松岡修造氏が語る、錦織圭の“GS8強の壁”打破の条件とは【写真:WOWOW】

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「全米オープン開幕特別インタビューvol.1」、男子注目ポイントを松岡氏が展望

 テニスの4大大会今季最終戦・全米オープン(WOWOWで連日独占生中継)が26日に開幕する。男子は悲願のグランドスラム制覇を目指す錦織圭(日清食品)と、女子は大会連覇の偉業がかかる大坂なおみ(日清食品)に注目が集まる。そんな一大決戦を、どうすればより楽しめるのか、大会を中継するWOWOWで現地から解説を務める松岡修造氏に聞いた。

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 錦織は5大会連続グランドスラム8強に進み、大坂は昨年の全米オープンと今年の全豪オープンを連覇。日本の男女エースの躍進によって、松岡氏もテニス界のかつてない盛り上がりを肌で感じている。

「日本人が今年、最もグランドスラムというものを見てくださったのではないのでしょうか。今年最初の全豪で錦織選手はベスト8に入り、その後の全仏オープンもウィンブルドンもベスト8と続きました。僕の周りのテニスをしない人たちもテニスを最も見ている今年のグランドスラムだったと感じています」

 なかでも、近年の日本テニス界を牽引してきたのが、男子の錦織だ。世界ランク最高4位。今大会は第7シードで大一番を迎える。5大会連続グランドスラム8強という成績を見ると好調に感じるが、松岡氏は収穫と課題を挙げる。

「最近のグランドスラムの結果だけを見ると、ものすごい安定感と、とんでもない成績です。しかも、昨年は(右手首の)大きな怪我で長い間、試合に出られなかった中、これだけ早いカムバックで5位という場所にいられるのは、本当の意味で彼が褒められて、評価されるべきものだと思っています。

 一方で、安定感はあるが、8強に行ってもBIG3と当たると勝てないという見方が膨らんでいることは理解しています。もしかしたら、彼の中にもあるかもしれない。でも、それは誰もが錦織圭という選手に才能があり、できると信じているからこそ、期待が膨らむのだと思います。それを破るのが今大会であってほしい」

 全米オープンは14年に準優勝した舞台。松岡氏も「ボールが軽くて弾むのは彼にとってプレーしやすい環境なのは間違いない」と相性の良さを認めている。では、どうすれば錦織は“8強の壁”を破れるのか。

「昨年の全米の4強と今年のウィンブルドンの8強以外はすべて体力負けをしていました。(8強までに)『体力が残ってなくてプレーできません』というのが今までのグランドスラム。ウィンブルドンの準々決勝で当たったフェデラー戦に関しては間違いなく、テニスで負けた。芝の王者と言われているフェデラーが100%のテニスをされたら、誰もかなわない。でも、毎回フェデラーが100%かというとそうではない。いくらでもチャンスは来ると思っています」

 ウィンブルドンのフェデラー戦は第1セットこそ錦織が会心のテニスで先取したものの、第2セットになるとギアを上げたフェデラーに圧倒された。3セット連取され、逆転負け。ただ、勝ち上がっていく中で、錦織に求められることははっきりしている。

「ゼロ隙・圭」を貫けるか、松岡氏が挙げた「絶対的条件」とは…

「“体力を残した中でベスト8に残ること”が最低条件。テニスは相手がいるものなので、その相手がどんな状況でくるのかを踏まえてプレーしなければいけないが、彼が変えなければいけないことがあるかと言われたら、僕はないと思う。細かい部分でサービスの確率を良くするとかは当たり前のこと。でも、テニスそのもので変える必要は1個もない。ウィンブルドンももしドローが違っていたら決勝まで行っていた可能性だってある。それくらいのテニスをしているのは間違いない。暑い全米だから、絶対的条件は体力を残した中でベスト8圏内に入ってくることでしょう」

 生き残りへ、条件に挙げた“体力を残した勝ち上がり方”。これまでの錦織の戦いぶりについては、松岡氏はメンタル面に課題があったとみている。

「彼がグランドスラムで競った試合は、ほとんど自分が有利な展開。このままストレートで勝つ、このゲームを取れば終わる、という時に一瞬、気が抜けてしまう。ふわっと相手をわざわざ起き上がらせるケースが多かった。相手がすごくてカムバックして接戦になったわけではなく、自分のふとした集中力の問題でもう一度、混戦にさせてしまっていることがほとんど。それは本人も分かっている。今年のウィンブルドンの勝ち上がり方はそういう隙を見せなかった。“ゼロ隙・圭”みたいな感じですかね。そこが圭が一番、理解してやっていたところだったと思います」

 いかに“ゼロ隙・圭”を貫けるか。言うは易しだが、松岡氏は「そう簡単にはいかない」と言う。理由の一つに、錦織より若い世代の台頭を挙げ、「3、4回戦でその選手と100%で当たってしまったら、分からない」と指摘する一方で「それ以上に問題なのは……」と切り出し、「あのBIG3が進化してしまっている」と言った。

