7月19日、放火されて全焼した京都アニメーション第一スタジオ(写真:ロイター/アフロ)


 京都アニメーション放火殺人事件が発生してからほぼ50日が経過しています。この時点でも、容疑者として身柄が確保されている人物に逮捕状は執行されていません。

 相次ぐ皮膚移植などが奏功して危篤の状態は脱しつつあり、呼びかけや簡単な質問にうなずくその他の反応を示すようになったといった報道がありますが、いまだ収監や取り調べに堪える体力は回復していないようです。

 放火を実行したと思われる人物自身も、7週間以上も生死の間を彷徨う重症を負っていることが、逮捕状の執行という報道がないことで知られます。

 これと同じようなことが、犠牲者の「実名公表」そして「実名報道」に関する話題についても考えられます。

 何でもかんでも報じればよいというものではないし、また、ただ単に個人名を連ねるだけでは分からないことがあります。

 前々回の連載でデータAとデータBとしてまとめた図を再掲します。

 Aは男性の、Bは女性の、教アニ事件の犠牲者を、年齢別にプロットしたものであることは、すでにお話しました。

 この2つのデータを重ね合わせれば、全犠牲者の年齢分布が示されることになります。

 上の図で、青系統の色で示されているのが女性=データB、オレンジ系統の色で示されているのが男性=データAに由来します。

 このようにしてみると、顕著に分かることがいくつかあります。

 まず、主として20代の若手は、男性も女性も混在して、間を置かず犠牲者が分布していること。

 これが30代以上になると、分布がまばらとなり、空白の年代層があること。また、大まかに言って30代以上では、青で示されたデータと、オレンジのデータが重なり合わず、分布が別れていることが分かります。

 これらは何を意味しているのでしょうか?

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全滅した2階以上の作画スペース

 改めて、事件を振り返ってみましょう。

 犯人は、3階建ての「第一スタジオ」1階の入り口付近にガソリン数リットルを撒き、それに点火しました。

 入口近くにあった吹き抜けのらせん階段が煙突同様、空気の通り道となって、摂氏100度前後と思われる高温の黒煙が立ち上ったと考えられます。

 このため、2階以上のスペースにいた人は、ごく一部、二階の窓から地面に飛び降りて脱出した人などを除き、ほぼすべての人が火の手を逃れることができませんでした。

 また、犯行のあった日にはテレビの取材が予定されており、第一スタジオにはほぼすべての社員が出勤して、フル・スタッフの状態に近かったらしい。

 ここから分かることは、先ほど示したA+Bのグラフが、一部の脱出者を除いて「京都アニメーション第一スタジオ」という組織そのものの人員構成の概要を、ほぼ示している可能性を示唆しています。

 そのような観点から、A+Bのデータを見直してみます。

21歳 女性1人
22歳 女性3人
23歳      男性1人
24歳 女性1人
25歳 女性1人 男性1人
26歳 女性1人
27歳 女性1人 男性2人
28歳 女性1人 男性1人
29歳 女性2人
30歳 女性2人
31歳 女性1人 男性2人
32歳      男性1人
33歳
34歳      男性2人
35歳 女性1人

 これはほかならず、過去10数年にわたる、京都アニメーションの新卒採用履歴を含む雇用の中長期計画を示しているのではないか?

 もっと言えば、20年、30年越しの人材育成を含めた、中長期的な会社そのものの成長計画をも示すものになっているのではないか?

 アニメ―ターの就労環境が苛烈であるのは世に知られた事実です。

 そんな中で、京都アニメーションは世に知られたホワイト企業で、雇用条件が良好であること、中長期的な人材育成に十全の配慮がなされていることが知られています。

 これはまた、採用にあたっても人事考査を入念に行い、若い人を一人ひとり大切に採用し、先輩から後輩へ、また後輩からさらに後輩へと、クリエイティブとしてのノウハウからモノを作る企業としての生存戦略、経営まで、大切に伝えていく、いわば

「ファミリートゥリー」、つまり「系統樹形図」になっているのではないか?

 1年と間を開けず、21歳から32歳まで、毎年新人がバランスよく採用され、一人ひとり大切に育てられている。

 それが30代半ばとなると人数が減り、中間管理職に相当するのでしょうか、指導的な役割を果たせる人材が、世代と性別を分けて分布しているさまが見て取れます。

 34歳以上の年配に関しては、2〜3歳のギャップも挟みながら、男性と女性が重なることなく、49歳の女性2人まで続いている。

 そして10年以上のギャップを置いて、61歳の男性が1人、犠牲になっています。

 この男性が、同社の役員であるとともに、長年、京都アニメーション1社と言わず、日本のアニメーション業界全体に多大な貢献があり、かつ人材育成に貢献してきたクリエーターであり、この才能を埋め合わせることは困難であろうと考えられていることは、すでに報じられてもいるかと思います。

