IR誘致に名乗りを上げた横浜市。記者会見で林市長は、財政的な厳しさをIR誘致の理由の1つに挙げた(筆者撮影)

横浜市の林文子市長が2019年8月の定例記者会見で行ったIR誘致の正式表明が話題を呼んでいる。これまで白紙としてきただけに市民からは反発の声も上がっているが、それ以上に注目したいのは一般会計だけで1兆7000億円(2019年度)を超える横浜市ですら財政が厳しいと公式に認めざるをえなかった点である。

記者会見で林市長は、華やかなイメージの裏側で「現状は毎年500億円ほどの収支不足から予算編成を進めていました」と語っている。財政事情を持ち出さないとIR誘致を正当化できなかったからとも言えるが、5年連続でプラスの予算を組むなどイケイケな印象があった中での「厳しい」宣言。

だが、これは他人事ではない。ここでは横浜市ならではの危ない事情に加え、大都市ほど危険という推測について見ていきたい。

2度も壊滅状態に陥った

歴史に詳しい方なら、横浜市が市の成立以降、2度も壊滅に近い状態に陥ったこと、その後も身動きが取れない状況が続いたことをご存じだろう。最初の苦難は1923年の関東大震災だ。

関東大震災と聞くと東京都が被害の中心だったように思われがちだが、実際は違う。震源地の直上にあたる神奈川県が中心で、横浜市では2万6000人強が亡くなっている。4万人近くが亡くなったとされる本所被服廠跡地の死者を除けば東京市の死者が2万8000人ほどになること、当時の、中心部に集まっていた横浜市の人口が東京市の約5分の1ほどだったことを考えると壊滅という言葉は間違いではなかろう。

続いては1944年から始まった空襲。翌年の終戦までに市街地の4割以上が焼失しており、とくに都心部の中区では半分ほど、西区では8割弱が罹災しており、横浜市の都市機能は再度壊滅状態に陥ったのである。

しかも、横浜市ではその後、アメリカ軍の接収が広範に、長く続いた。横浜市内で接収された土地面積は全国の6割以上に及んでおり、とくに港町横浜の生命線・港湾施設では約9割が接収されている。

1952年からは接収解除が始まったが、中心部・関内地区の接収が解除されたのは1953年になってから。しかも、土地の境界や権利関係がわからず、道路もなくなった状態での返還のため、実際に建物が建つまでにはさらに時間がかかった。

1960年には雑草が繁茂する空地「関内牧場」の草刈りを市民が陳情したという記録があるそうだが、その時点で東京ではすでに前回の東京五輪が決まり、急速な変化が始まっている。東京はもちろん、他都市に比べても横浜の復興は大幅に出遅れたのである。市内にはいまだに4カ所のアメリカ軍施設が残されてもおり、多くの人は忘れているかもしれないが、横浜でも戦後はまだ終わっていないのである。

人口増にインフラが追いつかない状態

さて、長引く接収で何が起こったか。経済の空洞化である。戦災のために横浜を離れた企業や住民たちが戻るに戻れず、戦前の横浜経済を支えていた企業のかなりの部分が東京などに流出してしまったのだ。

しかも、そこに東京からの人口移動が始まる。先に発展を始めた東京では不足する住宅を求め、多くの人たちが横浜に流入、丘陵を削って住宅が作られる時代が始まったのだ。稼いでくれる企業は戻ってこないのに、ライフラインや学校などを整備するために支出が必要な寝る人だけが入ってくるわけで、これでは域内で経済が回らない。だとしたら公共事業に依存せざるをえないというのが以降の横浜市の基本的なやり方となった。

また、この急激な人口増加期に学校設置を優先させたため、横浜市ではいまだに中学校で給食が供されていないと言われる。給食センターまでは手が回らなかったのだ。各区に1館しかない図書館、地区センターが児童館を兼ねている状況なども同様の事情からだろう。急激な人口増にとにかくなんとかしてきたのが横浜の成長期だったのである。

その後、2002年に初当選した前市長・中田宏氏は財政の危機を訴え、実際に多くの公共事業をストップし、経費削減など改革に努めたが、現在は市財政局のホームページなどで控えめに触れてはいるものの、かつてほどの危機感は感じさせない状況である。

2019年度の市税収入の見込みは対前年比3.3%増の8395億円だが、大半が築40年を超える小中学校、市営住宅などの建て替えなどが控えており、今後は大型出費が予想される。2020年の、かなり無駄も見受けられる市役所移転で、数千人単位で減る関内の昼間人口が同地区の不動産価格下落に結びつくのではないか、という懸念もある。

観光が伸びるという期待もあるが、横浜市の観光客の数は2014年から5年で1.3倍に膨らんでいるものの、国全体の訪日外国人は前年比2割、年によっては同5割伸びていることを鑑みるとたいしたことはない。

