広告代理店で働く橋本杏(24歳)は、同期の沢口敦史(24歳)に淡い恋心を抱いている。

しかし敦史は杏の学生時代からの親友・優香と付き合ってしまう

だが優香は既婚者・入江との関係を清算できておらず、そのことが敦史にバレ修羅場に。

一方、杏は同期の健一とデートに出かけるが、まったく身が入らない。さらにはその日の夜、敦史が家までやってきて、あろうことかキスされてしまい動揺。

杏は覚悟を決めて敦史を呼び出すが、彼は約束の場所に現れず優香とヨリを戻していた。

失意のどん底で、健一の告白を受け入れてしまう杏。

同じ頃、優香は、敦史の心に変化が起きていることに気がついた様子で…。




優香の企み


週末の『IVY PLACE』は相変わらず混んでいる。

優香から「杏とゆっくり会いたい」と誘われたが、午後はお互いに予定があり(私はヘアサロン、優香はネイル)、それなら久しぶりに代官山の『IVY PLACE』でブランチをしようということになった。

「聞いたよ、杏!健一さんと付き合うことにしたんでしょ?」

席に着くなり、優香は待ちきれないといった様子で私を覗き込む。驚いて目を丸くすると同時に、私は「ああ、このために呼び出したのか」と即座に理解した。

「え、どうして…」

ーどうして優香が知ってるの。

しかしその疑問をすべて言葉にする前に、優香は「健一さんが教えてくれたのよ」と、どこか得意げな表情を見せる。

「健一さんって真面目で優しそうだし、杏とお似合いだわ。良かったね、杏!」

まるで天使のような笑顔を浮かべ、祝福の言葉を口にする優香。

…昔の私なら、きっと彼女の言葉を額面通りに受け取っていたと思う。しかし今となっては、その清らかな笑顔の裏に、何か別の企みがあるように思えてならなかった。

そして実際、黙り込む私をよそに、優香はとんでもない提案を持ちかけたのだ。

「そうだ。今度の週末、皆でプチ旅行に行かない?ほら、うちの親の別荘が蓼科にあるでしょ。皆で泊まりに行って、バーベキューしたら楽しそうじゃない!」


4人でプチ旅行!?優香の提案を杏は拒否しようとするが…


−4人で旅行!?…そんなの、絶対に嫌。

彼女の突拍子もない提案を、当然、私は断ろうとした。

「あ、いや、でも4人では…」
「どうして?」

しかし優香は、私の拒絶を許さない。

彼女の顔面にさっきまで浮かんでいた天使の笑みは、もう跡形もなかった。有無を言わせぬ口調で、優香はさらに私に詰め寄る。

「4人だと、何が問題?」
「いや別に、問題ってわけじゃ…」

圧に押されて思わず流されてしまうと、優香は途端に、パッと花が咲くような笑顔を取り戻した。

「じゃあ決まりね。敦史は私が頼めば、絶対に行くって言うから。杏もちゃんと、健一さんを説得してね」

優香は自らの提案をそんな風に締めくくると、顔の前で両手を組み「すっごく楽しみ♡」と微笑んでみせるのだった。



−大丈夫。きっと健一が断ってくれる。

昼間は優香に気圧されてしまったものの、私は心の中でそんな風に思っていた。健一が「行かない」とさえ言ってくれれば、それを理由に断れば良い。

そもそも健一は、私が敦史に恋心を寄せていたことを知っているのだ。わざわざ4人でプチ旅行なんて、彼にとっても面白いものではないはず。

しかし健一の反応は、そんな私の目論見を完全に裏切るものだった。

「へぇ…優香ちゃんの両親の別荘か。蓼科とか久しぶりだし、いいね。皆で行こうよ」
「え…!?」

思いがけず賛成の言葉を発した健一に、私は思わず聞き返す。

「で、でも…4人で行かなくても…」

どうにか考え直してもらえないかと抵抗してみるも、健一はむしろ乗り気の様子。私の言葉など聞こえないらしく、浮かれた声を出すのだった。

「優香ちゃんの別荘とか、すごい立派そうじゃない?部屋とかいくつもあるんだろうなぁ。泊まらせてもらえるなんてありがたいじゃん」

そんなわけで結局、次の週末に私たちは4人で蓼科へ出かけることになったのだ。


バレてはいけない、秘密の会話


「ここが…優香の別荘」

「Googleでも出てこないから」と優香から送られた道案内を頼りにたどり着いたその場所は、別荘地の森の中を奥へ奥へと進んだ先に、突如現れた立派なログハウスだった。

