アメリカから来日し、銀座の美容室で髪をカットしてもらう中華系観光客(撮影:今井康一)

今年8月上旬。東京・銀座にあるヘアサロン「モッズ・ヘア」の店内をのぞくと、中華系の若い女性が髪をカットしてもらっていた。その傍らには母親が座り、娘の様子を見守っていた。

母親は40代、娘は10代で、アメリカのロサンゼルスから観光で来日したという。「中国のテレビ局で働く知人が、この美容院を紹介してくれた」と母親は笑顔で話す。

カットしていたのは、若い女性に人気のある同店の店長だ。傍らには、中国語で顧客の要望を聞く通訳の女性スタッフがついていた。

SNSや動画をみて、日本の美容室が人気に

現在、髪のカットやヘアカラーなどスタイリングのサービスを目的に来日する中国人観光客が増えている。

調査会社「トレンドExpress」が今年1月から8月末までに行った調査によると、「中国人が日本でやりたいことトップ10」の1位は買い物、2位は温泉。10位に「美容院に行きたい」がランクインしている。2018年の同期間に行われた調査では、「美容院に行きたい」は19位で、美容院人気が上昇している(データはSNS上の口コミ分析によるもの)。

「SNSでの口コミや動画投稿が急増していることを受け、日本の美容院で髪を切りたい女性が増えている。ここにきて男性の需要も増えている」。トレンドExpressのWeb媒体編集長、森下智史氏はこのように話す。

中国の現地事情に詳しい三菱総合研究所の劉瀟瀟氏も、「若者が日本の美容院に行って、おしゃれになって中国に帰ってくるのを見て、中高年層も日本の美容院を利用するようになった」と語る。中国と違い、日本の美容師は国家資格で、どの美容院でも一定の質が担保されていることも人気につながっているようだ。

こうしたインバウンド需要を積極的に取り込もうとしているのが、ヘアサロン「モッズ・ヘア」の運営などを手がけ、ジャスダック上場のエム・エイチ・グループだ。2015年に中国系ファンドに買収され、2017年に中国出身の朱峰玲子氏が社長に就任した。


2017年に社長に就任したエム・エイチ・グループの朱峰社長(撮影:今井康一)

同社は現在、国内で直営サロン15店、フランチャイズのサロン48店を運営している(2019年6月末)。そのうち、銀座や新宿といった中国人観光客がよく訪れるエリアでは、通訳などの中国人対応を強化している。

朱峰社長は「2015年に中国人による『爆買い』ブームが起きたときに、次に来るのはサービス事業だとひらめいた。(それ以降)中国人観光客の対応を強化した(している)」と話す。

通訳セット付きのコースで3万〜5万円

中国人観光客の間では美容整形のニーズも高まっている。そこで、医療ツーリズムを手がける医療コーディネーター運営会社や旅行会社8社(7月末時点)と提携し、中国人観光客を紹介してもらっている。


口コミや友人の紹介などを通じてエム・エイチ・グループを知り、直接同社に問い合わせてくる客も多い。冒頭に登場した親子は、まさに直接のやりとりで日程を調整した。

中国人観光客用に、わかりやすいセットプランも用意している。カット、パーマかカラー、トリートメント、頭皮マッサージのセットで3万2400円。パーマとカラー両方が付くと、5万4000円になる(いずれも税込み、中国人スタッフによる通訳サービス付き)。高額な値段設定にもかかわらず、直営店合計で月に20人以上が利用することもあるという。

エム・エイチ・グループ以外にも、中国人観光客を受け入れる美容院は大都市圏を中心に増えている。一方で、多くの美容院では受け入れ態勢に課題が多い。朱峰社長は「時間どおりに客が来ないこともある。中国人の生活習慣に合わせて対応するのは難しい」と指摘する。通訳の中国人スタッフを確保するのも、決して容易ではない。

中国人観光客の美容院人気は当面衰えることがなさそうだが、はたしてどこまで需要を取り込めるか。美容院側の臨機応変の対応が求められる。