撮影:稲澤 朝博

写真拡大

シリーズ累計100万部突破し、第8回〈大学読書人大賞〉を受賞、〈読書メーター〉読みたい本ランキング第1位に輝いた同名ベストセラーを映画化した新感覚の青春ファンタジー『いなくなれ、群青』(監督:柳明菜)が9月6日(金)から公開!

松岡広大の撮り下ろし写真をさらに見る

謎だらけの島が舞台の本作で、悲観的な主人公・七草を演じた横浜流星、物語の鍵を握る真辺由宇役の飯豊まりえのクラスメイトのひとり・佐々岡を演じ、観る者の心を揺さぶる狂おしい青春を体現した松岡広大。

不思議な世界観の中で展開するこの作品を彼はどう生きたのか? 撮影秘話を聞いた。

映画の舞台「階段島」は捨てられた人たちの島

映画の舞台「階段島」は捨てられた人たちの島。

2000人の住民はなぜ自分がこの島に来たのか分からないが、島を出るためには自分が失くしたものを見つけなければいけない。

そんな謎が多い島に突然やってきた高校生・七草(横浜流星)は再会した幼馴染みの真辺(飯豊まりえ)と島の謎を解き明かそうとし、彼らの仲間である佐々岡も想いを寄せる女性のために奔走するが……。

松岡広大はムードメーカーで明るい、佐々岡にどう臨んだのか? 柔らかな物腰と親しみやすい笑顔から浮かび上がるその素顔と信念とは?

ミュージカル『テニスの王子様』(13〜14)で注目され、劇団☆新感線『髑髏城の七人』Season月(17〜18)など舞台を中心に活躍してきた彼が映画の現場では何を感じ、つかんだのか?

――『いなくなれ、群青』はとても不思議な世界の物語ですけど、松岡さんは台本を最初に読んだときにどんな印象を持たれましたか?

僕は原作に目を通してから台本を読んだのですが、不思議な世界で生きている人物を演じるのだとしても、ただのファンタジーにしたら説得力がないし、どこかにリアリティを感じさせないと意味がないと思いました。

でも、そのファンタジーとリアリティとのバランスをとるのが難しくて。

しかも、僕達の話すセリフが耳にあまり馴染みのない口語体に近いものだったので、普段の日常会話とのズレを埋めるのがちょっと大変でした。

――実際にはどんな工夫をされたんですか?

どんなお芝居でもセリフに意味を持たせるように心がけているんですけど、それと同時に、今回は言い慣れている感じを意識して、例えば耳に入ってきやすいような音色を作ったりしながら、不自然にならないようにしました。

あと、これは私見ですけど、芝居でそこも埋められると思ったので、表情や目線などにもこだわりました。

――松岡さんが今作で演じられた佐々岡はとても“いい奴”だなと思ったんですけど、彼のキャラクターに関してはどんなことを考えて臨まれました?

佐々岡はすごく元気で、常にみんなの輪の中心にいるような人間ですけど、僕は原作や台本を読んだときに彼は元気なふりをしていると言うか、エネルギーを消費するために無理矢理元気になっているのかなという印象を少し持ったので、“陽”だけでは終わらせたくなかったんです。

それこそ、彼の“陰”と“陽”の両面を出せたらいいなと思ったし、どちらかと言うと、“陰”の部分が強くなるように演じたかったんです。

明るい人間がずっと明るくしているよりも、明るい人間が何かの瞬間に落ちて、陰の顔が見えた方が人間性が出ると思うんです。

そこは柳明菜監督とも話しましたけど、現場で監督から「何も考えなくていいよ」と言われたので、基本的には何も考えてなくて。

「何も考えないで、心の底から本当に出た言葉と相手の芝居を受けたものでやってみてください」と言われたのは初めてだったんですけど、その言葉を信じなかったら、たぶんこの作品はやれていないです。

僕はすぐ頭で考えてしまいますから。

――階段島で暮らしている人たちは、みんな何かを失くして、その島に来たわけですけど、佐々岡に関してはそこが明確に描かれてないですよね。

そうですね。この映画では描かれていないです。

ただ、原作にその答えがあるので、その答えをお客さんに感じてもらったり、“この人は何を失くしたんだろう?”と考えてもらいたくて。

そこは先ほどお話しした“陰”の芝居のときにより顕著に表れると思ったので、監督とも綿密に話しました。

――具体的にはどのあたりのお芝居ですか?

佐々岡が「魔女に会いに行く」と言って、階段を上りかけるシーンです。

――委員長の水谷(松本妃代)に止められるシーンですね。

はい、委員長に止められて、佐々岡が自分の気持ちをすべて玉砕されてしまうシーンです。

あそこは彼女が放った言葉によって、佐々岡がそれまでやってきたことが無になって、それが自己満足だったり、自分を肯定するためにやっていた行為に過ぎないという事実が決定的になるところ。

彼が何にこだわっているのかが分かるシーンでもあるので、そこが強く出るお芝居にしました。

僕自身は、明るい性格ではないですから(笑)。

――そういうシーンのお芝居は、演じている松岡さんも苦しいですか? それともその状況を考えながら芝居を作り上げることに楽しさを感じるのでしょうか?