「思った以上にデカイな」

健一も圧倒された様子で、私に目配せをする。

まったく気乗りしないまま、健一の借りたレンタカーでやってきた私。しかし高原の清々しい空気を吸い込むと、モヤモヤとした心も少しばかり晴れる気がした。

「どうぞ。入って、入って。私と敦史で、バーベキューの準備はもう大体しておいたから」

優香に促されて中に入ると、30畳はありそうなリビングが広がっていた。そしてその先は、見渡す限り緑が広がるテラスに続いている。

「すごい…」

ため息を零しながら足を進めていると、優香がキッチンから顔をのぞかせ、テラスの方へと声をかけた。

「あ、ねぇ敦史。杏と健一さんを寝室に案内してあげて。荷物があるだろうから」

テラスで火を起こしていた敦史が、優香の呼びかけに応じて部屋に戻ってくる。

久しぶりに見る、敦史の姿。思えば、私が敦史に会うのは、不意打ちでキスされたあの夜以来だった。

しかし敦史は私をちらりと一瞥し、「よぉ」と言っただけ。すぐに私の隣、健一へと視線を移すと、「荷物どれ?」などと言ってそそくさと寝室に向かってしまった。


ねじれた関係の4人が集まったバーベキュー。そして不意に、杏と敦史が二人きりになる瞬間が訪れる


「あれ?もう全部飲んじゃったのか」

広々としたテラスに、ふかふかのクッションが敷かれたガーデンチェア。

夕刻から始めたバーベキューは、夜の訪れとともにバータイムへと移行した。

Bluetoothオーディオから流れる洋楽、心地よい夜風も何もかもが気持ちよくて、気づけば私たちは、買ってきたワインを全て空にしてしまったようだ。

「しまった。足りなかったかぁ。でももう、買いに行けないしなぁ」

中身のないワインボトルを覗き込み、健一が残念そうに呟く。すると、少しばかり酔っているのだろうか、優香が上機嫌で声をあげた。

「じゃあ…うちのセラーにあるワイン、開けちゃう?」
「え、いいの!?」

健一も機嫌よく酔っ払っているのだろう。やったー!とはしゃいだ様子で優香の後に続くと、二人はセラーへと消えて行った。

優香と健一の姿がなくなると、あたりは急に静まりかえってしまった。

思い返せばバーベキューの時からずっと、優香と健一ばかりが話をしていたことに気づく。

私も、そして多分敦史も。ずっと居心地の悪さを隠しきれずにいたのだ。

夜風にそよぐ木の葉の音と、虫の音が妙に大きくはっきり聞こえる。そのとき不意に冷たい風が吹き、私は小さく身震いをした。

ノースリーブのワンピースに薄手のカーディガンを羽織ってはいたが、夜になるとそれでも少し肌寒い。

クシュン!

沈黙を破ったのは、私のした“くしゃみ”の音。静けさの中に響き渡って、私と敦史は思わず顔を見合わせた。

「俺は平気だから、これ着たら?」

敦史がふっと笑い、自らが着ているシャツを脱ぎながら、私に近づいてくる。

そっと、遠慮がちにかけられたシャツには、敦史の体温と匂いが残っていて、胸がキュッと締め付けられた。

身体中に広がる切なさを確かに感じながら、しかし私は必死でそれに気づかぬふりをする。

「…ありがとう」

しかし、そう言って後ろを振り返ったとき。思いがけず敦史の顔がすぐそばにあって、私は息を飲んだ。

一瞬、時が止まる。そうして私たちはそのまま数秒、見つめあった。




「…どうして、キスしたの?」

「それは…」

敦史がようやく口を開いた、その瞬間。私たちを包んでいた空気が、突如として凍りついた。

「何してるの?」

突き刺すような鋭い声に振り返ると、テラスの入り口で、優香がこちらをじっと見つめていたのだ。

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