「異世界モノ」ライトノベルが、現代の「時代劇」と言えるワケ

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「なろう系」と「異世界モノ」

近年、いわゆる「異世界モノ」のライトノベルが流行していると言われる。長月達平『Re:ゼロから始める異世界生活』、白米良『ありふれた職業で世界最強』、アネコユサギ『盾の勇者の成り上がり』などをはじめ、アニメ化された作品も少なくない。

ここで挙げた作品はすべて、小説投稿サイト「小説家になろう」に投稿された作品が商業ベースで書籍化され、メディアミックス展開されたものだ。

「小説家になろう」は、当時大学生だった梅崎祐輔氏が2004年に個人サイトとして立ち上げたものであり、2010年以降は法人化して、梅崎氏を代表取締役とする株式会社ヒナプロジェクトによって運営されている。小説投稿サイトは、「エブリスタ」やKADOKAWAが運営する「カクヨム」などをはじめ現在では乱立状態になっているが、その中で「小説家になろう」は2019年9月現在、登録者数はおよそ160万人、67万点以上の作品が投稿されており、小説閲覧数月間11億PV以上を誇る日本最大の小説投稿専門サイトへと成長した。

このサイトに投稿されるのは、必ずしも「異世界モノ」だけではない。

たとえば、2015年から2016年にかけて大ヒットした住野よる『君の膵臓をたべたい』も、もともとは一般の書き手だった住野よるが、このサイトに投稿したものである。このように、青春小説や恋愛小説、ミステリ、時代小説、さらには評論まで、さまざまなジャンルの作品が投稿されている。

しかし「小説家になろう」では現在、「異世界モノ」でなければほとんど読まれないと言っても過言ではないほど、このジャンルに特化された状態になっている。こうした状況から、「小説家になろう」に投稿され、書籍化される「異世界」ものは、特にサイト名に由来する「なろう系」という呼び方で通称されることがある。

「異世界モノ」の4類型

主人公が「異世界」に行くというのは、ファンタジーにおいて古典的な構造のひとつである。しかし、その部分で旧来の作品との共通性を指摘することに、あまり意味はない。

「なろう系」における「異世界モノ」と呼ばれるジャンルがどういう作品群なのかについては、具体的に作品を追っていけばもちろんそれぞれに違いはあるものの、大まかな作品の傾向をまとめると以下の4つの点を挙げることができる。

(1)主人公が死亡して生まれ変わる、気が付くと現実とは別の世界にいるなど、なんらかの形で西洋ファンタジー風の「異世界」に飛ばされる。

(2)「異世界」に移ったあと、私たちが住んでいる現代の世界にある一つの能力やモノを引き継いでいる。あるいは、特殊な能力を与えられる。

(3)その能力やモノによって、転生した「異世界」に住む人々にとって有用かつ稀有な人物として認められ、その世界で活躍することができる。したがって、能力を得るために努力をする必要がない。

(4)(1)〜(3)の結果、男性主人公がモテることができ、「異世界」の少女たちに囲まれる。

(1)の点に関しては、少し前までの「なろう系」小説においてはなぜか、冒頭で主人公がトラックに跳ねられて死亡する、ということが定番であるかのように言われていた。実際にそういう作品もかなり見られたのだが、2019年に入ってからはそこまで典型的な作品はだいぶ少なくなっている。

一方で、主人公が飛ばされる「異世界」が、多くの場合が西洋ファンタジー風の世界観になっている点や、ここで挙げた物語のパターンは、基本的にほぼ共通していることが多い。

なお、ネット上で「なろう系」という呼び方がなされるときは、投稿作品やそこから書籍化されたものも含め、特にそうしたパターンに乗った作品を、半ば揶揄的にそう言っている場合が少なくない。したがって、「なろう系」という用語を使うこと自体、注意を要することをここに明記しておく。

独自の世界観「ナーロッパ」

こういった「なろう系」小説の舞台となる「異世界」について、2018年のはじめ頃から「ナーロッパ」という用語でまとめられるのを、ネット掲示板「5ちゃんねる」上で見かけるようになった。

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これは、「なろう系」小説で描かれる「異世界」が、多くの場合、ゲーム(RPG)の『ドラゴンクエスト』シリーズや、『ファイナルファンタジー』シリーズが持つような「西洋ファンタジー風」の世界観を持っていること。魔法が発達しているにもかかわらず農業や技術・文化のレベルが遅れていること。そこで登場する食べ物や身分制度などが世界観の元になっているらしい時代とずれていることなど、歴史的な事実とは異なりつつ、ファンタジーとしてもけっして緻密ではない設定が、多くの作品で同じように共有されていることを指した用語である。