これまでのやり方では立ちゆかなくなる

2020年完成を目指しパシフィコ横浜の隣で新たなMICE施設建設が進むが、2017年度の都市別国際会議開催状況で見ると横浜市は第6位と振るわない。神戸市、京都市、福岡市のように2008年以降大幅に増加している都市に比べて伸びはなく、これで海外から人が呼べるかは微妙だ。そもそも日本でのMICE開催はアジア内でも韓国、シンガポールに大きく水をあけられているなどなど、懸念事項は挙げだすときりがない。


2020年に完成する32階建ての横浜市新庁舎には批判の声も(筆者撮影)

財政だけでなく、広大な市域には高齢化や人口減少など「南北問題」もあり、問題は山積している。前を向くことは大事だが、「危機感が共有されないと次に行けないのではないか」と、10年間市議会議員を務め、現在は行政と民間をつなぐことを事業としているパブリックドッツ・アンド・カンパニーの伊藤大貴氏は警鐘を鳴らす。

歴史的な困難がありつつも横浜市は比較的無駄なく、賢明に経営されており、旧5大都市と比較しても1人当たりの市債残高や将来負担比率などの指標も悪くはない。だが、今後さらに高齢化、人口減少が進めば、これまでのやり方では立ちゆかなくなる危険があるというのだ。「大規模で財政事情のいい自治体ほど舵取り次第では大きな赤字を抱える可能性がある」と、日本総研の蜂屋勝弘氏は指摘する。

2019年6月に発表された「人口動態から探る地方財政の将来像」と題した論考は、人口動態の変化で地方財政がどのような影響を受けるかを試算している。具体的には人口動態の変化を総人口、若年人口、高齢人口の増加と減少に着目して4つの局面に分析。現在総人口、若年人口は減少している一方で、高齢人口が増加する局面にある大半の自治体が今後、高齢人口も減る局面に移行した場合の変化を試算した。

現在でもすでにすべてが減少している小規模自治体はわずかにあるが、2015年から2030年までを試算すると、こうした自治体は歳入だけでなく、歳出も減るので意外なことに財政事情は悪化していない。財政力指数0.6までの自治体では財源不足が拡大しない結果になっているのだ。

これを非常に簡単に言ってしまうと小規模自治体ではほとんどの場合、自前の税収が少なく(=財政事情がよくない=財政力指数が低い)多くを地方交付税に頼っているため、さらに税収が減ったところで大きな影響はないということになる。

ところが、大規模で自前の税収が大きい、財政事情のいい自治体の場合、自前の財源に頼る割合が大きく、歳入減少は大きなダメージとなる。また若年人口の減少は事業所の減少や地価の低下などにつながり、法人住民税、固定資産税のマイナスにつながるが、地価が高い大都市ほどそれらが下がる影響は大きい。こうしたさまざまな試算を積み上げていくと、実は大都市ほど微妙なバランスで歳入をコントロールしなければ大赤字を出す可能性があるわけだ。

「稼ぐ公共」になる努力が必要に

実際のシミュレーションではすべてが減る局面に移行していないにもかかわらず、横浜市や名古屋市、大阪市で大きな赤字が生じており、福岡市に至ってはすべてが増加しているにもかかわらずマイナスになっている。

これまでは大都市ほどスケールメリットがあり、お得だったはずだが、今後はそれが変化するかもしれない。「今後も大都市に稼ぎ続けてもらうためには、これまでの、大都市が稼いだモノを小規模自治体にという流れを逆転させる必要すらあるかもしれません」と、蜂屋氏は話す。

すでに厳しい状況にあるうえに、今後、人口減少がさらに危機を招く可能性があるのであれば早めに手を打っていく必要があろう。蜂屋氏が挙げるのは地方交付税制度の見直しや、高齢者の就業促進、自治体業務のICTの導入、地域運営組織の活用などだ。ICTの導入では現在自治体ごとにばらばらに行われているものを統一し、日本全体で効率化を図るのが賢明ではないかと指摘する。自治体の独自サービスには独自税で対処すべきという観点もある。

伊藤氏は自治体の生産性向上を挙げる。在任期間後半はパークPFIの提案など市有財産の価値最大化と収益化などに取り組んだ経験から「稼ぐ公共」を他に先駆けてやっていくことが大事だと指摘する。欧米では都市が縮退期に入り始めた1990年代後半から2000年代初頭に仕組みを整えており、最近では稼ぐ公共として日本でも紹介されているアメリカのポートランドやドイツのハンブルグなど事例は多い。こうした例にならい、日本流にカスタマイズしていけば生産性向上の余地はあるはずというのである。

ちなみに海外事例で見るとエネルギー、交通、環境分野での取り組みが多く、いずれも長期的な展望に基づいて行われている。何で稼ごうとするかは自治体によって違うだろうが、長い目で見て市民はもちろん、多くの人がハッピーになれる選択であってほしい。