JR各社に残る国鉄形電車を全チェック! 〜〜103系から713系電車まで〜〜

 

現代の鉄道車両のようにおしゃれではない。角張っていてやや武骨ですらある。しかし、長年にわたり見て乗って、お世話になってきた車両には、おしゃれさに勝る親しみが持てる。国鉄時代に生まれたことから「国鉄形車両」と呼ばれる車両たち。

 

そんな“老兵”たちが、徐々に姿を消しつつある。この秋にも消えて行く予定の車両がある。残る国鉄形車両を網羅、各車両の引退はいつごろになりそうなのか。現状を2回に分けて見ていこう。まず1回目は国鉄形電車から。

 

 

【はじめに】車歴30年以上となりつつある国鉄形車両の現状

JRが国鉄なって早くも30年以上の時がたつ。国鉄を知らない世代も多くなってきた。そこで、まずは国鉄のJR分割化について触れ、さらに国鉄形車両とはどのような車両を指すのか、整理しておこう。

 

国鉄(日本国有鉄道)は国が所有する鉄道を運営した公共企業体。最盛期には全国津々浦々に路線網を張り巡らした。長年の放漫経営など、さまざまな要因が重なり、債務が雪だるま式に増えていく。その打開策として、国鉄分割民営化が進められた。国鉄は解体され、1987(昭和62)年4月1日に6つの旅客鉄道会社と、1つの貨物鉄道会社が発足した。JRグループの誕生である。

 

この1987年3月までに開発・製造された車両を国鉄形車両と呼ぶ。国鉄時代に設計・開発され、製造はJRとなった後まで続けられた車両であっても、開発・製造開始された時期が国鉄時代であれば、本原稿では国鉄形として扱いたい。

 

↑国鉄形特急電車の代表的な存在だった189系電車。晩年は中央本線で臨時特急などに使われた。2019年6月25日に写真のN102編成が除籍され、189系という形式自体が消滅してしまった。こうした形式自体が消滅してしまう国鉄形車両が今後、増えていきそうだ

 

国鉄がJRになって、すでに32年の歳月が経つ。国鉄形車両の大半が30年以上という車歴を持つようになった。JRが生まれた以降に開発・製造されたJR形の車両ですら、すでに引退した車両も出始めている。先輩格の国鉄形車両がいつ消えていっても不思議がないといった現状である。

 

さらに消える時はサヨナラ運転すらなしにひっそり消えていく車両も多い。まだ大丈夫だろう、と思っていたら、いつの間にか消えていた、なんてことも。早めに乗りおさめ、撮りおさめしておいた方が賢明なのかも知れない。

 

なお記事内の現存車両数は2019年4月1日現在のもの。それ以降、車両数が減っている形式もあるので注意していただきたい。

 

【国鉄形103系】大都市のラッシュ輸送を支えた通勤電車

製造年 1964年〜1984年(現存車両数63両) 残る路線 JR西日本:奈良線、和田岬線、播但線、加古川線

JR九州:筑肥線・唐津線

 

太平洋戦争後、物資の不足から、大都市圏の路線でさえも、長い間、戦前・戦後すぐ生まれの旧型電車(旧型国電)が多く使われていた。

 

そうした状況のなか、新時代の車両として生まれたのが、国鉄初の標準形電車101系であり、その進化形の103系であった。101系や103系は当時の電車の車両造りに大きな変革をもたらした新性能電車で、103系にいたっては計3447両という大量の車両が造られ、各地で活躍した。

 

↑奈良線を走る103系車両。JR西日本の国鉄形車両の多くは、改造工事が進められ延命が図られた。そんな中で奈良線の103系は、103系のオリジナルの姿を色濃く残す。ウグイス色のその姿を懐かしく感じる人も多いことだろう。間もなく引退となりそうだ

 

長年、走り続けてきた103系だったが、各社から徐々に姿を消していき、今ではJR西日本とJR九州に残るのみとなった。JR九州の車両は、残念ながら正面の形が大きく異なるため、103系とはいうものの、国鉄形らしさは薄れている。

 

今残る103系で注目されるのが、やはりJR西日本の車両だろう。奈良線、和田岬線、播但線、加古川線(103系ながら形は大きく異なる)でその姿を見ることができる。中でも奈良線はこの秋に消えるという情報もあり、注目度が高まっている。また和田岬線も103系のオリジナルな姿に近いこともあり、鉄道ファンの姿を沿線で見かけることが多い。奈良線、和田岬線両線とも、乗るなら今のうちだろう。