それでは、なぜこのようにパターン化した設定、ストーリーが、次々に生み出されるのか。ここには第一に、「小説家になろう」に投稿する多くの書き手が、アマチュアであることが関わっている。

オリジナリティにあふれた作品を書ける人間は、ごく一握りだ。しかし、このように設定や世界観、物語がパターン化されることで、そのパターンを踏まえた上でさまざまな要素を組み込んでいけば、誰でも手軽に小説を書くことができる。

そのため、「異世界」に飛ばされた主人公が持つ能力は、書き手の得意なジャンルを活かして他の作品と差異化できる部分である一方、寄席の興行で行われる大喜利のように、組み合わせからどのように作品を展開するかという部分で楽しまれることになる。

SNS的性質をもつ「小説家になろう」

このように、誰でも手軽に小説を書くことができるという状況は、さまざまな効果を生み出している。たとえば、メディアにおける作品の広がり方の変化だ。

かつてのライトノベルでは新人賞などからデビューした作家が、雑誌に掲載したり、文庫書き下ろしでデビューしたりする形をとっていた。したがって、日常的にライトノベルを読んでいる読者以外は、まずはアニメーションなどにメディアミックスされた作品を手に取ることが多かった。

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これに対して小説投稿サイトでは、読者が無料で読めるだけでなく、投稿者たちは同じサイトに投稿している作品をお互いに読み合う。そのため、書籍として発売される前に、すでにユーザーに作品が知られていることが多くなった。

また、小説投稿サイトの隆盛と、イチゼロ年代におけるインターネットの使い方の変化とが、重なり合っていることも重要であろう。

たとえばTwitterは現在、フォローワーが似たような考え方や趣味を持つユーザー同士で限られ、そうではないユーザーの発信する情報は、自ら検索して探さなければほとんど接しない状況になっている。逆に言えば、ユーザーは自分の嗜好に沿った情報に、アプリを開くだけでほとんど自動的に接することができるようになっているのが現状である。

「小説家になろう」に代表される小説投稿サイトは一種のSNSとしてのシステムを持っているため、当然、それと同じ状況が生じている。その結果、同じような作品を読むユーザーたちの間で、しだいにひとつのコミュニティが形成されていく。

このことは裏を返せば、一度コミュニティが形成されると、そこから読者、書き手が外に出ていくことが難しくなる事態を招く。作品のパターン化がより強固な形で進展し、そこから外れた作品が読まれにくくなるのだ。一方で、同じジャンルの小説を読む<作者―読者>の間での凝集性は、従来の小説に比べてより緊密なものとなる。このことが、「小説家になろう」で「異世界モノ」のジャンルが大きく広がった、ひとつの要因だと言える。

小説のジャンルはかつて、ミステリ、SF、ファンタジーなど、内容的な様式性によって作られるものとされていた。しかし現在では、小説ジャンルを読者が似たような内容を持つ小説を読んだり、書いたりする共同体を作り上げ、コンテンツを通じてコミュニケーションをとる媒介として捉える考え方がある。その意味で「なろう系」小説は、非常に現代的な「ジャンル」として形成されているのである。

多様化する「異世界」と戦略的執筆

「なろう系」に目を戻せば、これらの作品が、必ずしもパターン化された設定や物語を再生産し、消費しているだけではない点も指摘しておく必要がある。

たとえば、「異世界」を舞台とした「小説家になろう」投稿作品でも、「異世界」におけるミステリに正面から取り組んだ片里鴎『異世界の名探偵』(旧題:『ファンタジーにおける名探偵の必要性』)や、世界観の描写にこだわりを見せるミノ『終焉世界』のように、マンガ、アニメ文化とは異なる文脈を含んだ作品へも広がりが生まれている。

「小説家になろう」に「異世界モノ」作品が投稿されるようになったのは、もともと、RPGの「魔王」を主人公とした『オーバーロード』の丸山くがね、『幼女戦記』のカルロ・ゼン、「なろう系」の広がりにおいて大きな役割を果たしたと考えられる『ソードアート・オンライン』『アクセルワールド』の川原礫など、「小説家になろう」の前に多くのユーザーを獲得していた小説投稿サイト「Arcadia」で活動していた作家が、ゲームを題材にした小説を多く発表していたことと無関係ではない。したがって、これはある意味で必然的な流れであろう。

