数学できる子・できない子を生む算数教育の盲点
数学を深く理解するには算数の基礎はとても重要です(写真:しげぱぱ/PIXTA)
日本では算数と数学を使い分けているが、多くの国々は算数の内容もMathematicsを用いている。この日本流の使用法にはプラス面もあるが、マイナス面も少なくない。代表的な誤解として「算数は基本的に計算ができればよく、説明文を書くことは中学校の数学からである」というものだ。算数でも一歩ずつきちんと説明する基礎を学ぶだけに、残念でならない。
筆者は小学生に対する特別授業から、数学専攻の大学院生に対する授業まで、数多くの授業を受けもってきた。また算数の内容からガロア理論の内容まで幅広く著書を執筆した。大学生に対する授業も、文系・理系合わせて1万5000人の授業をほぼ半々ずつ担当し、いろいろな教訓を得た。
算数の基礎を学ぶことで数学が得意になる
算数の学びに関する世間一般のアドバイスの多くは、中学校受験のためのテクニックに関するものが多いようだ。本稿は、本質的な数学の学びという視点から、算数の学びに関して指摘しておきたいと思う3点を述べたい。なお、近著『AI時代を切りひらく算数〜「理解」と「応用」を大切にする6年間の学び』は、そのような視点で執筆した教育書である。
1.「すべて」と「ある」の言葉遣いを大切にする
欧米人であれば、子どもの頃から「すべて(all)」と「ある(some)」の言葉遣いは毎日の生活の中で育まれる。日本はそうでないだけに、中学校の英語の授業で「all」と「some」をしっかり学ぶ。ところが、「not necessarily~」を「必ずしも〜でない」と訳すだけで終わるように、その深い論理的な面までは目を向けていないようだ。
実際、「すべての生徒はスマホをもっている」「ある生徒の身長は180cm以上である」の否定文を大学生に述べさせたことがある。
それぞれ「すべての生徒はスマホをもっていない」「ある生徒の身長は180cm未満である」という誤った解答も多くある。正解は、「ある生徒はスマホをもっていない」「すべての生徒の身長は180cm未満である」となる。
関連する算数の話題を1つ挙げたい。100人の生徒がいると、ある2人は誕生月、性別、血液型が一致する。なぜならば、(誕生月、性別、血液型)の全部でいくつの型があるかを求めると、12×2×4=96なので、96個の型がある。
生徒は100人いるので、ある2人は同じ型になる。昔、小学校での特別授業で同じ内容の話をしたところ、ある生徒から「先生、だったら僕と誰が同じなの?」と質問され、「僕と誰とではなく、誰かと誰かなんだよ」と答えたことが懐かしく思い出される。
また、中学や高校の教員研修会での講演の後で、現場の先生方からよく指摘されることに、次の2つの式の違いに関する生徒の認識の問題がある。
・方程式 2x+3=5 は、「xにある値を代入すると等号が成り立つ」がポイント
・恒等式 2x+3x=5x は、「xにすべての値を代入しても等号が成り立つ」がポイント
「すべて」と「ある」の重要性
最近、算数の学習指導要領に文字が導入された。方程式と恒等式という言葉は使わないが、それらの違いを意識した指導が求められるだろう。
実は、高校数学を十分に理解している者にとっては、「すべて」と「ある」の用法さえしっかり身に付ければ、「大学数学の基礎は簡単である」と言える。
2.「3」の発想を大切にする
ドミノ現象をご存じだろうか? 2個のドミノによる説明と3個のドミノによる説明は根本的に違う。2個の場合、倒すだけのドミノと倒されるだけのドミノになる。
ところが3個の場合になると、間にあるドミノは倒されることと倒すことの両方を兼ねる。4個以上になっても3個の場合と同じである。そのような構造があるからこそ、ドミノ現象を説明するとき、3個の場合がとくに大切なのだ。
