銀行や証券会社を信じすぎると、思わぬ落とし穴にハマってしまいます(写真:xiangtao/PIXTA)

多少まとまったお金が入ったとき、それをどこに置いておくかで悩む人は少なくないでしょう。退職金も同じ。しかもいっぺんに受け取ると、金額はまとまったものになります。

さすがに退職金を1度に使い切る人はいないでしょう。そもそも老後の大事な生活資金のはずですし、使う計画だけでなく「上手に運用する計画」もきちんと考えておく必要があります。ここで大きな問題は「その相談を誰にするのか」。相談する人を間違えると地獄を見るので要注意。今回も『50歳を過ぎたらやってはいけないお金の話』を出版した、人気ファイナンシャルプランナーの山中伸枝氏が退職金について解説します。

銀行や証券会社で退職金の相談をしてはいけない

私がお客様からの相談をお受けするときは大概、銀座のレンタルオフィスで2時間程度、お話を伺いつつ、解決策を提案させていただきます。もちろん初対面ではお客様も緊張と警戒心から、なかなかホンネでお話できないでしょうから、まずは事前にメールでご相談の概要を伺ったうえで、最初のミーティングに臨みます。


お客様の相談の内容は、ライフプランニング、節約、子どもの教育資金、ご自身の老後資金、資産運用など多岐にわたりますが、私はどこの金融機関にも属さないFP(ファイナンシャルプランナー)なので、お客様に具体的な金融商品をお勧め・販売することはありません。

FPの資格だけで具体的な金融商品をお客様に推奨すると、逆にそれは法令違反に問われるおそれがあります。「ファイナンシャルプランナーにお金の相談をすると、投資信託や保険商品を売りつけられるのではないか」と思っている人もいらっしゃるようですが、このように本来は誤解です(実際は法令違反をしている人もゼロではないようです)。

その一方、ことお金の運用に関していえば、銀行や証券会社の窓口で相談することのほうが実は何倍も、何十倍も危険だと私は思います。

私が相談を受けたお話をもとに例を挙げましょう。Aさんは定年を迎えたばかりの65歳。退職一時金として2000万円を受け取りました。でも、ここで問題発生。2000万円ものお金が普通預金口座に振り込まれたのはいいのですが、これまでそんな大金を手にしたことがないので、どうしたらいいのかわかりません。

定期預金にしてもこの超低金利ですから、利率は年0.01%。全額を預けて10年運用しても、利息はたったの2万円です。いくら元本安全性が高いといっても、10年で2000万円が2002万円ではお話しになりません。どうしようか悩んでいたところ、退職一時金が振り込まれた銀行から1本の電話がかかってきました。

「いつもお世話になっております。この度は定年おめでとうございます。当行の支店長が一度、ごあいさつに伺いたいと申しておりまして」とのこと。

再雇用で働いているとはいえ、現役時代に比べれば時間に余裕があるので、Aさんは自ら銀行の支店に出向いたそうです。すると、そこで応接室に通され、革張りのソファに座っていたところ、支店長が現れました。あいさつに始まり現役時代の話、出身地や学生時代の話など、とりとめもない会話を交わしているうちに、支店長はAさんが通っていた大学の後輩であることが判明。2人の距離が一気に縮みました。

Aさんはすっかり気をよくして、「支店長、同じ大学のよしみだ。何か必要なことがあったらいつでも相談に乗るよ」と言い、支店長は「ありがとうございます、センパイ」と、かわいい後輩のふりをしたそうです。

それから数日後。支店長がAさんの自宅を訪ねてきました。たまたま近くの取引先に新人行員とあいさつに来たついでだそうです。手土産を持って「センパイ、図々しいことだと承知のうえでお願いします。うちの新人行員は仕事熱心なのですが、なかなかお客様が増えません。センパイは現役時代、営業担当者としてすばらしい業績を残していらっしゃる。営業の秘訣を彼に教えていただけませんか」。

自尊心をくすぐられ「7%の定期預金」セールスに

これがAさんの自尊心をくすぐったようです。「君、何かあったらいつでも来なさい。支店長は私の後輩だ。後輩の頼みとあっては断れない。何でも言ってくれ」。

ということでこの新人君、早速、Aさんのところを再訪しました。「A様。退職金の2000万円が普通預金のままですが、A様にピッタリの運用商品があるからお勧めしてみてくれと支店長から言われて参りました。このプランをご購入いただくと、定期預金の利率が7%になります」。

パンフレットには「ご退職者特別プラン」と書かれています。簡単に説明すると、預け入れた金額のうち半分を定期預金で、残り半分を投資信託で運用するというパッケージプランでした。確かに定期預金の利率は年7%です。結局Aさんは何も疑うことなく、このプランを購入しました。2000万円のうち1000万円を定期預金に。残りの1000万円はアジア株式を組み入れて運用する投資信託を選びました。

ところが、このプランには大きな落とし穴があります。

まず、定期預金の年7%という利率ですが、これは当初3カ月間だけにしか適用されず、それ以降は通常の定期預金利率になってしまうのです。つまり、年7%といっても、3カ月間の期間収益はその4分の1に相当する1.75%にしかならないのです。

「それでも普通の定期預金利率は年0.01%なのだから、3カ月間の期間収益が1.75%なら、それでも御の字ではないか」という意見もあるでしょう。でも、このプランにはもうひとつの落とし穴があるのです。問題は、定期預金と抱き合わせで買わされる投資信託です。Aさんが選んだアジア株ファンドの購入手数料は3.24%もあるのです。

「高い手数料」と「運用リスク」で500万の損

計算してみましょう。2000万円のうち1000万円を定期預金で運用しました。3カ月間の利率は年7%。3カ月間で実現する利息は17万5000円です。「ん?悪くないじゃん」という声が聞こえてきそうですが、残り1000万円でアジア株ファンドを購入する際に支払う購入手数料は、1000万円に対して3.24%ですから、実に32万4000円にもなります。

定期預金で17万5000円の利息が得られたのに、一方で投資信託を買うのに32万4000円もの購入手数料を支払わせられるのです。ちょっと計算すれば、これがいかにバカバカしいプランか、おわかりいただけると思います。

Aさんの場合、さらに大きな問題を抱えていました。アジア株ファンドの運用成績がガタ落ちになり、1000万円分を購入したのに、今の基準価額で計算したところ、何とほぼ半額の500万円程度にしかならなかったのです。それでも、ファンドによっては持ち続ければいつか回復するという期待も持てたのに、Aさんが買ったファンドは解約が相次いで運用資産がどんどん減り、ついに繰り上げ償還が確定したそうです。つまり、500万円まで目減りした資金が、1000万円まで回復する機会をえられず「強制終了」となり、償還によって現金が手元に戻ってきてしまいます。

これは悲劇としか言いようがありません。定期預金は元本割れしないものの、利率は低いままなので、投資信託で生じた損失をカバーすることなど到底できません。結局Aさんは、2000万円あった退職金をあっというまに500万円以上も減らしてしまったのです。

Aさんは、大学の後輩と称して近づいてきた支店長に、何かひとこと言わなければ気が済みません。支店に電話をかけて、支店長に出るよう伝えたところ、驚愕の答えが返ってきました。

「A様、申し訳ございません。支店長は先日の人事異動で〇△支店に赴任しました。もし何かございましたら、新任の支店長に伝えておきますが……」。聞くところによると、新人君もすでに他の支店に異動したとのこと。銀行にとってAさんは絶好のカモだったのです。傷心で私の元にお見えになったAさん、これからの生活を立て直すべく、ライフプランニングの再構築中です。