ビジネスの現場では「パワポ資料」が日常的に使われている。しかし本当に必要なのか。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏は「重要なのは体裁より内容。『なぜパワーポイントで資料を用意しないのか』と怒る人はいない」と指摘する──。
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■広告業界で感じた「パワーポイント文化」の違和感

現在、ビジネスの現場では「パワーポイント」などのプレゼンテーションソフトで資料を作成し、プレゼンや打ち合わせで使うことが当たり前になっている。

ただ、ありとあらゆる場面で「パワポ資料を用意するのが必須」とする風潮には、以前から違和感を持っていた。広告代理店の社員だった20代の頃から、ずっとだ。

広告業界の業務では、プレゼンテーションソフトでつくる資料が常に付いてまわる。いまでも広告関係者の皆さんと一緒に仕事をすることは多々あるのだが、過剰なまでの“パワーポイント文化”に触れるたび、「一度、冷静に考えてみるほうがいいのでは?」と思うのだ。

たとえば、クライアントを前にした競合プレゼンなどでは、インパクトや明快さ、伝わりやすさが重視されるものだし、つくり込んだパワポ資料を用意するのもアリだろう。しかし、身内しか参加しないような社内打ち合わせでは、パワポ資料など不要である。また、クライアントと日常的に行われている打ち合わせなどにおいても、たいていは不要ではないだろうか。

■出版業界、IT業界の会議資料はA4用紙1〜2枚が一般的

私は現在、主に出版業界とIT業界で仕事をしているわけだが、両者ともに資料は「ペラ1」または「ペラ2」の文化である。統計や予算などのデータ類、スケジュール表、業務分担の一覧といった資料ではエクセルで作成した資料をA3用紙に出力することもあるが、企画書や会議のアジェンダはA4用紙(ペラ)1〜2枚程度で、中身も基本的にテキストのみのシンプルな資料であることが圧倒的に多い。

そしてこのやり方は、広告業界でも実践することが可能であると、私は考える。いや、広告業界に限らず、パワーポイントが日常的に使われている会社は一度「本当に必要かどうか?」を真剣に考えてみてはどうだろう。そのうえで「やはり、パワーポイントで作成した資料こそが最適解である」と判断できるのであれば、そのまま使い続ければいい。

■中川流・シンプル企画書の一例

それではここで、私がPR企画のプランナーを依頼された際、どのような資料を作成するか、一例として紹介しよう。企画の骨子は「夏の暑い時期に、A社のスポーツドリンク『X』のさらなる消費拡大を目指す」というものだ。なお、ここでは企画の実現性や面白いかどうかはさておき、「この程度の内容でも、要点を伝えることはできる」という例として示すことにする。


A株式会社御中

「X」夏期拡販企画について

【与件の整理】
1:夏は水分補給だけでなく、ナトリウムなども適宜摂取するのが重要であることを伝える
2:競合商品と比較した場合のXの優位性は、サッパリとした後味である点を訴求
3:冷凍用商品があることも伝える
4:ターゲットは若い男性

【施策案】
1:ツイッター企画「サッパリ系男子とXのある風景」
→自薦他薦問わず「サッパリ系」を名乗る男性がXとともにいる夏の風景を撮影してもらい、ツイッターハッシュタグ「#サッパリ系男子とXのある風景」をつけて写真を投稿してもらう。審査委員長を務めるグラビアアイドルの○○×子さんがもっとも好きな男子を選び、グランプリには賞金10万円とXを3ケース贈呈。その他10名は「特別賞」として賞金1万円とXを1ケース贈呈。

2:日本○○協会、××○夫さんによる「適切な水分補給セミナー」
→2019年6月、東京五輪組織委が62の国内競技団体の代表を招いた会議で、ボランティアの水分補給について説明。ペットボトルの水もしくはお茶、そして塩飴を配るといった対策を述べた。その際、ボクシング団体の代表が「熱中症対策には、スポーツドリンクを用意するほうがよい」と指摘。引き続き、検討が進められることになった。
そこで、同会議の参加メンバーでもある日本○○協会の××○夫さんを講師役に、適切な水分補給やスポーツドリンクのメリットなどについて指南するセミナーを開催する。参加対象は主に運動部に子どもが所属する保護者たち。会場でサンプリングを行うとともに、健康関連メディアの取材動員をかける。

