『人間失格 太宰治と3人の女たち』の小栗旬と蜷川実花監督/撮影/黒羽政士

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どこまでもクズだが、はかなくも美しい男、太宰治をいろいろな角度から描く『人間失格 太宰治と3人の女たち』(9月13日公開)。蜷川実花監督が構想に7年を費やしただけあり、その構成は秀逸で、小栗旬が演じた太宰の魅力にめいいっぱい酔いしれた。本作では、太宰が死の直前に完成させた傑作小説「人間失格」の誕生秘話が、男、夫、父親としても“失格”のダメ男、太宰の破天荒な人生を通して描かれていく。

主人公、太宰治役の小栗旬/撮影/黒羽政士

蜷川監督は、太宰役について「小栗くんじゃなかったら無理だった」と言い切るが、小栗は最初にオファーを受けた時、引き受けるかどうか少し迷ったそうだ。2人を直撃し、本作の制作秘話をうかがった。

天才作家と謳われながらも、恋多き男として名を馳せ、何度も自殺未遂を繰り返すというスキャンダルまみれの太宰役を、退廃的かつ情欲的に演じ切った小栗。そんな太宰の正妻、津島美知子役に宮沢りえ、作家志望の愛人で弟子の太田静子役に沢尻エリカ、同じく愛人で太宰にとって最後の女となる山崎富栄役に二階堂ふみと、まさに相手にとって不足なしという最強の女優陣が顔を揃えた。

■ 「太宰役を表現できるのは、小栗くんしかいなかった」(蜷川監督)

太宰役のキャスティング理由について蜷川監督は「まず、太宰治は当時のスターで、トップを走っている人にしか見えない景色を見ていたはず。そして、私生活ではとことんダメで嫌な男なのに、皆が魅了されてしまう。その2点を、ちゃんと肉体を通して表現できる人は?と考えた時、小栗くんしかいなかった。小栗くんなら、女性にも人気があるし、人間性も含めて実にチャーミングなので、演技だけではどうにもできない説得力が出ると思いました」と語った。

小栗は「実花さんからは、かなり早い段階で本作の話をいただいていましたが、実在した人物を演じる、しかも太宰治は近代の人なので、悩む部分がありました」とオファーを受けるか躊躇した理由を述べた。「でも、脚本のほぼ決定稿を読ませてもらったら、ものすごくおもしろくて。よくこんな風にまとめられたなあと感心しました。役者としてこれは絶対にやるべきだと思いつつ、やるのは大変だよなと迷ったのが正直なところです」。

そして、小栗は出演を決意し、研ぎ澄まされた太宰像を作り上げていった。蜷川監督が「小栗くんから『痩せたほうがいいですよね?』と聞かれたので『はい』と答えました。具体的に何kg痩せてほしいとは言わなかったのですが、彼はストイックだから、どんどん痩せていきました」と言うと、小栗は「最終的に63kgぐらいまで落としましたね。でも、それがどのくらい観客に伝わるのかな?と思いました」と不安も感じていたとか。

蜷川監督が「最後はあまりにもガリガリになっていたので心配もしました」と言うとおり、本作後半のやつれ具合は痛ましいが、その俳優魂はしっかりとスクリーンに映しだされている。

■ 「男の人は、絶対に女の人には勝てない」(小栗)

そんな小栗の熱演に呼応するように、女優陣も三者三様に妻や愛人たちになりきり、太宰の心を大いに揺さぶっていく。特に、印象的なのがそれぞれのラブシーンで、蜷川監督は、美しさよりも生々しいリアルさを追求した。情熱的な欲望をむき出しにさせたり、愛のない惰性の関係を描いたり、あられもない表情を引きだしたりと、バリエーションも豊かだ。

小栗によると「監督はラブシーンに関しては、特に熱が入ってました」とのこと。「監督から『この瞬間に、こういう感じで相手をエロく触ってほしい』とか、具体的に指示されました。僕が演じる前に、監督が女優さんに対して僕の動きを自分でやって見せてくれたので、すごくやりやすかったです」。

蜷川監督は、時に太宰が見せる身も蓋もない表情がとても良かったと言う。「例えば、ラブシーンで小栗くんが上に乗っている時の(宮沢)りえちゃんの表情などは、女性として『わかるわかる』と共感するし、ふみちゃんが上に乗ってから、下に下がっていく時の小栗くんが見せる顔などもすごくおもしろい。私は時代が変わっても、男女の関係や、人を想う気持ちは変わらないと思っているから、細かい仕草の積み重ねによって、観客が本作をまるで自分たちの物語のように捉えられるよう、いまと地続きな感じを出したかったんです」。

