改憲4項目が出された後の、自民党の説明や議員の発言でも、あたかも地震などの「自然災害」のみを対象にしているかのような物言いが続き、武力や内乱といったキーワードは出てこない。

 ただ素案をよく読むと「自然」災害という限定はなく、単に「災害」とだけ記載されていることに注意したい。「災害」には、武力攻撃災害も含むという法解釈も可能であることから、自然災害のみならず武力攻撃の場面を想定しているのだという批判もある。

 しかし、今回は武力攻撃の場面については検証せず、この条文の「災害」を「自然災害」と解釈した場合の話をしたいと思う。
なぜなら、自然災害のみを前提とした場合においても、緊急事態条項は、憲法に必要なのか?という疑問が残るからである。

 今回の記事を書くにあたっては、『憲法に緊急事態条項は必要か』(岩波書店)などの著者で、災害・緊急事態条項に詳しい永井幸寿弁護士にご指導いただいた。

◆そもそも緊急事態条項とはなにか

 緊急事態条項とは国家緊急権を憲法に創設する条項だ。憲法学の通説である芦部信喜氏の定義によると、国家緊急権とは「戦争、内乱、恐慌ないし大規模な自然災害など、平時の統治機構をもっては対処できない非常事態において、国家権力が、国家の存立を維持するために、立憲的な憲法秩序を一時停止して非常措置を取る権限」である。

 そもそも憲法の目的は…、と書きはじめると迂遠なようだが、国家緊急権の本質であるので少々お付き合いいただきたい。

 憲法の目的は、わたしたちの人権を保障することにあり、国家権力を法で縛るために存在している。この権力を法で縛るという考え方を立憲主義という。人はいつの時代も貪欲に権力を求める。そして握った権力を濫用する愚かさも持ち合わせている。そのため、権力を集中させた方が効率がよいとしても、あえて権力を立法・行政・司法に分け、にらみ合わせることで権力の濫用を防ぐ「権力分立」の政治体制を採用しているのが立憲主義的な社会だ。

 しかし、南海トラフ地震や首都直下型地震など国家の中枢を破壊するような巨大地震が発生し、道路・交通手段が破壊、インフラが途絶、といった想定を超える緊急事態には、平時の権力分立を前提とした制度では対応できないとして、国家緊急権を規定するべく緊急事態条項を盛り込んだのが今回の改憲4項目なのだ。

 永井弁護士は、「国家緊急権は『国家の存立のため』の制度だ。一番大事なのは国家であり、そのために権力分立をやめて権力を過度に集中させようというもの。これはフランス革命の前の絶対王政と同じ構造だ」と指摘する。

  国家緊急権は、権力を一極集中させ、非常時の混乱状況を乗り越える強力な手段であるものの、強度の基本的人権の制約を許すリスクを孕んだ危険なものだ。永井弁護士は、「国家緊急権が使われる典型的な場合は戦争のときであり、多くの国で野心的な軍人や政治家に濫用されてきた」とも指摘する。

 ワイマール憲法下のナチスは、国家緊急権である大統領緊急令を発動させることで革命もクーデターも経ず、合法的に独裁を確立した。そして、国会の立法権をすべて政府に委ねるという全権委任法(「民族および国家の危難を除去するための法律」)を強行採決し、緊急措置を固定した。これによって、「人身の自由」、「政治活動の自由」などの重要な人権が過度に制約され、ナチスによる独裁は敗戦まで続いた。

 日本でも明治憲法下で4つの国家緊急権が用意されていた。(1)緊急勅令制定権、(2)戒厳宣告の大権、(3)非常大権、(4)緊急財政処分だ。「治安維持法の刑罰の上限を死刑にする」という法案が議会に提出されて審議未了で廃案になったにもかかわらず、緊急勅令で法案通りに成立したという濫用事例もある。