 もちろん、京都アニメーションのスタジオ、ならびにグループ会社にはほかにもアニメ―ターは在籍しているはずで、シフトを組んでこの大きな損失を埋め合わせるべく、全力で取り組むことでしょう。

 しかし、ここで失われたのは、単に個々の人材、人命というだけでなく、こうした人材の層、もっと言うなら、それを育ててきた30年来の蓄積全体が、まるごと失われてしまったことを、クリエーションの観点から指摘しなければなりません。

 仮にモデル的に49歳の女性クリエーターのキャリアを考えてみましょう。もし、この業界に20歳で飛び込んだとすれば、29年の大ベテランということになります。

 その29年前、61歳のトップ指導者は32歳の若者だったはずです。

 仮に全員がその時期から一緒に仕事してきたと考えるなら、30代前半の青雲の志を持つ、自身も優れたクリエーターであり、かつ後進を育てることに天性をもった才能が、20歳そこそこの若者を丁寧に指導する構図が見えてくるでしょう。

 これは、仮に大学で考えるなら、助手〜新任の助教授クラスの青年が、学部学生たちを教えることに似ています。

 大学で新しい研究室が3年、5年、10年と歴史を積めば、OB、OGも人材の層が厚くなります。一部はラボの外に出て、別の企業や研究機関で活躍すべく、巣立って行くでしょう。

 20年が経過すれば、31歳の助教授も51歳、中堅の教授となり、初期のOB、OGも40歳を回って、自らも助教授などとして、より若い世代を指導する立場になっている。

 さらに10年が経過すれば、51歳の中堅教授は61歳の教室主任、学部長あるいは副学長といった大学首脳となり、初期のOB、OGは50前後、脂の乗った中堅教授職となり、その教え子が40前後の准教授、その教え子が30前後の助教、その下に20代の青年たち、未来の旗手たる卵たちが居並ぶ、一つの研究室グループができているはずです。

 それと同じものが、一つの「スタジオ」、大学で言うなら70人態勢の「研究所」を構成していた。

 その大半がまるごと、失われた。そのように見ることができます。

人材を根こそぎにすれば、滅ぶ

 こんなふうに私がこのA+Bのデータを読むのには、個人的な背景があります。

 私は1999年に東京大学に招聘されて助教授として着任しましたが、その人事の大きな背景の一つは、人材を育成することが期待されてのことであったと思います。

 面倒見というのは、努力でフォローできることですから、私は学生指導に時間と手数はいっさい惜しみません。

 これはご存知の方は誰もがご存知のとおりで、背景として親が教師、家が教室だったことが起因していると思います。

 しかし2001年、学内のアカデミック・ハラスメントによって、研究室にいた2期5人の学生をすべて引き剥がされました。

 理由は明確です。私が偶々知ってしまったいくつかの不祥事のもみ消しと、黒いものを白というような上の言うことを聞かない私が、優秀な学生を集めて勢力になることを恐れた人々が、研究室の勢力を奪うために、ラボを根こそぎにするのが有効と判断したからだったと思います。

 まだ生きている関係者もいますので、全員鬼籍に入るのを待ってこれらにも触れることがあろうかと思いますが、いまは触れません。。

 冤罪を着せられ、学生を引き剥がされた経緯については、上野千鶴子さんなどがよくご存じです。

 こうした謀議の中核には新左翼出身の元活動家がおり、こうした所業はスターリン政権下のソ連がポーランドという国の未来を根こそぎにした「カチンの森の虐殺」と同様の根こそぎの発想があったと、今振り返れば分かりますが、当時35歳の私には理解できませんでした。

 それから14年、私は新規の学生指導ができない異常な状態に置かれ、本当に正常化したのは2018年、つまり昨年のこと過ぎません。

 すでに私は50代に達していました。もし1期から大切に育てた人材が層をなしていたなら、この20数年、少なく見積もっても50人からの、私のラボラトリーのOB、OGの人材層ができていたはずでした。

 何もありません。

 定年いっぱい最後まで東大に在籍するとすれば、私には10年ほどの時間が残されています。この間、修士、博士などとして育てる可能性がある若者を、一人ひとり非常に注意して考査、採用のうえ、慎重に慎重を重ねて育てるべく、細心の注意をいま現在も払っています。

 それと同様の「すべて」の命が奪われ、作り上げられてきたものが焼き尽くされた事件として私の目に「京都アニメーション放火殺人事件」は映ります。

 そういう観点から、改めてデータA+Bを見るとき、過去30年(以上)に及ぶ、人の思いと一貫した努力、人材育成とその証として生み出されてきた作品、そうしたすべてを一挙に灰燼に帰した、この犯罪の底知れない罪深さを、改めて思わないわけにはいかないのです。

筆者:伊東 乾