 

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【国鉄形105系】旧型国電が多かった地方路線の近代化に貢献

製造年 1981年〜1990年(現存車両数68両) 残る路線 JR西日本:和歌山線・桜井線、福塩線、宇部線・小野田線など

 

大都市圏に101系や103系が配置されたことにより、追われた旧型電車(旧型国電)はその後、地方の電化路線で使われていた。使われた時期は長く、1980年代まで続く。そうしたローカル線の近代化を図ろうと造られたのが105系だ。

 

2両という短い編成で走れたため、ローカル線の運用に重宝がられた。105系には新造された車両と、103系の改造車があり、計126両が製造された。

 

↑和歌山線を走る105系。車両の先頭の形は、写真のような103系に近い姿を残した改造車両と、やや丸みを帯び、前照灯が正面の窓の下に付く車両がある。長年、走り続けた和歌山線・桜井線の105系だが、2020年の春までには消える予定だ

 

105系は現在のJR東日本とJR西日本の路線に配置された。東日本に配置されたのは仙石線のみで、すでに残っていない。一方、西日本の路線へ配置された車両は減ってはいるものの、今も走り続ける。

 

そうしたなかで、和歌山線、桜井線を走る105系がまず消えていきそうだ。2020年の春までに、新型227系電車が計56両、導入される。227系はすでに走り始めていて、同路線に残っていた117系はすでに消え、そのあとを追うように今後105系も撤退することになる。

 

山陽地方では、広島地区の可部線などの運用はすでに無く、残るは福山を起点とした福塩線の電化区間(福山駅〜府中駅間)と、山口県内を走る宇部線など、運行区間が狭まりつつある。とはいえ後継車両の増備はまだ先のことで、しばらくは走り続けそうだ。

 

 

【国鉄形113系】近郊形電車として長年走り続けてきた

製造年 1963年〜1982年(現存車両数132両) 残る路線 JR西日本:湖西線・草津線、山陽本線、播但線、山陰本線など

 

113系は国鉄を代表する近郊形電車として生まれた。それまでの近郊形電車は2扉のみで、ラッシュ時の輸送に限界があった。そのため113系の元となった111系が3扉、デッキなしという姿でまずは登場した。

 

111系のモーターを強化したのが113系だ。最初に投入されたのが東海道本線の東京〜静岡地区ということもあり、“湘南電車”として親しまれた。その後に、北海道と九州を除く、各地の直流電化区間に投入されていった。

 

↑湖西線を走る113系。京都地区を走る113系と117系は京都・北近畿地区地域統一色の深緑色に塗られている

 

計2977両という“大所帯”だった113系だが、かなり減ってしまった。この春にはJR四国から姿を消し、113系が残るのは今ではJR西日本のみとなった。残っているなかで目立つのは湖西線と草津線を走る113系。朝夕、京都駅の在来線ホームには必ずといって良いほど、この113系の姿がある。鉄道ファンにとっては気になる存在といって良いだろう。

 

ほか岡山地区では瀬戸内地区地域統一色の濃黄色の113系が走っている。両地区ともここ数年はまだ安泰なようだが、227系などの新造が続けば、徐々に消えていく運命は免れないようだ。

【国鉄形115系】寒冷地区、勾配区間でその力を発揮した

製造年 1963年〜1983年(現存車両数312両) 残る路線 JR東日本:越後線、弥彦線、信越本線など。

JR西日本:山陽本線、播但線、宇野線、山陰本線など

 

113系の元となった111系は非力で勾配区間などでの運行が危ぶまれた。そこで113系とともにモーターなどを強化、さらに山間部や寒冷地、急勾配路線用に造られたのが115系だった。113系とともに近郊形電車を代表する車両となり、計1921両という車両が造られている。

↑JR東日本では新潟地区のみに残る115系。6色のバリエーションがあり鉄道ファンの注目度は高い。新潟地区では越後線で出会うチャンスが高い

 

↑大きく姿を変えたJR西日本の115系。編成を短くし、先頭車を増やすため、中間車にそのまま運転席をつけた特異な姿となった。従来の姿の115系に混じって走る。JR西日本では岡山地区と下関地区に115系が多く残り、今も第一線で活躍している

 