3:フィットネスサイト「XYZ」合同企画「水とX、タイム・尿はどう変わるか実証実験」
→XYZと組み、20代男性と30代男性が、ほぼ同じ気温の2日にわたり、小便をした状態で皇居の周りを2周走る。その際、ランニング前に水で水分補給をしたケースとXで水分補給をしたケースで、走破タイムと尿の量を比較。夏場にはXが重要であることを伝える。

【懸念点】
・「1」についてはジェンダーの観点から「なぜ男性のみなのか」と言われる可能性がある
・「1」で審査員をお願いする○○×子さんのギャラについて現在事務所が強気になっている。代替タレントとしては、■■○子さんも検討
・「2」については、繁忙期のため、会場選択の幅が狭まる
・「3」については、健康にかかわることのため、第三者である専門家の監修が必要。また、狙った通りの結果が100%出るとは限らない

【準備期間・予算】
いずれの企画も、ご提示いただいた期間・予算の範囲内で実現可能。


■パワーポイントで資料をつくらない5つの理由

ご覧のとおり、要点を文字でまとめただけのシンプルなもので、分量もA4用紙1〜2枚程度に収められている。

企画書なんてものは、この程度の内容でよいのだ。これでも打ち合わせや会議において、十分に通用する。というか、広告会社を辞めた後、こうした企画書のまとめ方をして困ったことは一度もない。「なぜパワーポイントで書かないのですか? 失礼です」なんてことを言われたことも皆無である。

私がなぜパワーポイントで資料をつくらないかといえば、理由は以下の5つだ。

【1】作成に時間がかかる
【2】印刷にも手間がかかるし、膨大な量の紙とインクを使う
【3】ページ数が多いと、もう一度読みたい部分に到達するのに手間がかかる
【4】ペラ1、ペラ2程度で趣旨は十分に伝えられる
【5】実は多くの人が上記4点について認識しており、パワーポイントの資料にこだわることの非合理性について、作り手も読み手も内心では気づいている

■ぶ厚いパワポ資料は「無駄な気配り」を具現化したもの

2015年に起きた電通社員の過労自殺事件で改めて注目されたように、ほんの数年前まで、広告業界では慢性的な長時間労働が蔓延していた。

広告業界は、はたから見ればクリエーティブで華やかな仕事に映るかもしれない。しかし実際は、クライアントに対して滅私奉公することが求められる、サービス業社畜の集団という側面も強い。

だからこそ「お客さまに対しては徹底的に誠意を見せなくてはならない」という思考にドップリと染まっており、あらゆる場面でクライアントに過度の気配りをしてしまうのである。そうした姿勢のひとつの表れが「資料はパワーポイントでつくる」という文化なのだ。過度に気配りするあまり、「手間ヒマかけて、つくってきましたよ!」とアピールすることに意識が向いてしまい、無駄にページ数を増やしたり、過度にデザインに凝ってしまったりするのだ。

とはいえ、多くのクライアントは「とにかく企画趣旨がバシッとわかりやすく書いてあれば、それでじゅうぶん」だと考えている。少なくとも「どうしてパワーポイントでぶ厚い資料をつくらなかったのだ! 失敬な!!」などと怒ることはない。

■「勝手にパワポ資料を読み進める人」に萎える

加えてもう一点、私がパワーポイントの資料を嫌う理由が存在する。

【6】印刷したパワーポイントの資料でプレゼンをすると、相手はペラペラと紙をめくり、こちらが説明しているページのさらに先を読もうとする。そこでつまらなそうな顔をされたりすると、気分が萎える。

私がパワーポイントでプレゼンをしていたのは27歳までのことなので、単純に企画書作成のスキルが未熟で、説明も退屈だったのかもしれない。だが、A4用紙1〜2枚でのプレゼンスタイルに変えてからは、この【6】は発生しなくなった。

すると不思議なことに、自信をもってプレゼンが進められるようになったのだ。【6】のような状況に追い込まれると「あっ、早く先に進まなくちゃいけないな」「うわっ、オレ、つまらないことを言ってるのかなぁ……」という気持ちになり、焦りから説明に集中できなくなることが多かった。

