蜷川実花監督と小栗旬

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 「太宰治本人の物語を作りたい」と7年の歳月をかけてオリジナル脚本で挑んだ蜷川実花監督。そして「この役を出来るのはこの人しかいない」という監督の熱いラブコールに、一度は悩みながらも「ワクワクした」と完璧なハマり役として太宰治を演じた小栗旬。日本人なら誰もが知る文豪・太宰の代表作にして遺作となった「人間失格」は自伝的な作品と言われているが、実は本人の人生のほうがよりドラマチックだった!? という着眼点から生まれた映画「人間失格 太宰治と3人の女たち」を、蜷川実花監督と小栗旬が語る。(取材・文/新谷里映、写真/間庭裕基)

 蜷川監督と小栗旬、実はガッツリとタッグを組むのは今回が初となる。企画開発中の比較的早い段階で、蜷川監督の脳裏には“太宰治=小栗旬”という構図が自然と浮かび、気づけば「小栗くん以外思いつかなくて、小栗くんじゃなきゃ無理だなって、断られたらどうしようって思いながら脚本を開発していました」と振り返る。なぜ、小栗だったのか──。

 「見た目や影の落ち方とかで言えば、小栗くんじゃない人にお願いしてもおかしくない役だと思いますが、太宰治って、絶大な人気を誇るスター作家でありながら、文壇からは正当に評価されなかった人。スター=トップを走っている人にしか見えない景色があるはずだと思っていて……、これまで写真家として節目節目で小栗くんを撮影してきたこともありますが、彼がもの凄い勢いでトップへと駆け上がっていく姿を映像や父の芝居で見ていて。そういう意味でも、これはもう小栗くんしかいないと思ったんです」

 実際、撮影現場で小栗の圧倒的な魅力を感じたと明かす。

 「男として格好いいのは周知のことですが、人としての包容力やリーダーシップ、座長としてそこにいる佇まいに、私も含めてみんなが助けてもらいました。女性はもちろん、現場で若い役者たちが小栗旬を崇拝する、その仕方が尋常じゃないというか。スタッフからの評判もいいし、とにかく人間力が素晴らしかった。まるで昭和のスターみたいで、これはみんな夢中になるわ! って思いましたね。圧倒的な存在感でした」

 蜷川監督の言葉に「ありがたいですね」と照れながらも、太宰治を演じることは役者として「楽しい半分、しんどい半分でした」という言葉を選ぶ。一筋縄では行かない役だった。

 「実在した人物ですし、しかも近代なので(情死してから71年)、役者としてはすごく悩む部分ではあるんです。でも、実花さんからほぼほぼ決定稿の脚本を読ませてもらったら、もの凄く面白くて。これは迷わずやるべきだと思いつつも、演じるのは大変だよなあというのが正直な気持ちで……」

 最終的に小栗の心を動かしたのは、蜷川監督が7年かけて作り上げた脚本の面白さだった。

 「自分を通してこの文豪を(映画のなかに)産み出すことが出来るのだろうか、自分がこの人生を生きることは出来るのだろうかと悩みましたが、こんな面白い脚本に出ない役者ってどうなんだって思いましたし、どうしてこの内容がこんなにもエンタテインメントになるんだろうって、本当に面白い脚本でワクワクしたんです。ダメなんだけど嫌いになれないキャラクターがそこにいて、その人の生きた時間を想像しながら読んでいくと、よくこんなふうにまとめたなあって感心してしまった。ほんと、めちゃくちゃ(な人生)ですけどね」

 「めちゃくちゃ」という言葉には愛情が込められている。演じる前と後、太宰治に対する印象はどう変わったのだろうか。

 「実は、演じる前までは太宰治に対するイメージをそもそも持っていなくて、でも共感できることはたくさんありました。世間一般的には、自殺未遂を繰り返した文豪というイメージですよね、きっと。けれど実際は、死のうとしているけれど、生きることに執着していた人だった。その描き方がすごく面白いと思った」。蜷川監督も付言する。「今よりも死が近い時代で、“生きる”を書こうとした人であることは調べて分かったことです。トラブルを起こしたいわけではなく、欲望のままに生きたらトラブルが起きてしまう人で、そのことに無関心でいられたらいいけれど、感じてしまうから余計にややこしくなる、自分の書くことすら狭めてしまう……、そんな人間らしいところも太宰治の魅力です」

 その“トラブル”というのは言うまでもない、太宰を取り巻く女性たちとの恋愛だ。身重の妻と子どもがいながらも恋の噂が絶えず、多くの女性と愛し合い、自殺未遂を繰り返す。この映画では、「ヴィヨンの妻」のモデルとされる正妻・美知子、太宰の愛人にして弟子、「斜陽」のモデルとされる静子、愛人で最後の女・富栄――。太宰と関わる3人の女たちの側から太宰の人生を描いているのだが、それこそが蜷川監督独自のアプローチ。3人の鍵となる女性を宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみという豪華女優陣が演じている。

 太宰がダメであるほど女性がたくましく輝いて見える、その対比も面白く、クスクス笑えるようなコメディ要素があるのもこの映画の魅力だ。しかしながら、もともと重いテーマをいかにしてエンタテインメントにするのかが、蜷川監督にとって「さくらん」「ヘルタースケルター」「Diner ダイナー」に続く4本目の課題となった。大切にしたのは「今を生きる私たちから見ても共感できること」を物語に忍ばせること。

 「たとえば、太宰と静子が朝いちゃいちゃするシーンは、こちらが見ていられないほどのいちゃいちゃですが(笑)、誰の人生にも一度はああいう調子のいい時はあると思うんですよね。ほかにもラブシーンで言うと、太宰が乗っかっている時の美知子さんの冷めた顔とか、富栄が自分で下着を脱いでまた履くシーンとか、男女の人を想う気持ちって時代が変わっても変わることはなくて、今を生きる私たちと地続きだと思うんです。映画では極端なキャラクターになっていますが、誰にも思い当たるような感情を細かく作っています。見る人にとっての自分たちの物語になっていったらいいですね」

 俳優として3人の女優たちと、太宰として3人の女性たちと向きあった小栗はどんな感情を受け取ったのか。それを「敵わない」という言葉で表現する。

 「演じながら三者三様にすごい瞬間はたくさんありました。ただ、敵わないという意味では、太宰にとって(正妻の)美知子さんにはひとつも敵わないので、宮沢りえさんからもいいものをいただいているなあと感じていました。富栄役の(二階堂)ふみちゃんは愛情をもって修治さん(太宰治の本名)と居てくれたし、静子役の沢尻エリカさんは撮影後、ほんとに楽しかったー! と言って現場から帰っていったので、楽しんでもらえたというのは嬉しかった。そして何よりも、出来上がった映画を見て感じたのは、太宰のいないところでの女性陣の強さでした」

 小栗が圧倒されたという「女性の強さ」は、蜷川監督がこだわったひとつだ。3人の女たちが太宰と居るときとそれ以外のときと、あまりにキャラが変わることに対して演出部(スタッフ)から「そんなにキャラを変えていいんですか? って聞かれたりもしましたが、いやいや、好きじゃない男の前では女性は多かれ少なかれこうだからって(笑)」。そのギャップも楽しんでほしいと言う。そんなふうに蜷川監督の演出が、感情を丁寧にリアルに紡ぐものだったからこそ太宰治がたまらなく魅力的に映るのだろう。

 こんなにも人を愛することに全力な男と女の生きざまを羨ましいとさえ思ってしまう──「人間失格 太宰治と3人の女たち」は、愛と生を真正面から描いたエンタテインメントだ。