各地を走り続けた115系も現在は最盛期に比べれば2割弱が残るのみとなっている。特にJR東日本からは多くの115系が姿を消した。今では新潟地区に21両が残るのみとなっている。3両×7編成はカラーが6通りあり、その動向に注目する鉄道ファンも多い。

 

新潟地区では、E129系の増備が続いていることもあり、ここ数年で残り少ない編成も消えていく運命となりそうだ。少しでも長い活躍を祈るのみである。

 

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【国鉄形117系】京阪神の看板列車「新快速」用に生まれた

製造年 1979年〜1986年(現存車両数96両) 残る路線 JR西日本:湖西線・草津線、山陽本線など

 

京都〜大阪〜神戸間を走る東海道本線には「新快速」という国鉄の看板快速列車があった。その列車用に開発されたのが117系で、競走する私鉄に劣らない客室設備を備えていた。好評だったことから、その後に東海地区にも投入され活躍した。計216両の車両が造られている。

 

↑京都市内を走る117系。吹田総合車両所京都支所に配置される車両は計52両で、湖西線・草津線の運用に使われている。今ならばまだ貴重な姿を楽しむことができる

 

かつての看板列車117系も、現在は、JR東海からは全車両が引退。残りはJR西日本のみとなっている。JR西日本でも、和歌山地区からは撤退、岡山地区で走る機会が少なくなり、多くの車両が残るのは、京都地区のみとなっている。

 

消えつつある117系を新たに活かす動きも生まれている。JR西日本では、117系を改造、新たな長距離列車とする計画を発表している。グリーン車2両、普通車3両、フリースペース1両という6両編成で、名は「WEST EXPRESS 銀河」。2020年春の登場予定とされる。

 

どのような新117系列車が登場するのか、楽しみにしたい。

 

【国鉄形123系】荷物電車を改造して生まれたユニーク車両

製造年 1986年〜1988年(現存車両数5両) 残る路線 JR西日本:宇部線・小野田線

 

国鉄時代には鉄道が荷物と郵便の輸送に使われていた。専用に荷物電車があったほどである。そんな荷物輸送用に造られた電車を改造したのが123系だ。

 

なぜ改造したのか。それまで最小単位の電車は105系だった。この105系の場合に、2両1単位の電車編成が必要とされた。これでは閑散区で無駄が生じてしまう。そこで荷物輸送が消滅し、余剰となっていた荷物電車を改造、123系とした。計13両の123系が造られている。

 

↑宇部線を走る123系。瀬戸内地区地域統一色の濃黄色で塗られている。主に宇部線、小野田線といったローカル線を走り続けている

 

JRとなった後に、JR東日本とJR東海、JR西日本に引き継がれたが、今も残るのはJR西日本のみ。5両が小野田線、宇部線などの路線を走り続けている。

 

JR西日本では、1両で走ることができる電車はほかに125系のみとなっている。125系は小浜線と加古川線で使われているが、宇部線、小野田線用の車両の増備はまだ先の模様。しばらくは、元気に走る姿を見ることができそうだ。

 

 

【国鉄形185系】特急踊り子や湘南ライナーとして活躍中

製造年 1981年〜1982年(現存車両数137両) 残る路線 JR東日本:東海道本線・伊東線など

 

185系は国鉄が特急用としてだけでなく、通勤通学用に使えるよう、製造した電車。東海道本線を走る「踊り子」や、都心と群馬県を結ぶ「あかぎ」などの特急列車に使われると共に、湘南ライナーなどの通勤用列車に使われてきた。特急形電車であるものの、他の用途にも使える汎用性が高い電車でもある。

 

↑伊豆箱根鉄道駿豆線を走る特急踊り子。富士山をバックに走る姿は同線のシンボルともなっている。今後、E257系の導入により、どのように変っていくのか興味深い

 

すでに国鉄形特急電車の多くが引退となっている。185系は首都圏で唯一残る国鉄形特急となっている。とはいえ、185系は鉄道ファンにあまり人気が無い。汎用性が高い車両であるがゆえの宿命なのだろうか。また特急形電車の標準スタイルでもあった、高運転台でないことも不人気の理由なのかも知れない。

 

そんな185系も転機が訪れている。すでに群馬地区の運用がなくなり、現在は特急踊り子と湘南ライナーなどの列車を残すのみ。それらの運用も、ここ数年で大きく変わりそうだ。E261系という全車グリーン車が2020年春に導入の予定で、このことで185系と併存して使われる251系スーパー踊り子が消えていくことになる。

