2022年カタールW杯アジア2次予選が迫ってきた。日本の初戦の相手はミャンマー。森保監督はこの試合にどんなメンバーを送り出すのか。

 注目されるのは「ベストメンバー度」だ。100に近いほど好ましくない。その値をどれほど下げられるか。その度合いから、森保監督の代表監督としてのセンス、力量をうかがい知ることができる。

 ミャンマーに限らず、W杯2次予選を戦う相手(その他はキルギス、モンゴル、タジキスタン)のレベルは低い。ちなみにタジキスタンとは8年前、ザックジャパン時代(ブラジルW杯アジア3次予選)にも対戦し、ホーム8-0、アウェー4-0で勝利を収めている。五輪チーム級を送り込んでも大丈夫すぎる弱者ながら、ザッケローニはほぼその時のベストメンバーをスタメンに並べて戦った。
 
 またそれは前回のハリルホジッチも同じだった。予選の初っ端から海外組が多くを占めるベストメンバーを送り込んだ。
 
「その時のベストメンバー」は、カタールW杯が行われる2022年11月には3歳、確実に年齢を重ねている。現在は100でも3年後は80になっている可能性が高い。代表チームが求めるべきは3年後の100なのだ。
 
 このベストメンバーで戦いたがる癖。代表チームに限った話ではなかった。Jリーグを含め日本のあちこちで見られる傾向だった。サッカー協会の3代前の会長だった犬飼基昭氏(2008年〜2010年)は当時、Jリーグの各チームが、カップ戦にベストメンバーを送り込まなくなっていることに立腹。ちょっとした騒動になったことがあったが、令和になったいま、当時の犬飼サン的な言葉を吐く人はいない。

 ここ何年かの間に少なくともサッカー界は「ベストメンバー」ついてかなり学習した。ベストメンバーで臨まないと視聴率が上がらないとか、そうした広告代理店ぽいというか、競技の本質から外れた余計な意見を言い出す人も減っている。

 今年6月に行われたコパアメリカに招待された日本は、諸事情によりベストメンバーを送り込むことができない状況に陥った。Jリーグ、アジアチャンピオンズリーグと日程が重なったこと。日本サッカー協会が海外組を拘束する力を持ち合わせていなかったこと(今年アジアカップで選手を招集しているので)も輪を掛けた。

 ご承知のように、東京五輪候補選手を中心とする若手主体のチームで臨むことになった。結果はグループリーグ落ちだったが、そのことに悪い印象を抱いた人は少ないはずだ。ベストメンバーを送り込まないよさを見た気がした。たとえば、もしこのコパアメリカに臨んだメンバーで9月に始まるW杯の2次予選に臨んだとしても、悪く言う人はいないはずだ。

 久保建英の招集を見送ったとしても、いまはマジョルカでスタメンを勝ち取り、スペインリーグで活躍することが先決だと多くの人が口にするに違いない。コマーシャルメリットがあるからと無理矢理、呼ぼうとする動きに対して、賛同する人は少ないと思われる。

 世界の常識は日本の非常識と言われることがよくあるが、令和のいま、サッカーに関しては8割方、浸透したとみていいだろう。時代は変わった。森保監督もその一翼を担う人であって欲しい。

 世界の常識が、気がつけば浸透していたもの。その一番がベストメンバーとするなら、2番目は布陣だ。その昔、たとえば15年前、その重要性はほとんど叫ばれていなかった。布陣の話をすれば、サッカーは布陣でするものではないとうるさがる人は、そうではない人を大きく上回っていた。

「試合が始まってしまえばポジションなんてあってないようなもの」と、テレビの解説者は、当たり前のように話していた。

 割り当てられたポジションから大きく離れてプレーする選手は、世界に比べ圧倒的に多くいた。そしてそれは「流動的な動き」と称され、肯定された。