1杯3400円もする高級ラーメンは、なぜ人気なのだろうか?(筆者撮影)

ラーメン1杯食べれば、1食分のお腹は満たされる。しかも手頃な価格で――。

ラーメン専門店にせよ、中華料理店にせよ、お店で食べるラーメンとはそんな位置づけのメニューだろう。総務省統計局の経済センサスによると日本全国には約1万8000軒のラーメン店、約1万4000軒の中華料理店があり、これらのお店で1日に消費されるラーメンは計り知れない数だ。

一方、ラーメンには「1杯1000円の壁」があると言われている。どんなにおいしくとも、どんなに高級食材を使っていても、ラーメン1杯の価格が1000円を超えると食べ手は心理的に「さすがに高い」と感じてしまう。多くのラーメン店は原価や人件費などを鑑みながら、1000円以内の価格を守っている。

そんな「外で食べるラーメン」の常識を突き破る出来事が、東京のど真ん中で起こっている。JR有楽町駅から徒歩3分、地下鉄・日比谷駅から徒歩2分に立地する外資系の高級ホテル、ザ・ペニンシュラ東京(東京都千代田区)が、1杯3400円のラーメンを売り出したのだ。

高級ホテルが一風堂とコラボ

今年7月下旬からルームサービスとして提供をスタートしたメニューで、1日に6〜8食程度注文されるという。1日6〜8食というと少なく聞こえるかもしれないが、うどんやそばで同1〜2食程度ということを考えれば、ルームサービスのメニューとしては比較的人気が高いと言っていい。


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この破格ともいえるラーメンを提供しているのは、「博多一風堂」だ。豚骨特有の臭みを抑えながらも濃厚でうま味の強いスープと、自家製麺を特徴とする博多豚骨ラーメンをウリにするラーメン店チェーンである。木製の看板と手染めののれん、木調の内装や店内にBGMとして流れるジャズなど、女性にも入りやすい雰囲気の店づくりにも定評がある。日清食品との共同開発によるカップ麺もコンビニなどで市販されており、その名前を見聞きしたことのある人は多いだろう。

ザ・ペニンシュラ東京が今回のコラボ先に一風堂を選んだのはなぜか。1杯3400円の価値はどこにあるというのか。

ザ・ペニンシュラ東京はザ・ペニンシュラホテルズの8番目のホテルとして2007年に開業し、“その土地の文化を取り入れる”というコンセプトをもとに、日本に根ざしたホテルとして運営してきた。特徴は宿泊客の7〜8割が外国人だということ。一般観光客からVIPまで多くが訪れている。

開業以来、宿泊客からのコンシェルジュに寄せられる問い合わせで非常に多かったのが「近くにあるおいしいラーメン屋を教えてほしい」という質問だったという。ザ・ペニンシュラ東京は、海外顧客からも日本の代表食として愛されるラーメンをホテル内でも提供したいと昨年より準備を進めてきた。

海外では豚骨スープが人気

コラボ先は迷わず一風堂を選んだ。東京といえば醤油ラーメンというチョイスにもなりそうだが、海外で圧倒的に支持されているのは豚骨ラーメンである。

一風堂が2008年にニューヨークに進出し、流通を変え、ラーメン店が海外に比較的進出しやすい土壌ができた。海外の豚骨ラーメンブームはそこからスタートし、ヨーロッパでも豚骨がブームになっている。

スープは濁らせないのが基本であるヨーロッパの常識を覆したのが豚骨ラーメンだ。見た目に敏感なヨーロッパ人には、油が表面に浮かずヘルシーに見えるので人気なのだという。実際の油分量やカロリーについてはそれほど語られていないようだ。


ザ・ペニンシュラ東京のルームサービスの様子(筆者撮影)

一風堂は現在12カ国100店舗以上の海外店舗を展開しており、実績は十分。ザ・ペニンシュラ東京としてもラーメンのトップブランドとして一風堂にオファーをした形だ。

一風堂は今までにもANAの国際線ファーストクラス、欧米線ビジネスクラスでも豚骨ラーメンを提供しており、コラボには積極的だった。イメージ戦略を考えても今回のザ・ペニンシュラ東京は最高のコラボ先であったといえる。

とはいえ、一風堂が東京都内で提供しているラーメンの価格は1杯750〜1090円(税抜き)だ。有名ガイド誌で毎年5つ星を獲得しているザ・ペニンシュラ東京で提供するラーメンを、一風堂が単純に店舗で提供しているメニューを横展開するワケにはいかない。

1杯3400円の価値に匹敵するためのラーメンとはどんなメニューか。昨年秋から一風堂とザ・ペニンシュラ東京は共同で企画・商品開発を始め、試行錯誤の末、決まったのは「マイラーメン」だった。

一風堂のスープと麺を生かしつつ、木箱に入った12種類のオリジナルトッピングを自由に組み合わせながら楽しんでもらうスタイルだ。定番の明太子、高菜、ゴマ、キクラゲなどに加え、ホテル内の中国料理レストラン「ヘイフンテラス」特製のBBQポークやXO醤和えのザーサイなどもラインナップされている。まさにここでしか味わえない一風堂のスペシャルラーメンである。

麺を伸ばさない工夫

提供の仕方も独特だ。麺をキッチンでゆで、ポットに入れたスープとトッピングの木箱とともに客室に届け、スタッフが客室内のお客さんの目の前で、丼に入った麺の上に熱々のスープを注ぎ、ネギを添えて仕上げる。

ここで問題になったのが麺だった。豚骨ラーメンの細麺は通常はゆで時間が1分程度と短く、客室に運ぶ間に伸びてしまう。一風堂はこれを解決するために、一度茹でた麺を水で締め、大豆多糖類の溶液にくぐらせることで、麺を伸びにくく、ダマになりにくくした。


目の前で仕上がるラーメンに宿泊客も満足だ(写真:ザ・ペニンシュラ東京)

客室に届いてから目の前でラーメンを仕上げてくれるので、日本のおもてなし精神を感じることができ、海外のお客さんにも評判だ。替玉も用意しているという。

12種類のトッピングを全部入れて食べるお客さんもいるという。私も試してみたが、意外とスープの味が壊れないことに驚いた。これはスープが強い豚骨ラーメンでないと成り立たないサービスかもしれない。

ラーメンは庶民の食べ物として広がってきたが、高級ホテルという非日常の場所で、そこに宿泊できる外国人観光客をターゲットとして、特別に用意されたメニューや提供の仕方をはじめとする演出を工夫すれば、1杯1000円の壁は軽く超えられた。こういったコラボをきっかけにしてラーメンの新たな価値を見いだせたことは、業界としてもちょっとした発見かもしれない。