 

さらに中央本線の運用から撤退したE257系が模様替えされ、185系と入れ換えとなる。車両数が多い185系だけに、全車両が入れ換えとなる時期はやや先の2020年以降となりそうだ。

 

特急「踊り子」はJR東日本のみの路線だけでなく、JR東海、伊豆箱根鉄道、伊豆急行線という他社線を走っている。E257系を導入にするにあたって、運転や点検整備に関して事前の習熟期間が必要となる。1社のみを走る列車に比べ、ひと筋縄ではいかない問題も出てくるようだ。

【国鉄形201系】国鉄初の省エネ電車として東西を走る

製造年 1981年〜1985年(現存車両数172両) 残る路線 JR西日本:関西本線(大和路線)・おおさか東線など

 

101系や103系で大都市圏の電車の近代化を果たした国鉄だったが、次に課題になったのが、省エネルギーという問題だった。そのために電機子チョッパ制御という技術を採用して登場したのが201系だった。

 

省エネには役立った201系だったが、コスト高が問題となり、製造されたのは計1018両と控えめの車両数となった。

 

↑関西本線(大和路線)を走るウグイス色の201系。同線の主力車両となっている。JR西日本の国鉄形車両は大きく更新された車両が多いが、この車両も側面の窓など、大きな改造が施されている

 

登場当時は看板車両だったこともあり、東では中央線に、そして西は東海道・山陽本線で運用された。その後には京葉線や、大阪環状線でも運用された。

 

そんな201系も、JR東日本ではすべてが引退、JR西日本でも、長らく走り続けてきた大阪環状線での運用が2019年6月7日で終了となった。残りは関西本線(大和路線)・おおさか東線などになっている。両線には大阪環状線を走った201系も転属されてきたこともあり、少なくともここ数年は201系の活躍を見ることができそうだ。

 

 

【国鉄形205系】おもに首都圏で活躍するステンレス製電車

製造年 1984年〜1994年(現存車両数475両) 残る路線 JR東日本:武蔵野線・京葉線、鶴見線、南武支線、仙石線など。

JR西日本:奈良線など

 

201系で省エネルギーに取り組んだ国鉄だったが、使われた機器が高価で、コスト高に苦しんだ。そこで開発されたのが205系だった。この205系から車体が鋼製からステンレス製となり、軽量化、塗装費などのコストダウンに結びついた。

 

国鉄の晩年となった時期からJRとなった後にも製造が続けられ、201系よりも多い計1461両の車両が誕生している。

 

↑武蔵野線を走る205系。初期の姿・形を残した車両が今も同線を走る。とはいえ、同線でも205系は徐々に減りつつあり、代わりに209系やE231系の導入が進められている

 

JR東日本とJR西日本に引き継がれた205系。JR西日本の205系は36両と少なめで今は主に奈良線を走っている。

 

一方のJR東日本に残る車両は今も大所帯で、武蔵野線をはじめ、東北本線、鶴見線、仙石線などを走り続けている。とはいえ減る傾向が顕著になりつつある。まずは南武線、八高線・川越線を走っていた205系の運用が終了した。

 

さらに車両数が多かった武蔵野線も、中央・総武緩行線を走っていた209系やE231系が転入、増えるにしたがって205系が消える傾向が強まっている。

 

そんな205系だが、引退後に、そのまま海を越えて、インドネシアへ引き取られている。ジャカルタ首都圏の路線を運行する鉄道会社、PT KAIコミューター・ジャボデタべックでは新車両として205系が導入されている(車両形式も205のまま)。日本を引退しても海外で活躍する国鉄形車両たち。日本で走り続け、さらに海外でも走り続ける車両は健気そのもの。車両技術の素晴らしさには誇りを感じざるを得ない。

 

【国鉄形211系】近郊形電車として今も大多数が活躍中

製造年 1985年〜1991年(現存車両数576両) 残る路線 JR東日本:中央本線、上越線・両毛線・信越本線など。

JR東海:東海道本線など

 

長年にわたり活躍した近郊形電車の113系、115系。両形式に代わる車両として開発されたのが軽量ステンレス製の211系だった。国鉄の晩年にあたる1985年に開発・製造され、JRに移行後も増備が続いた。

↑東海道本線で今も主力として活躍するJR東海の211系。新型の313系との連結も可能で、まだまだ一線で活躍しそうだ

 

