと言っても、そうなると事業主負担分の保険料が増える企業は死に物狂いで反対します。

そうした局面では、企業に対して社会全体の長期視点に立って協力をというような説得などはなんの役にも立ちません。被保険者期間の延長を行えば基礎年金の給付水準はこんなに上がるじゃないかと示しても、基礎年金には国庫負担が入っているために、追加的にどのようにしてその国庫負担を確保するかという大問題が生じます。

衝突する利害関係者たちに代わって議論するのが国会議員さんたちなのですが、中には、次の選挙という就職活動に汲々として、正義、正論などかまっていられるかというなりふり構わずという人たちも――とくに野党には大勢いるようも見えます。

大方いつもそうしたぐしゃぐしゃの状況の中で行われる改革というものは、最大願望として想定されていた改革を100点満点とすれば、実際に行われるのは、100点からはほど遠いものになってしまうとも言えます。そのあたりは、「『平成28年』年金改革に寄せて」をご笑覧ください。

年金部会は国民的議論を喚起する場

年金改革を取り巻く、利害衝突者たちの調整を図るために、今後、年金部会という公の場で議論することにより、いわゆる国民的議論を喚起し、「正確な情報に基づく健全な世論」というものをいかにして形成していくかという試行錯誤の作業が、先日の財政検証発表のその日から始まり、この作業は年金改革法案の提出まで、この国で行われることになるわけです。といっても、決めるのは政治です。

今回の財政検証でも示されたように、将来世代の貧困層を緩和するために短時間労働者に厚生年金の適用拡大を図るというのが、来年国会に提出される年金改革法案の最大の目標です。しかし、この問題、これまで何度もチャレンジしては経済界に繰り返し大敗してきた難問なんですね。今後来年に向けて、どのような展開になっていくのか、最終的に政治はどのような決着をつけるのか、関心をもって眺めておいてもらえればと思います。

さてさて、僕はずっと、記者たちに、本体試算を報道しても、そんな未来は到来しないんだから意味がないよ、オプション試算こそが重要であり、この国にはオプション試算が実現しない未来はないんだよっと言い続けてきたわけですけど、その意味を少しはわかってもらえたでしょうか。

冒頭で触れた知人の記者も理解していて、「本体試算の話は、いくら解説しても出口のない話で落語でいえば、マクラでいいのではないかと」と言っています。そのとおりですね。

8月27日の年金部会でも、立命館アジア太平洋大学学長の出口治明委員が指摘され、僕も同意していたのは、今回の財政検証資料で最も大切な資料は、オプションAの適用拡大とオプションBの基礎年金の拠出期間延長などを同時にすべて行った「オプションAとオプションBの組み合わせ試算」の資料だということです(資料の22-24ページ、14-21ページもご参照あれ)。

適用拡大を325万人ほど行った組み合わせ試算では、所得代替率が7ポイント台の高まりをみせ、適用拡大1050万人ベースでは、所得代替率が11ポイント台の伸びを示します。これは、今の高齢者が受給している年金の所得代替率を超える水準になり、いま、若い人たちが将来高齢期に達したときの貧困リスクを相当緩和することができるようになります。財政検証で示されたオプション試算の方向への改革、やるしかないでしょ。

と言っても、大手メディアは顧客層である専業主婦に気をつかってあまり協力してくれなかったり、メディアも政治家も、逆に、中小企業擁護という一見すればあたかも正義に見えたりするポジションについたりと、適用拡大を進めようとすると、事業主負担が増える当事者以外にも、思わぬところから撃たれて、今回も改革が頓挫してしまうおそれもあります。

オプション試算を反映しない未来はない

最近では、年金財政が苦しいから、支え手を増やすために非正規労働者にも負担を求めようとしているなどの誤解のうえに誤解を重ねた珍説が登場したりしていますが、常軌を逸した珍説が力を持つ世論になっていったりした過去を、年金は数多く経験しています。

そうした難題であることをわかったうえで、僕は財政検証が発表された翌8月28日の新聞で、次のように答えていました。ちなみに、僕は年金部会において、「世の中なかなか絶対という言葉を使えないのですけれども、適用拡大は絶対正義」と発言しています(第4回年金部会議事録(2018年9月14日)。

水準改善 最後の好機

財政検証は、今の20〜30代の世代、特に「どうせ年金はもらえない」と信じ切っている人たちにこそ、関心を持って見てほしい。

年金制度でまず押さえるべきは、将来の給付水準は絶対的、固定的なものではなく、可変的なものということだ。経済環境によっても変わるが、自分たちの選択や努力でも変えていける。

6ケースの本体試算は、現行制度を前提に「今の針路でいくとここにたどり着く」という海図のようなものだ。航路を変え、将来の給付水準を上げる戦略を立てるために行うのがオプション試算で、これが重要になる。

次の年金改革で最大の課題は厚生年金の適用拡大だ。従業員501人以上の企業が強制適用だが、企業規模で適否を変えることに合理性はない。規模要件の撤廃は絶対条件だ。

現在40代前後で非正規労働の期間が長い「就職氷河期世代」が、適用拡大で厚生年金に加入できるようになれば、老後の年金が上乗せされ、老後の貧困リスクを軽減できる。改革のタイミングとしてはラストチャンスだ。

もう一つは、国民年金の加入期間の延長だ。政府が「Work Longer」(長く働く)を唱え、引退年齢を65歳以上に引き上げようとしている中、国民年金の加入義務が1961年の制度創設時から変わらず「60歳に達するまで」のままなのはおかしい。65歳まで延ばすべきだ。

オプション試算では、加入期間延長による給付水準の改善効果が大きいことが示された。将来、最大1.2兆円の国庫負担が必要との試算も出されたが、その額が必要となるのは40年以上先で、手当てする時間は十分ある。

年金改革は「植樹」のようなものだ。今の若い世代が将来受け取る年金の給付水準を上げていくには、数十年後の成果を見越して今のうちに改革していかなければならない。この国には、オプション試算を反映しない未来はないのである。次の年金改革に大いに期待したい。【聞き手・横田愛『毎日新聞』】