芝居自体は楽しいです。ただ、佐々岡としてセリフを言ったり、ほかの人たちの芝居を受けるのは苦しかったです。

それこそ佐々岡のように何かを抑圧している人を演じるのは大変だし、あの階段のシーンは佐々岡が初めて人に対して怒りの感情を持つシーンでもあったのですが、そこは普段の明るい彼とのコントラストを出すのが難しかった。

僕自身は、佐々岡みたいに明るい性格ではないですから(笑)。

――そうなんですか?

そこが不自然にならないように演じたんですけど、そこで投げたり、受けたりする日本語はすごく美しいものの、刺さるものばかりで。

聞き慣れない言葉というのもポイントで、だからこそグサッとくるのかもしれない。

例えば七草(横浜流星)が真辺(飯豊まりえ)に言う、「君は正しいことの正しさを信じ過ぎている」というセリフも言ってもらわないと分からないものだし、「正しいことの正しさ」という言葉の重みも耳で聞いて考えないと実感が伴わないと思うんです。

そういう言葉も本作の中には点在していたので、演じているときは本当に苦しかったですね。

自分の弱いところや自分自身が嫌いなところを告白するのって、すごく苦しいこと

――豊川(中村里帆)にバイオリンの弦を届けようとしていた佐々岡が、真辺から「彼女が自分で切ってしまうほど追い詰められていた」という事実を聞かされ、そのことに気づけなかった自分を責めるシーンは、その最たるものだったような気がします。

あそこはいちばんリハーサルをしました。撮影に入る前に2日ぐらいリハーサルをしたんですけど、うまくいかなかったから、本当に悩んでいて。

分からないまま現場へ行ったんですけど、現場で佐々岡を演じていくうちに、彼の輪郭だけではなく、実像をとらえることができたんです。

何も考えずに、相手にセリフをちゃんと届けることだけを意識しながら、敢えて普段自分が喋っているように演じたら、すごく抑揚が出て、思ってもいなかった感情が湧き出てきて。

あのシーンの撮影で僕はクランクアップだったんですけど、あれは不思議な感覚でした。

――満面の笑顔だったのに、表情が……。

どんどん曇っていきました(笑)。

――その後の、「逃げるのは別に悪いことじゃない」と言って豊川を励ますところもいいシーンでした。

そうですよね。自分の弱いところや自分自身が嫌いなところを告白するのって、すごく苦しいことだと思うんです。相手に嫌われるかもしれないし。

でも、そういうネガティブな一面や逃げてしまったこともある自分の過去を曝け出した上で、佐々岡は「逃げたっていいんだよ。そんなときは誰だってあるし」と励まします。

しかも「君の音楽が僕の人生を変えてくれそうな気がする」ってもう一度別の言い方で励ますのですが、あのシーンも頭では何も考えてなかった。

それっぽいことを言いますけど(笑)、本当に心でお芝居をしたと言うか、佐々岡という役に連れていってもらった感覚に近いし、そういうことの連続だったので、この作品は全体的に言葉で何とも形容し難いんです。

――ちなみに、ロケ地はどこだったんですか?

それは秘密なんですけど、海も山もあって、港や川まであるすごくいいロケーションでした。日差しが強くて風が気持ちよかったので、もう最高でした。

横浜流星さんとのお芝居

――共演者の方々についてもお聞きしたいんですけど、七草を演じた横浜流星さんとのお芝居はいかがでした?

流星くんとは前にも映画で一度ご一緒しているんですけど、流星くんは何でも受け止めてくれるし、佐々岡と七草の関係性には普段の僕と流星くんの関係性を反映することができました。

――普段のおふたりの関係性も劇中の佐々岡と七草の関係に近いんですか?

近いと言うか…普段の僕たちもよく話しますし、お互いに聞き上手で話し上手でもある、すごくいい関係性なんです。

それに流星くんは物腰も芝居も柔らかいから、七草が流星くんで本当によかったと思います。

飯豊まりえさんは、嵐のような人でした(笑)。

――真辺役の飯豊まりえさんの印象は?

飯豊さんとは初めてでしたけど、嵐のような人でした(笑)。

――真辺役にピッタリですね。

まさに、そうなんです(笑)。現場の待ち時間でもとにかく元気で。

僕はどちらかと言うと他人の話に乗っかっていくタイプなんですけど、彼女はいつも話の中心にいて、ひとりだけスポットライトが当たっている感じなんです。

でも、カメラが回ると、その明るさとは違うエネルギーを使われるので、その切り替えはスゴいな〜と思って。

それに目がけっこう凛としていて鋭いので、目から情報がすごく伝わるんですよね。

そういうことを一緒にお芝居をしていても感じることができたし、学ばせていただきました。

――先ほどの、豊川に弦を届けに行こうとする佐々岡と真辺の一連も彼女の目につき動かれさて……。

そうですね。僕は自分からアクションを起こすというより、みんなにだいたい助けてもらっていました。

それこそ、委員長の水谷を演じた松本妃代さんは一緒にお芝居をするシーンが多かったし……本当にみんなに助けられました。

松岡さんがある日突然「階段島」にいたら?