国鉄時代に生まれたとはいえ、JRとなった後にも増備が図られた車両で、国鉄形という印象は薄いが、車歴は長くなりつつあり、徐々に一線をしりぞき始めている。

 

JR東日本の211系は首都圏近郊の東海道本線や高崎線、東北本線での運用はすでに行われていない。連結していたグリーン車が外され、115系の後を引き継ぐように、群馬地区の各路線と、中央本線の近郊区間を走り続けている。

 

またJR東海の211系は、後進の311系、313系と連結が可能で、東海道本線などの主力車両として走り続けている。いずれも今後、かなり長い期間、走り続けることになりそうだ。

 

ちなみに、JR西日本でも211系が製造されたが、団体・イベント用の車両2両のみで、すでに引退している。

 

 

【国鉄形213系】211系の2扉型という特異な姿の電車

製造年 1987年〜1991年(現存車両数56両) 残る路線 JR東海:飯田線など。JR西日本:山陽本線、宇野線、播但線など

 

211系と同じ正面スタイルの213系。大きな違いは211系が3扉車であるのに対して、213系が2扉車というところ。コストを削減するために、211系と多くの機器が共通化されている。

 

ちなみに開発製造は1987年と、国鉄最終年で、国鉄として最後の「新規系列車両」でもあった。国鉄当時に製造された基本番台は岡山地区用に。その後、JR東海が関西本線名古屋地区向けに製造した213系は5000番台とされている。

 

↑JR西日本の播但線で活躍する213系。211系を見慣れていると、2扉というのはちょっと異質な印象がある。利用客が少なめの路線ではちょうど良い造りのようだ

 

211系に比べるとやや少なめの製造車両数となった213系。JR西日本では岡山地区で活用される。

 

一方のJR東海では、最初に投入された関西本線での運用はなくなり、現在は、飯田線での運用がメインとなっている。飯田線の路線の北側の終点は辰野駅だが、列車のほとんどがJR東日本の岡谷駅や、一部の列車は上諏訪駅まで乗り入れる。211系とほぼ同じ造りだけに、JR東日本管内での運用も容易なのだろう。

【国鉄形381系】カーブを快走!自然振子式を採用した特急電車

製造年 1973年〜1982年(残存車両数62両) 残る路線 JR西日本:山陽本線・播但線・山陰本線

 

カーブが多い日本の鉄道路線。山間部を走る路線を少しでも早く走れるように、軽量、低重心化、さらに振子装置を装備、開発された特急形電車が381系だった。最初は中央本線を走る特急「しなの」に使われ、その後に阪和線・紀勢本線を走る特急「くろしお」、1982年には山陽と山陰を結ぶ特急「やくも」に導入されている。ちなみに現在残る国鉄形特急としては高運転台の姿を残した唯一の車両となっている。

 

↑カーブが多い伯備線を走る381系。特急「やくも」として岡山駅〜出雲市駅を結ぶ。振子式の特徴でもある車体を傾けつつカーブを通り抜ける

 

日本初の振子装置を装着した381系だが、スピードアップにつながったものの、「しなの」「くろしお」はすでに381系の運用はなくなっている。残る381系の運用は「やくも」のみだが、車両変更等の話は聞かれないことから、今しばらくは走り続けることになりそうだ。

 

ちなみに381系の振子装置は自然振子式と呼ばれるもの。酔いやすいなどの利用者の声があったことから、その後に取り入れられた振子装置は改良され、制御付き自然振子式、および空気ばねによる車体傾斜システムが利用されている。そのため381系に比べ、乗り心地は格段に向上している。

 

 

【国鉄形415系】交直流両用電車として今も欠かせない存在に

製造年 1971年〜1991年(残存車両数163両) 残る路線 JR西日本:七尾線など。JR九州:鹿児島本線、日豊本線など。

 

国鉄の電化区間は、当初は直流方式が多かった。電化区間が地方に広がるに連れて、交流方式が多くの区間に取り入れられていく。とはいえ交流電源には商用周波数が東日本50ヘルツ、西日本60ヘルツと地域で異なる問題があった。

 

415系は直流電源、交流50ヘルツ、交流60ヘルツの3電源に対応した車両。初期の車両は、鋼製で113系・115系に近い姿を持つ。一方、後期の車両はステンレス製の車両となっていて、姿・形が大きく異なる。

 

