埼玉西武ライオンズの守護神として活躍する増田達至投手

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 ペナントレースが佳境を迎えているプロ野球。チームの成績に一喜一憂しているファンも多いはずだが、本稿ではプロ野球選手の“働き方”にスポットを当ててみた。子どもたちを勇気づける社会貢献活動や、“出張中”のコンディション調整、プレッシャーのかかる場面への臨み方など、彼らは普段どのような意識で取り組んでいるのか? 埼玉西武ライオンズの増田達至投手が、知られざるプロ野球選手の裏側を語ってくれた。

◆歴史の長いライオンズの社会貢献活動

 試合で活躍することがスポーツ選手のトッププライオリティであることは間違いない。しかし、それだけではなく、フィールド外で社会に大きな影響を与えることができるのも、プロ野球選手という職業ならではの要素だ。

 ご存知でない読者の方もいるかもしれないが、実は西武ライオンズの社会貢献活動の歴史は長い。‘81〜‘83年シーズンに在籍していたテリー・ウィットフィールド氏のこどもたちへの試合招待、‘90〜‘04年シーズンに在籍していた潮崎哲也氏の知的障害児・肢体不自由児とその家族への年間席寄付など、アスリートの社会貢献活動が今のように普及する前から、さまざまな形でサポートが行われてきたのだ。

‘14年には、長年社会貢献活動を行なってきた栗山巧選手が球団史上初の「ゴールデンスピリット賞」を受賞するなど、その姿勢は球団の歴史のなかで脈々と受け継がれている。

 今シーズンは武隈祥太投手が難病の子どもとその家族を試合に招待したり、寄付を行なって支援をしている。パリーグの首位打者を争っている森友哉選手は前述の栗山巧選手とともに、知的障害児や肢体不自由児をに年間席を寄付。外崎修汰選手は子ども食堂などに代表される子どもの居場所づくりを支援している。

◆「自分も勇気づけられる」NICU病棟の支援

 そんななか、NICU(新生児集中治療室)病棟への訪問や寄付を行なっているのが、今回取材に答えてくれた増田達至投手だ。

「病院を訪問して、未熟児で生まれた子を支援するという形で行なっています。ライオンズでは秋山選手がひとり親家庭の子どもたちを球場に招待したり、ほかにも多くの選手が社会貢献活動を行なっています。僕もそういう風にいろんな形でお子さんを支援できればと思って、活動を始めました。

 僕自身も自分の子どもが未熟児として生まれてきて、家族として苦しい思いもありましたし、いろいろな気持ちがありました。そういうなかで、最終的には自分も社会貢献活動という形で支援できればと思って始めたのがキッカケですね」

 活動を始めるにあたっては、増田投手自身の強い思いがあった。

「今は普通に成長していますが、自分の子どもが未熟児として生まれて不安なところもありましたし、家族で話し合って球団のほうになんとかサポートできないかと話をしました。

 病棟を訪問させていただくと、毎回毎回思うことありますね。自分自身が勇気づけられるというのが本音です。少しでも周りの子どもたちに勇気を与えて野球に興味を持ってもらい、実際にプレーしたり、球場に足を運んでもらえれば嬉しいなと思っています。今後は自分が行なっているNICUへのサポートをもっと大きくしていきたいですね」

 憧れのプロ野球選手と身近に触れ合うことができる子どもたちはもちろん、支援を行なっている選手側も勇気をもらえる……。彼らがマウンドやフィールドで活躍する裏には、そんな理想的なサイクルがあったのだ。

◆プレッシャーに向き合うには切り替えと準備を

 プロ野球選手というとまったく違う世界で生きているようにも思えるが、その働き方には一般的なビジネスパーソンにも共通する要素やヒントがある。社会人野球出身の増田投手は、両方の世界を経験している選手の一人だ。社会人時代のワークライフバランスについては、やはり仕事と野球を両立させる難しさがあったという。