■企画書はインスピレーション重視で一気に書き上げるべし

また“パワーポイントの魔力”ともいえる、ある種のバイアスについても考えなければならない。パワーポイントで資料を作成すると、なぜだか「仕事をした達成感」に浸ることができるのである。大した中身ではないにもかかわらず、図表や写真、矢印などのデザイン要素を入れまくると、立派な資料ができたように感じてしまい、「内容」よりも「体裁」を整えることに意識が向いてしまうのだ。

企画書とは本来、その場のインスピレーションを大切にしながら、強い気持ちで一筆入魂をすべきたぐいの書類だと、私は思っている。それゆえ、A4用紙1〜2枚の企画書を書くための所要時間は、私の場合、20分〜30分程度。集中して一気に書き上げてしまうからこそ、熱のこもった、ユニークな企画がまとめられるのだ。

対して、パワーポイントで企画書をつくる場合、前のページへ、後ろのページへと行ったり来たりすることになり、どうしても気持ちがブレてしまう。そもそも作成自体に時間がかかるものだから、「別件の社内打ち合わせが30分後にあるけど、それまでにはつくり終わらないな……」「ひとまず他の予定をこなしてから、資料作成に戻るか」なんて状況も起こりがちだ。

会議や外出などを挟んで、再びパワーポイントの作成に取り掛かっても、当初の熱意はすでにどこかへ飛んでいってしまっている。別案件のせいで切り替わってしまった思考を戻すのも、なかなか難しい。仕方がないので、これまでにつくった43ページ(仮)分のパワポを見直して、齟齬(そご)がないかを確認したりしながら、アタマを企画書づくり用に切り替えなければならない。これは、時間と労力、気力の大いなる無駄である。

■便利なようで、実は無駄な業務を発生させる存在

また、企画書が無事に完成したとしても、画像を大量に貼り付け、デザインに凝ったパワーポイントだと総容量が85MBなどになり、メール添付で送るのが不可能になる。そうなると、大容量ファイル送信サービスやオンラインストレージサービスを使わざるを得ないわけだが、こういったサービスを用いると、相手がウッカリして(面倒くさがって!?)ダウンロードしそこなう事態が頻発する。そうして、本当に必要になったときには保存期間の3日間を過ぎてしまい、「たいへん申し訳ないですが……もう一度アップロードしていただけませんでしょうか」なんて連絡が来るのだ。

「日本人は生産性が低い」などとよく指摘されるが、それは書類づくりに時間がかかり過ぎているのも一因ではないだろうか。本稿では「パワーポイントで資料をつくるのはおやめなさい」という提案をしたが、それに限らず無駄な時間がかかっていることについては、全面的に見直してしまってもいい。たとえば、次のようなことを実践してみるのはどうだろう。

・進捗確認のための会議はやめる
・メールを送る際、CCに含める人数を最小化する
・超重要会議以外の議事録の作成をやめる
・会議に2回遅刻した場合、その人間は今後プロジェクトから排除する
・プレゼン担当者以外、会議へのPC持ち込みを禁止する
・アイデア会議の場合、30分たっても優れたアイデアが出なかったら会議はその場で終了。後はメールでやり取りする

「これ、もしかして無駄なんじゃないか」と直感をおぼえた事柄には、得てしてどこかに無駄が存在するものだ。このような直感、違和感を大切にしながら業務を見直すと、生産性はわりと簡単に向上することが多い。

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【まとめ】今回の「俺がもっとも言いたいこと」

・「パワーポイント」「キーノート」などプレゼンテーションソフトで資料を作成すると、とかく「つくること」が目的化してしまい、結果として無駄な労力とコストが発生しているだけ……という状況も多い。ツールを使うことの合理性を考えよう。
・「これ、無駄ではないのか」と違和感をおぼえる業務について、冷静に見直してみるだけで生産性が向上することも多い。先例に縛られるな。

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中川 淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう)
ネットニュース編集者/PRプランナー
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。
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(ネットニュース編集者/PRプランナー 中川 淳一郎)