↑日豊本線を走る415系。JR九州では唯一の交直流両用電車ということもあり、鹿児島本線、日豊本線といった幹線で活用されている

 

↑国鉄の最晩年の1986年から製造された415系1500番台。ステンレス製の車体で初期の415系とは大きく異なる姿・形となっている

 

415系はJR東日本とJR九州に引き継がれた。その中でJR東日本の車両はすべてが引退している。

 

一方のJR九州の車両は多くが今も利用されている。その理由としては、JR九州としては唯一の交直流両用電車で、便利な存在ということがあげられる。JR九州の鹿児島本線の一部列車は関門トンネルを越え、JR西日本の下関駅まで走る。門司駅構内に交流から直流に切り替える、交直セクション区間があり、そこを越えられるのは415系のみという事情がある。

 

JR九州では415系以外の車両は交流か、もしくは直流のみを走る電車のみしかない。そこで今も415系が必要なわけである。

 

九州では新型の821系が走り始めている。この821系は残っている415系の後継車両として導入された。821系は交流電車だが、415系の車両数が多いことから交流区間の運行の引き継ぎ用に造られた。

 

鍵となる関門区間の運行だが、将来はYC1系蓄電池搭載型ディーゼルエレクトリック車両(ハイブリッド車両)、もしくは、BEC819系蓄電池駆動電車といった車両の進化タイプが使用されることになりそう。821系を含めて新車両の増備にはまだ期間が必要となりそうで、しばらくの間は415系の活躍が期待できそうだ。

 

↑JR西日本にも415系が走る。こちらは113系を改造して交直流両用電車とした車両。415系800番台となる車両で、1991年とJRになった後に改造が行われた。現在は七尾線(IRいしかわ鉄道を一部走行)を走っている

【国鉄形485系】交直流区間の特急列車として走った電車だが

製造年 1964年〜1979年(現存車両数26両) 残る路線 JR東日本:羽越本線など、観光車両としてのみ残存

 

485系は交直流区間を走る特急列車用に計1453両(信越本線の横川〜軽井沢間通過用の489系も含む)が製造され、在来線の特急列車の高速化に貢献した。

 

ここでの紹介は特異なケースとなるが、すでにオリジナルな姿を残す現役車両はない。2016年3月で運用終了した特急「白鳥」が485系(この車両も更新車両ではあったが)の最後の定期運用車両となった。

 

現在残る485系は、ジョイフルトレイン用に改造された車両のみとなっている。

↑羽越本線を走る快速列車「きらきらうえつ」。この列車は485系の改造車両。交直流をまたいで走ることができる485系は観光列車として便利なこともあり、「ジョイフルトレイン」に改造された車両も多かった

 

485系を改造したジョイフルトレインも、少しずつ消えつつある。上記のきらきらうえつは、2019年9月末で運転が終了されることになっている。10月5日からはHB-E300系「海里(かいり)」が代わりに走り始める。

 

「きらきらうえつ」が消えることにより、残る485系を改造したジョイフルトレインは、「華」「リゾートやまどり」「ジパング」の3編成のみとなった。形はがらりと変ったものの、485系のDNAを受け継ぐ車両たち。少なくなっていくのは、やはり寂しいものがある。

 

 

【国鉄形713系】8両のみが造られた珍しい交流電車

製造年 1983年(現存車両数8両) 残る路線 JR九州:日豊本線

 

1980年代まで国鉄の路線には電気機関車が客車を牽く列車が多く残っていた。九州でも客車列車が運行されていた。しかし、客車列車は運行しづらく、不効率だった。そこで開発・製造されたのが713系交流電車だった。国鉄の晩年という時期で紆余曲折あり、製造が進むうちに既存の別形式を流用しようと方針転換されたことから、713系はわずか8両のみの製造に留まった。

 

しかし、713系開発時に培われた技術は、その後のJR九州で活躍する特急形電車の783系、787系といった車両開発時に活かされている。

 

↑713系は日豊本線の宮崎地区のみで使われる。限られた路線のみを走り、また車両数も少ないことから、なかなか乗る機会、見る機会がない電車だ。現在は赤色に塗られ「サンシャイン」という愛称が付く

 

8両のみという希少車両の713系。宮崎空港開業に合わせ、赤色の塗装となり、座席は特急形車両の485系のものに変更。愛称も「サンシャイン」とされた。全車が今も残り日豊本線の宮崎地区を走り続けている。

 

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