また、小説の書き手の側で、むしろ積極的に「なろう系」の持っているパターンを利用している層が少なからずいることも重要である。これは、商業ベースでの書籍化されることを目指す意図が背景にある。

現在「小説家になろう」は、「ヒーロー文庫」、「MFブックス」といった「なろう系」小説を中心に刊行しているレーベル以外でも、既存のライトノベルの編集部で、サイトに投稿された作品を巡回することが、編集者の業務となっている場合が少なくない。その結果、ランキング上位に入った作品は、数日のうちに書籍化の声がかかることになる。

したがって、書籍化を目指す書き手は、まずはどれだけ多くの読者に読まれるか、それによってランキングを上げられるかどうかが重要になってくる。このとき、それをもっとも効率よくそれを達成するため、もともと読者が多いジャンル、物語のパターンを選んで、それに当て込んで小説を書くことで、戦略的に書籍化が目指されているのである。

時代劇における江戸も「異世界」だ

小説をあるパターンにしたがって書くというのは、ある意味において理に適っている。

たとえばかつての時代劇は、主人公である武士、浪人が困っている町人に遭遇し、その悩みを聞いているうちに悪事を働いている人物が明らかになる。最後は、チャンバラなどを通してその悪を懲らしめるというパターンが確立していた。

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これらの作品は、元をたどれば、江戸時代の草双紙や実録体小説、さらには『太平記』『水滸伝』などにたどり着く。しかし映像としての時代劇は、直接的には、明治期から昭和初期にかけて流行した講談、浪花節の時代設定や物語、主人公の造形をそのまま踏襲している。そこで得た知識が、作品を読む前提となる〈教養〉として機能することで時代劇は初めて受容され、テレビの映像がそれを再生産することで、時代劇は維持されてきた。

また、たとえばそこで江戸の街が描かれるとき、その江戸は江戸時代に現実としてあった街ではない。創作され、理想化されたファンタジーとしての「江戸」だったである。つまり後世になって形作られ、パターン化された「異世界」だったわけだ。

現代においてそうした想像力の源泉を担っているのがゲーム的な世界観だと考えると、「異世界」ものは理解しやすい。すなわち、「なろう系」で共有される世界観や設定は、ゲームが現代の物語受容における〈教養〉として機能していることを示すものなのである。

また、特にエンタメ作品がより多くの読者を獲得するとき、「異世界」がファンタジーとして濃密な設定が作られているか、歴史的事実に沿った世界として作られているかは、多くの読者にとってあまり重要ではない。読者が求めるのは自分たちが想像する「江戸」「異世界」といったイメージに作品が合うかどうかであり、それが合致したときに初めて作品が受け入れられるようになる。

時代劇にしろ、「なろう系」にしろ、1つのパターンに則った設定、物語を受容することは、娯楽作品の読者にとっては大きな快楽となる。「すでに知っている」内容は読者にとって先の展開が読める安心感があり、ストレスなく物語を楽しむことができるからだ。そういった意味で、現代の「異世界」は、エンタメ作品にとっての王道とも言えるあり方を踏襲しているのである。

「なろう系」のこれから

ただ、こうした「異世界モノ」のあり方が、時代劇などかつての物語が「復活」したものとする見方や、「異世界モノ」の流行が現代のネットに特有な現象だとする見方、あるいは、かつての〈文学〉が持っていたような表現のあり方にとって変わって、「異世界モノ」が新しい文学として位置づけられるというような見方は、単純に過ぎるであろう。

「なろう系」や時代劇のようにパターン化されたエンタメ作品と、「文学」と呼ばれてきたような表現のあり方とは、明治期の後半以降の日本で、常に同時進行で生み出されてきた。しかし、新聞や雑誌などの活字メディアでは、「文学」を中心としたメインカルチャーを取り上げることが多く、エンタメ作品が語られることは少なかった。

それが、ネットという、いつでも、誰にでも触れることができるメディアの登場によって、より気軽に触れられるようになり、可視化されたと考えたほうが妥当である。この点は、90年代からゼロ年代にかけて起こったライトノベルの隆盛においても、同じことが言える。

一方で、「なろう系」の広がりは、単にかつてのエンタメ作品の作り方を踏襲しているだけでない。これまで述べてきたように、イチゼロ年代のネットにおけるコミュニティの形成や、そこでの創作のあり方と深く関わっているのであり、現代の文化について考えていくための様々な視点を与えてくれるのである。