うつ病で長年薬を飲み続けているという人は多い。だがそれで症状はよくなるのか。夫婦ともにうつの経験がある砂田康雄さんとくにえさんは、「うつ卒倶楽部」を主宰し、うつ病で悩む人の回復をサポートしている。40年間うつ病に苦しんだが、生活習慣の改善、考え方の見直しと減薬で症状が消えたという70代男性の事例を紹介しよう--。(後編)
写真=iStock.com/suteishi
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■「入院させて隔離するか、24時間監視し続けるしかない」

「うつ卒倶楽部」に連絡をくださるのは、医師にうつと診断されて治療を続けている人がほとんどです。しかし医師が処方した薬を何カ月、何年服用しても回復の兆しが見られない。うつに苦しむ本人はもちろんご家族も、いまの状況から抜け出したいけれど、もう何をしていいのか分からない。私にはその気持ちが痛いほど分かります。

うつ症状がひどかった時期、私は強い自殺願望を持っていました。妻が、医師に相談したところ「入院させて隔離するか、あなたが24時間監視し続けるしかない。それができないなら、覚悟するしかありません」と言われました。妻は、もしかしたらと不安を抱えながら毎日帰宅していたそうです。うつは本人だけでなく、家族も巻き込む病気なのです。

クライアントのなかで、もっとも長い期間、うつの症状に苦しんできた方は70代のBさんでした。少しよくなっては、またつらくなる。そんなことを繰り返し、40年もの歳月が流れていました。うつの再発は8回にも及んだと言います。

ご本人も奥さまも、もう何をすればいいか分からない。そこで、関西から「うつ卒倶楽部」に電話してくださったのです。

ほかのクライアントと同様、Bさんのサポートもまずはしっかりと話を聞くところからはじめました。Bさんご本人や奥さまの話からうつの症状や原因、ご本人の性格、生活習慣などを把握していくなかで、回復に必要なアドバイスをしていきました。

■顔はまったくの無表情で、写真を貼り付けたかのよう

ただしBさんは関西地方にお住まいだったので、直接の面談ではなく、インターネットのテレビ電話を使いました。症状の回復は表情にあらわれやすく、できるだけ顔を見ながら話すように心がけているからです。

テレビ電話の画面に映し出されたBさんの顔は、まったくの無表情で、まるで写真を貼り付けたかのようでした。うつの影響で、喜怒哀楽が失われていたのです。

Bさん自身はうつの原因を自覚していました。Bさんは地元で商店を営んでいたのですが、四十数年前に近所に大型量販店が開店して、商売がうまくいかなくなってしまっていたのです。いらいらや不安で仕事が手に付かない。夜も眠れない。原因は明確なのですが、自分自身や奥さまにはどうすることもできない。病院に行き、投薬を受けましたが、40年以上治療を受けても、うつは治りませんでした。

私はBさんがうつから卒業するには、減薬も必要だろうと考えました。

■薬をやめたところ、2週間で頭がスカッとクリアになった

私がうつを克服した大きな要因には、長年服用していた薬を飲まなくなったこともありました。実は、結婚前、私の妻もうつ病と診断されて、7年間、投薬治療を受けていました。しかし一向に回復しない。ある日、妻は精神疾患に詳しい知り合いに、「薬をやめてみては」と勧められました。その言葉を信じて、薬をやめたところ、耐えがたい頭痛に襲われました。薬を断ったときに出る離脱症状です。しかし2週間後、頭痛がぴたりとやみ、頭がスカッとクリアになったうえ、悩んでいた手の震えが止まったそうです。

私も知り合いのドクターの勧めに従って、減薬・断薬を行いました。とはいえ、ただ薬を抜けばいいというわけではありません。服用した期間や種類、その時点での体の状態、そして離脱症状によって、減薬の仕方は変わります。薬を減らすと脳のバランスが崩れ、症状が悪化してしまうケースもあります。減薬はとにかく慎重に進める必要があるのです。

自己流で減薬するのは非常に危険です。

また私や妻もそうでしたが、うつの症状を抱える人はついつい甘い物に手が伸び、いつの間にか食べ過ぎてしまいがちです。甘い物を食べるとその時は幸せな気分になれる。しかしその後が問題です。糖分をとって上がった血糖値が、その反動で一気に下がる。すると、不安感やいらいらが急に増してくる。うつの症状が重くなるケースが多いのです。Bさんにも糖分の取り過ぎには注意するように、と話しました。

■起床、食事、就寝の時間を決めて、生活のリズムをつくる

Bさんから不安や悩みを聞き取った私は、まず生活習慣の見直しからはじめるようにアドバイスしました。奧さまによれば、昼も寝ていることが多く店番もできない時期が長く続いていました。

そこでアドバイスしたのは、昼の過ごし方です。お店にお客さんがみえれば、家にいるBさんも対応するのですが、昼も寝ていることが多く接客ができない。そこで毎日、店や家の掃除、整理をして、昼寝するのなら時間をしっかり決める。決まった時間に起き、決まった時間に寝て、決まった時間に食事を取るという生活のリズムをつくるようにしました。

こうして一つひとつの課題をクリアし、家のなかで体を動かす習慣がついたら朝と夜に20分の散歩も課し、買い物や食事の準備もBさんの日課に組み込みました。

Bさんの回復でポイントとなったのが楽しみを見つけたこと。うつ病を患ってから遠ざかっていたドライブや釣り、食べ歩きなどの趣味を再開してもらいました。

■「うつの症状が完全に消えた。こんなことは40年間ではじめて」

すると能面のようだった表情が柔らかくなり、テレビ電話での面談でも徐々ににこやかに笑うようになりました。そんな様子を見て、はじめての面談から1カ月後位から減薬をスタートしました。

以来、2週間ごとに10%の減薬を進めました。幸いBさんの場合は離脱症状もなく、1クールが終了する6カ月目に100%の減薬に成功しました。そしてBさんはこう言ったのです。

「『うつ卒倶楽部』のサポートを受けた最後の2日間、うつの症状が完全に消えました。こんなことは40年間ではじめてです」

朝起床して散歩のあとに食事をとり、昼間は仕事をし、夜に眠る。休日には趣味の時間を持つ--。普通の人には当たり前の生活です。しかしそんな当たり前の暮らしすらできなくなるのが、うつという病なのです。

私はうつ病から卒業するには、薬の調整も必要だという持論を持っています。

とはいえ、薬を減らせば、うつが治ると言っているのではありません。薬が必要な場合も確かにあります。減薬もうつから卒業するプロセスの1つなのです。うつ病からの回復には、生活習慣と考え方の見直しも重要です。

うつ病を患うご本人やご家族にとって、その苦しみを理解できるのは、同じうつの経験者だけです。私たちは医師とは違ったアプローチで、うつ病に苦しむ人たちをサポートしていきたいと考えています。

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砂田 康雄(すなだ・やすお)
うつの家族の会 みなと 共同代表
うつ専門パーソナルメンタルコーチ。2001年、勤務先の倒産が原因で、過労からうつになる。以後、約10年に渡る療養生活を送る。現在は「うつの家族の会 みなと」の共同代表として、うつで苦しむ人や家族のサポートをしている。
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砂田 くにえ(すなだ・くにえ)
うつの家族の会 みなと 共同代表
夫のうつ療養をサポートしていたことから、2006年に「うつの家族の会 みなと」を立ち上げる。現在は共同代表として、家族のサポートをしている。
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(うつの家族の会 みなと 共同代表 砂田 康雄、うつの家族の会 みなと 共同代表 砂田 くにえ 構成=山川 徹)