小栗は、今回相手役を務めた3人について「三者三様に、すごいと感じる瞬間がいくつもありました」と手応えを口にする。「太宰的に敵わないという意味で言えば、やはり正妻の美知子さんだと思いますが、宮沢さんとのシーンでは、いつもいいものを吸収させていただいていると思いながらやらせてもらいましたし、(二階堂)ふみちゃんはすごく太宰に対しての愛情を持って一緒にいてくれたので、とてもありがたかったです。沢尻さんは『本当に楽しかった!』と笑顔で撮影を終えられたので、良かったと思っています」。

また、小栗は「とにかく女性はたくましい」と、女性の強さを再確認したそうだ。「根本的に男の人より強いし、自立しています。身の周りにいる子どもたちを見ていると、圧倒的に男のほうができないことが多くて、『男ってバカだな』と思います(苦笑)。子どもの時からそうなので、男女の関係になっても、それがずっと続いていくわけです。だから男の人は、絶対に女の人には勝てないと思います」。

■ 「小栗くんは本当に昭和のスターみたい」(蜷川監督)

また、本作の映像美を語るうえでキーマンとなるのが、『万引き家族』(18)の撮影監督を務めた近藤龍人によるカメラワークだ。本作では様々な花々や雪などを効果的に使い、耽美的な蜷川実花の世界観を映しだした。蜷川監督は「スタッフやキャストは、この人とやりたいと思った人としか組んでいません」とキッパリ言う。「近藤さんのことは圧倒的に信じているし、これまでの私の作品なども観て、現場に入ってくださったので、カメラワークはほぼお任せした感じです。実際、上がって来た画には120%満足しています」。

例えば予告編にもある、倒れた太宰の上に白い花が散っていくシーンは、まさに芸術の域に入った画で、思わず陶酔させられる。しかし、小栗が明かした撮影の舞台裏が実に興味深かった。

「あれはスタッフ総動員で、みんなが上から花を投げるという、すごく原始的なカットでした。映画って本当におもしろいし、不思議ですよね。僕は、きっとすばらしいカットになるんだろうなと思いつつ、現場ではただ下からその光景を見ていただけでした」とおちゃめに笑う。

この名シーンを含め、本作には小栗旬の狂気や色気がダダ漏れしているシーンが多々ある。それをなし得たのは、父の蜷川幸雄氏時代から長きにわたり、信頼関係を築いてきた蜷川実花監督とのタッグ作という点も大きかったのかもしれない。小栗は、蜷川実花監督作『さくらん』(07)や『Diner ダイナー』(19)にも出演してきたし、写真家、蜷川実花の被写体にもなってきた。

蜷川監督は、小栗との出会いからこれまでをこう振り返った。「小栗くんとは、コンスタントに撮影で会ったり、父の芝居やメディアでずっと見てきましたが、彼は全く印象が変わらないです。ただ、小栗くんがものすごい勢いでスターダムへと駆け上がるところを、たまたま近くで見れたことは、すごくおもしろかった。そして大人になってから、こうして一緒に仕事ができること自体が、すごく感慨深いです」。

小栗も、蜷川監督について「初めて出会ったのがいつだったか覚えていませんが、僕は節目節目で、実花さんに写真を撮ってもらっています。それで、実花さんがカメラマンとしてどんどんすごい人になっていっていることも感じていました。ただ、僕も今回改めて印象が変わったと感じたことはほとんどなかったです」と言う。

さらに小栗は、蜷川実花監督と恩師である蜷川幸雄氏との共通点をこう挙げる。「実花さんは、場を作ることが得意な方。基本は僕らがその場に入り、そこで生まれたものを実花さんが撮っていく感じです。それは写真を撮ってもらう時とスタンスは変わらないけど、それこそ“蜷川イズム”というか、お2人の共通している点だと思います。蜷川(幸雄)さんも『場は作ったから、あとはお前たちでなんとかしろ』という感じでした」。蜷川監督も「(藤原)竜也もそう言ってました」とうなずく。

また、蜷川監督は小栗について「死ぬほどカッコいい男だ」と賛辞を贈る。「皆、小栗くんのことが大好き。女性だけではなく、現場の若い役者の崇拝の仕方は異常です。スタッフからの評判もすごくいいし、男としてカッコいいだけではなく、人としての包容力や人間力がある。座長としての佇まいもすばらしいから、私も含めて皆が助けてもらいました。本当に昭和のスターみたい」。

褒めちぎられた小栗は「ありがたいです」とただただ恐縮する。本作ですばらしいコラボレーションを見せた小栗旬と蜷川実花監督。2人にとって『人間失格 太宰治と3人の女たち』は、きっと代表作の1本になるだろう。(Movie Walker・取材・文/山崎 伸子)