威勢よく自国の国歌を歌うフランスの選手たち。だが、この直前に大きな話題をさらう事件が起きていた。(C) Getty Images

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「今朝、世界一周して歴史に残るのは、フランス代表のパフォーマンスではなく、国歌斉唱時に起きてしまった混乱のほうかもしれない」

 現地時間9月8日付の全国紙『L’EQUIPE』は、そう危惧した。前日に行なわれたEURO2020予選のフランス対アルバニアの一戦で、まさかの出来事が起きたからだ。

 あり得ない“事件”が起きたのは、試合開始直前のことだった。いつものように両チームが一列に並び、まず、アウェーチームであるアルバニアの国歌が流れた。

 しかし、選手たちはまったく口を動かさず、いぶかし気な表情を浮かべている。そして、アルバニア・サポーターが陣取ったスタンドから不満を示す口笛が飛び出した。これには、「どうして自国の国歌に口笛を鳴らすんだ?」(L’EQUIPE)の疑問が会場に漂った。

 次いでフランス国歌の「ラ・マルセイエーズ」が威勢よく流れ、スタッド・ド・フランスの大観衆が唱和。ところがその後、アルバニア選手たちは、ガンとして一歩も動かず、キックオフに向かおうとしないのだ。

 その数分後、ようやく事態が明らかになる。なんとアルバニア国歌の代わりに、アンドラの国歌が流れてしまっていたのである。

 これを受け、アルバニアの選手たちは、「『自分たちの国歌を聞くまではプレーするな!』と選手たちに言った」というエドアルド・レヤ監督の指示もあって、先述のような抗議に打って出たわけだ。

 いったいなにが起きてこうなったのか? 原因はひとつのクリックミスにあった。

 フランス・サッカー連盟のコンピューターには、このアルバニア戦と3日後に予定されていたアンドラの両国歌が用意されていた。どちらも頭文字が「A」で始まるせいもあったのだろうか、担当者が誤って後者の国歌がスタジアム中に響き渡ったというのだ。

 やっと正しい国歌が流れたのは、フランス国歌が流れてから数分後のこと。これには、フランス人の観衆たちも大きく拍手をし、試合開始のホイッスルは、当初の予定から遅れること7分後にようやく吹かれた。
 しかし問題は、これだけではなかった。

 事の重大さに恐縮したフランス側は、直ちに「マックス」の愛称で知られる場内アナウンサーが、事態の説明の意味を込めて、スタジアム内に謝罪を行なった。ところが、これがまずかった。なんと同アナウンサーは、「アルメニアの皆さまに陳謝します」と口走ってしまったのだ。

 これで二度も赤っ恥をかいてしまったフランス。試合では915本もの華麗なパスを繋いで4-1で圧勝したものの、直後の記者会見に現れたディディエ・デシャン監督は、真剣な顔つきで謝罪の意を表した。

「私自身もアルバニアのベンチ陣とレヤ監督に謝罪した。フランス・サッカー連盟のノエル・ルグラエット会長もスタンドのほうで謝罪した。起きてはならないことだったが、残念ながら起きてしまった。アルバニア人の立場はよく理解できる。最初はアルバニア人の口笛がなぜなのか分からなかったが、こんなときに自分の国歌をあくまでも待つのは当然だ。私はここでもう一度謝罪する」

 一方のアルバニア側は、フランスの誠意ある謝罪をしっかりと受け止めた様子だ。レヤ監督が「オーガナイズに欠如があったが、いい終わり方で良かった」と理解を示せば、ある選手は次のように心境を明かしている。

「自分たちの国歌じゃないものを聞いたときは本当に驚いた。自分たちの国歌が流れないうちはプレーなんかできないと思った。でもこれは起こりうるミスだ。これまで僕たちが経験したことはなかったけど、人為的なミスだと思う。試合前にちょっと確認さえしておけば避けられただろうけどね。でも観衆が、僕たちの国歌が流れている間、拍手してくれたのを見た。美しい行動だったと思う」

 国歌の間違えは、前代未聞とまでは言い切れないものがある。というのは、過去に何度か起きているからだ。最近でいえば、2016年のコパ・アメリカで、ウルグアイの国歌斉唱時にチリ国歌が流れたことが記憶に新しい。

 とはいえ、7日の夜にフランス国民が肝を冷やしたのは、間違いない事実だろう。『L’EQUIPE』は8日の記事内で、「バルカン諸国の平和のためにも、セルビア国歌が流れなくてよかった」と自嘲気味のジョークを綴ったが、内心、彼らも本気でホッとしていたことだろう。

取材・文●結城麻里
text by Marie YUUKI