 38歳のフェデラーを筆頭として、33歳のラファエル・ナダル(スペイン)、32歳のノバク・ジョコビッチ(セルビア)は衰えを知らない。25歳の世界ランク4位ドミニク・ティエム(オーストリア)、22歳の同6位アレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)、21歳の同8位ステファノス・チチパス(ギリシャ)ら、若手たちの前に未だ立ちはだかる。

「彼らはあの年齢にして上手くなっている。フェデラーのウィンブルドンでの圭との試合は全盛期より間違いなく上手い。ジョコビッチも守備(が武器)だったのがどんどん攻撃しているし、ナダルもどんどんネットについてくるようになって進化している。何が起きているのか、僕も分からないくらい。年齢を重ねながら進化していくテニスを初めて見ている。世界の中でも一番の驚きだと思います」

 悲願のグランドスラム制覇を達成するため、錦織にとっても超えなければならない3人。彼らに勝つために必要なこととは。

「どストレートに言うと、フェデラー、ジョコビッチに関しては100%でプレーしないでほしいということ。彼らはすべての試合で100%かというとそうではない。100%で来られることは年間数回で、そうじゃない確率の方が圧倒的に高い。その100%じゃない時に圭には100%に近いところにいてほしい。ウィンブルドンの第1セットは100%だった。その感覚が試合を通して維持できるかどうか。でも、それは錦織圭ならできます。なぜなら、そういう選手だから。

 すでに錦織選手は自分のテニスを持っている。それをどう出すか。条件は3つあります。第1条件は『体力』、第2条件は『集中力』。この2つがどこまで持つか。第3条件は『自分ができる』と信じるという体力。この3つの要素が重ならない限りは1人に勝っても、2人は無理でしょう。1人に勝つことは可能かもしれないけど、優勝するには若手を含め、強い相手を相当下さないといけない。よくやっていると言ってあげたいが、『優勝するには?』と聞かれると、シビアに答えます」

松岡氏が感じる、29歳・錦織の伸びしろ「テニスは備わっている、あとは…」

 12月に誕生日を迎える錦織は30歳目前。年齢について「フェデラーは錦織選手に対して、大きな希望を与えている。ジョコビッチもナダルも同じです。それぞれ全員プレースタイルが違う。特にナダルのように体力を大事にする人が年齢がいってもこんなにできるんだと」と言う。では、錦織の今後のキャリアを考えると、29歳の今後に伸びしろはあるのか。

「テニスはすでに備わっているので、あとはメンタルでしょう。彼の背丈(178センチ)で安定して頑張っている強さは評価の一つに値する一方で、大事な時に強い選手に『どうした?』というような試合で負けてしまうことが多い選手という評価もある。でも、メンタルサイドは変えることができる。そこをみんな期待しているし、一番期待しているのは錦織圭なんじゃないか。そこを打破した時、彼は何歳まででもやれると思う。

 だってキツイですよ、ほかの人より何倍も動かないといけないから。いざという時に武器となるサービスを持っていないので、プレーに何倍の集中力が必要になる。前向きに『圭は大丈夫です。フェデラーを見てください、何歳でもやれますよ』と気持ちのいいことを言いたいけど、そんな風に簡単に言えば、嘘になってしまう。ただし、伸びしろという意味では、彼の心が変わってくれれば、もっとタフになれば、彼のテニス人生はすごく長くなると思っています」

 今後のキャリアにおいて、松岡氏が「キーポイントになる気がする」と見据えるものがある。東京五輪だ。

「前回のリオ五輪もそうだったけど、日本人の応援があり、グランドスラムではもらえない特別なエネルギーがやってくる。それによって彼のテニス人生は変わるかもしれない。今のままでも、トップ10〜20位くらいでずーっとやるかもしれない。でも、僕らが期待しているのはグランドスラムを獲ってほしい、本当のトップを狙ってほしいということ。そこに圭が行けるかどうか」

 錦織のテニス人生を占う上でも重要となる20代最後のグランドスラム、全米オープン。最後に、これまでなかなかスポーツは好きでも、テニスを熱中して見てこなかったスポーツファンがどうすれば、今大会を楽しめるのか。松岡氏の視点で語ってもらった。

「五輪競技も含め、その選手の生きざまを知っていくと、入りやすいのは確かです。特に『BIG3』に関して言うと、彼らのヒストリーはすでに生ける伝説ですよ。その人たちが今、昔より強くなって一番最先端で、最高のテニスをしている。こんな時代はやってこない。その時代のテニスを今見ないのはもったいなさすぎる。だからこそ『今を本当に見逃すな!』と言いたい。次世代の選手たちが強くなりつつある中、数年後には世界ランキングは変わってしまうでしょう。どちらの時代が面白いかというのは言いたくないけど、今は最高潮でしょうね。男子はこんなにヒートアップしている。こんな時代を解説できる幸せな機会はないですよ」

 悲願のグランドスラム制覇を狙う錦織。テニス史に残る進化を遂げる3人のレジェンド。下剋上を狙う若手。様々な思いが交錯する熱戦の幕開けは、26日だ。(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)