実は、縦書き掛け算(筆算)の理解でも同じことがいえる。2桁同士の縦書き掛け算の途中の掛け算では、下から繰り上がってきた数を加えるだけの操作から成り立っている。一方、3桁同士の縦書き掛け算の途中の掛け算では、下から繰り上がってきた数を加えることと、さらに上の位に数を加えることの両方の操作が必要となる。
だからこそ、諸外国の教育ばかりでなく、戦前・戦後と続いてきた日本の算数教育でも、3桁同士の掛け算を必ず指導してきた。それが「ゆとり教育」の学習指導要領では、「2桁同士の掛け算を学べば、3桁同士のそれも理解できる」などという無責任な発言をもとにして、算数の縦書き掛け算の指導は2桁同士だけになってしまった。
3つの数で学ぶ重要性
国立教育政策研究所が2006年7月、延べ3万7000人の調査結果を公表し、小4と小5で2桁同士の掛け算では正答率が8割超であったものが、2桁×3桁の掛け算では正答率が5割台に急落したことなどを発表した。そのような結果を踏まえて、現在では見直されてきた。
次に、左右や前後の関係に注目して定義するものはいろいろあるが、二人三脚、三段論法などのように、多くは3つによって定義されるものがほとんどである。算数で学ぶ四則混合計算での重要な規則の1つである「計算は原則として前から行うが、掛け算(×)や割り算(÷)は、足し算(+)や引き算(−)より優先する」を指導する場合も、3つの数で学ぶ必要がある。
たとえば、「3+2×4」という計算では最初に2×4を行って、それに3を加えるのである。ところが「ゆとり教育」が導入されてしばらくの間、「2+3」や「2×3」のような2つの数の計算ばかり熱心に行われた時期があった。
それも影響してか、「3+2×4」のような3つの数の四則混合計算を間違える生徒が、高学年になるほど増えるという珍現象が表面化した(国立教育政策研究所が2006年7月に発表した調査結果を参照)。現在でこそ見直されてきたが、3つの数による四則混合計算を大切にしたい。
結合法則や分配法則ばかりでなく、数学で学ぶ指数法則をはじめ多くの公式についても同じことがいえる。
3.1つずつ数えることを大切にする
1950年にノーベル文学賞を受賞したバートランド・ラッセルの言葉に、「ひとつがいのキジも2日も、ともに2という数の実例であることを発見するには長い年月を要したのである」というものがある。これは、個々の物品にはよらない整数の概念が確立するまでには長い年月を要したことを意味している。
それだけに人類は、イチ、ニ、サン、シ、ゴ、……と1つずつ素朴に数えることを大切にすべきだ。しかし、最近の高校生や大学生を見ていると疑問に感じることがある。それは、1つずつ数える問題を見たとたん「順列記号Pや組み合わせ記号Cを使って計算しなくてはならない」という変な意識をもってしまうのだ。
有名大学の入試問題にも、まれに小学生でも解けるような素朴に数える問題が出題されるが、おしなべて似た状況になるようだ。
このことに筆者は危機感を覚えている。PやCで数えられる対象は限られているのであり、路線図における道順の総数を数えるような素朴な問題ならば、「樹形図」を用いて数えればよい。無理にPやCを用いて解こうとすると、とんでもない間違いをしでかすことが多いのだ。
算数の学びのヒントとは何か
小学生に対する算数指導の現場では前例がある。例えば、「速さ・時間・距離」の計算を最初から「は・じ・き」という公式で教えたり、「比べられる量・元にする量・割合」を最初から「く・も・わ」の公式で計算させることの弊害は、過去の記事でも述べたとおりだ〔「大学生が『%』を分からない日本の絶望的な現実」(2019年4月25日配信)〕。
直近の新学習指導要領から算数に「起こり得る場合の数」が入った現在、PやCに関する公式を使うことだけを教えるような指導ではなく、基本に立ち返ってイチ、ニ、サン、シ、ゴ、……と1つずつ数えることを大切にしたいのである。それが教育の原点であり、数学が得意になる算数の学びのヒントだと筆者は考えている。