――ここから少し捻った質問です。松岡さんがある日突然「階段島」にいて、島から出られなくなったら運命に従うか、運命に抗って何とかそこから出ようとするか、どちらのタイプですか?

登場人物が「何の不自由もない」と言っていますし、真辺も「パンが美味しい」と言っているように階段島のよさもあると思うので、1回住んでみたいです。

ことを起こすのは、そういうことを経験しながら何ヶ月か経過した後じゃないですかね。

要はメールを受け取ることはできるけれど、自分から送ることができないとか、島の外に出ようと思っても出ることができないといった不条理にどこまで耐えられるのか? の問題で。

例えば、海外に行きたいと思ってもこの島の住人は行けないから、いまの僕とは価値観がまったく違ってくると思うんです。

――でも、不条理なことには抗おうとします?

抗います。抗うと言うか、自分の信念は曲げたくないので、そこは守ります。ただ、真辺みたいな戦い方はしないです。

――それではどんな戦い方をするんですか?

真辺は真っ向からぶつかりますよね? 自分の見解をみんなに言って、同調を求めて巻き込んでいきますが、あれは敵を作ると思います(笑)。

それに自分の気持ちをみんなに押しつけるだけではダメだと思うので、僕はもう少しクレバーに、島のルールに納得しているようなふりをして、裏で動き、知らないうちにいなくなっているような方法をとります。

そういう戦い方がいちばんいいのかなと(笑)。

松岡さんが嫌いだけれど失いたくないと思う自分の性格は?

――映画に因んだ質問をもうひとつ。階段島の住人は何かを失くした人たちばかりですが、松岡さんが嫌いだけれど失いたくないと思う自分の性格は?

基本的に僕、臆病です、完成披露の舞台挨拶の前も吐きそうだったし(笑)、映画の撮影も舞台の仕事もすべて本当に怖いです。

何が起こるか分からないし、もしそうなったらどうしよう?と思ってしまう。

そんな感じで、先のこともいまのことも心配になるし、気にしいで心配性という厄介なものをふたつも抱えてしまっています。

たぶん、人様の前に立つ仕事なので、見られたり、発言することに対して極端に臆病になっているような気がします。

まあ、臆病というのは慎重さとイコールなので、メリットもあると思うけれど、行動力や自分の個性を出すという点においてはこのままでいいのかな? というジレンマもたまに感じます。

この社会で自分らしく生きていくためには、絶対にそこは必要ですから。

リラックスできるのはどんなとき?

――そんな松岡さんが、リラックスできるのはどんなときですか? 佐々岡の場合はずっと音楽を聴いているので、音楽で癒されていると思うんですけど。

僕は本を読んでいるときか踊っているときです。

小さいときからダンスをやっているので、踊っているときは本当に無心で、気づいたら2、3時間経っていたりもするし、疲れ知らずなんです。

本も新刊を家で読み始めて、読み終えたときの鳥の声で朝になっていることに気づいたことがあって。

それぐらい没頭してしまいます。その時間は現実から離れられるし、イヤなことも全部忘れられるので、好きなんですよね。

今後も二刀流でやっていきたい

――これからのビジョンも聞かせてください。

映画やドラマなど映像の仕事もこれからはもっと挑戦していきたいし、やるからには、日本アカデミー賞などの賞が取れるような役者になりたいです。

ただ、舞台にも映像の仕事とはまた違った楽しさや魅力もあるので、今後も二刀流でやっていきたくて。

両者で自分の芝居の幅と感性をもっと広げていけたらいいなと思っています。

――アクション映画にも挑戦したいんじゃないですか?

芝居ができて動けるというのがやっぱりいちばんの理想ですよね。そのふたつをもっと求められるようになりたいです。

――ちなみに、松岡さんが好きな映画は?

僕、エドワード・ノートンが大好きなんです。『真実の行方』(96)というリチャード・ギアが主演した映画のエドワード・ノートンは最高でした。

二重人格の役なんですけど、人格が変わる瞬間の芝居が素晴らしくて、本当に感銘を受けました。

――松岡さんのそういうお芝居も見てみたいですね。

そうですね(笑)。いつか、そういうお芝居もやってみたいです。

映像作品への出演はまだまだ少ない松岡だが、圧倒的な身体能力と自分の演技プランをしたたかに実行する彼は本人もまだ気づいていないスキルを内に秘めているに違いない。

それこそ、今年の横浜流星がそうだったように、1年後には遥か上のフィールドで大活躍している可能性だってある。だから、いまのうちだ。

『いなくなれ、群青』の瑞々しい感性がほとばしる松岡広大を目に焼きつけておいた方がいいだろう。