小栗旬がトップスター作家・太宰治を退廃的に演じる映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』は、太宰の世界的ベストセラー「人間失格」の誕生秘話を、<太宰治と3人の女たち>を軸に描く蜷川実花監督の野心作だ。映画は時に太宰視点になり、時に女たちの視点になり、さまざまな表情とともに物語を見事に紡いでいく。監督自身、これまでとは異なる手応えを感じたという本作について話を聞く。

ーーこれまでの監督作品ともまた印象が異なる新機軸と言えそうですが、ご自身での手応えはいかがでしょうか?

蜷川監督 実はすごいの撮れちゃったかも!?って思っています。これまで、写真を撮ればあんなの写真じゃない、映画を撮れば映画じゃないと言われ続けてきたのですが、今回は、ちょっといい映画が撮れちゃったかも、と手応えはすごくありました。

ーーこれまでの蜷川カラー全開ではなく、計算された照明などチャレンジも感じました。

蜷川監督 どうしてこう奇跡的な出来事が起こるの?という展開も含め、天才的なキャストやスタッフが揃い、流れるように素晴らしいものができていく瞬間を、何度となく体感しました。人生に何度もないようないい経験ができたと思います。

ーー小栗さんを筆頭に、皆さんお芝居が飛び抜けて素晴らしいですよね。どういう演出をされたのでしょうか?

蜷川監督 本当にそうですよね。私は動きを決める程度で、すごく直したという記憶はないですね。シチュエーションを作って気持ちを説明して「それではお願いします」という流れが多かったと思います。「こういう表情をしてください」「こういうイメージです」という話はしなかったです。

ーーそもそも、太宰治のどこに惹かれたのでしょうか?

蜷川監督 太宰にはすごく華やかでスター性があるけれども、どこか“太宰治”を自分自身で演じているような部分があり、わかってもらえないしんどさがある。太宰が抱えている文壇に正当に評価されきれないもどかしさは、全然規模は違いますが、少なからず自分の中にもあるし、“文豪”のような権威に対する違和感や嫌悪感、そういう気持ちも分かりますね。

ーー冒頭の写真と映画の話ですね。

蜷川監督 あとは撮影している時も編集している時も自分の胸に突き刺さったのは、太宰と坂口安吾とのくだりですね。ものを作る者にとって重要なキーワードがいっぱいあると思っていて。「壊れたら困るものは持つべきではない」「馬鹿にも分かるものを作らなければいけない」など、特に映画をやっていると感じますね。

写真はもう少し写真が好きな人たちが対象の狭い世界だけれども、映画をやると、途端に風圧が高くて。ああなるほど、これだけ多くの人に観てもらえるものを作っているのかと痛感すると同時に、どこまでわかりやすくみんなが観たいものに寄り添って、どこを捨てて、どこを守り切らなければいけないのかと考えたりします。

ーー永遠の命題のような話ですね。

蜷川監督 メジャーであることをある程度強要される――そう思った時に太宰の本物でありながらもスキャンダラスでもある、そういう到達点は眩しくもあり、そこに行くまでには血反吐を吐くような葛藤――欲望にどこまで忠実か、どこまで人としてきちんとしていなければいけないのか……。特に今の時代はバランスとることがすごく難しいと思うので、割と身につまされることが多かったです。

ーー最初のほうの飲み会のシーンで、しんどそうな太宰のアップのシーンが最高でした!

蜷川監督 本当に自分がやりたいように生きるという太宰の生き方は一つのモデルだと思います。でも、太宰の場合、それを振り切って全然気にしなければいいけれども中途半端に人間くさいので、自分がやったことに対して傷ついたりするでしょう? そんな立場ではないのに(笑)、そこをどう人間的に共感を持っているように見せるか、ということがすごく生命線でした。

太宰は女性から見て完璧ではないですけれども、ある女性たちから見ると抗えないほどの魅力を放つ人。「夢中になるのはしかたない」と思わせる説得力をいかにもたせるか、ということはすごく重要で、同時に難しいポイントでしたが、小栗くんがしっかり体現してくれたと思います。

ーー監督のお気に入りのシーンはどこでしょうか?

蜷川監督 いっぱいありますね(笑)。宮沢りえさんと子どもたちのインクのシーンは、わたしに子どもがいなければ、もしかしたら思いついていなかったかもしれません。インクを使ってやりたいというアイデアはわたしが出して、やっていられない瞬間は誰にでもあって、そういうシーンを書いてほしいと脚本家の方にお願いをしました。あれは奇跡のシーンというか、子どもたちの芝居が本当に素晴らしくて、それをりえちゃんが受け止めてくれて。あのシーンはわたしが母親じゃなかったら、ああいう風にはならなかったかもしれないなと思っています。すごく気に入っているシーンですね。

ーー男性目線のシーンもあれば女性目線のシーンもあり、公開後の反響が楽しみですが、世代的にはどの層に観てほしいですか?

蜷川監督 若い時に観れば若い時の感想があるでしょうし、女性も20代、30代、40代の女優さんが演じているので、たくさんの人が感情に寄り添えるし、男性が観ても面白いのではないかなと思う。私の作品の中では、いろいろなことに偏らないものになったのではないかなと思います。

ぜひたくさんの方に蜷川アレルギーを起こさずに観てほしいです(笑)。(取材・文=鴇田崇/写真=iwa)

映画『人間失格 太宰治と3人の女たち』は、2019年9月13日(金)より全国ロードショー。

出演:小栗旬、宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみ ほか
監督:蜷川実花
脚本:早船歌江子
ヘアメイク:NOBORU TOMIZAWA(CUBE)
スタイリスト:斎藤くみ(ドレス/ヌキテパ ブラック、シューズ/セルジオ ロッシ)
公式サイト:ningenshikkaku-movie.com
(C)2019 『人間失格』製作委員会