(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)

 参議院選挙で議席を得た「NHKから国民を守る党」(N国)が、いろいろ騒ぎを起こしている。N国の政治的主張は取るに足りないが、こんなお笑い政党が約100万票を取って国政選挙で議席を獲得した状況は深刻だ。その根本には、与野党がNHK受信料制度の矛盾を利用してきた歴史がある。

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N国は選挙制度の盲点をついた「選挙ゴロ」

 受信料の不払い運動は昔からあった。左翼では、朝日新聞の記者だった本多勝一氏が1960年代から不払い運動を続けている。その主張は「NHKは自民党べったりの御用放送だ」というものだが、その後は逆に「NHKは左翼偏向だ」として訴訟を起こす人も出てきた。

 N国にはそういう政治的主張はない。立花孝志党首は元NHKの経理担当職員で、政治的には何も中身がない。「NHKの受信料制度に反対する」と主張しているだけの「シングル・イシュー」政党だが、その選挙戦術は巧妙である。

 今年(2019年)4月の統一地方選挙では、大都市を中心に26人を当選させ、立花氏も東京都葛飾区議会議員選挙で当選した。葛飾区議の定員は40人。有効投票数の2%ぐらい取れば当選できる。

 こういう選挙で、候補者の名前を知っている人は少ないが、「NHK」という名前は誰でも知っている。N国は「NHKと書いた票はわが党の票だ」と主張した。

 このため地方選挙では、候補者にまったく知名度がなくても、有権者が「NHK」と書くだけで当選できるので、大都市ではほぼ全員当選だった。もちろん地方選挙で受信料制度に反対しても意味はないが、N国にとっては選挙は宣伝の道具だった。

 マスコミで名前を売り込むには莫大な宣伝費がかかるが、選挙では供託金だけで名前を売り込める。政見放送で「NHKをぶっ壊す」と連呼するだけで話題になる。こうして地方選挙を宣伝の道具にし、国政選挙で当選するのが立花氏の戦術だった。

 自民党の長期政権が続く中で、どの野党に当選しても政権は交代しない。それならYouTubeで騒いでいる変な党に入れてやろうという「愉快犯」が2%いれば、この選挙戦術は成り立つ。立花氏が何をしたいのかわからないが、数字はよく調べており、選挙制度の盲点をつく「選挙ゴロ」としてはプロである。

政治が受信料制度をおもちゃにしてきた

 こういうシングル・イシュー政党が参議院比例区で議席を取ったのは初めてではない。かつてサラリーマン新党やスポーツ平和党が議席を得たこともあるが、候補者にはそれなりの知名度があった。

 N国はそれに比べても候補者が無名で、公約がNHK受信料しかないという点で特異だ。こんな党が議席を取れた原因は、誰の目にも明らかな受信料制度の矛盾にある。放送法ではテレビを設置した世帯はNHKを見ていなくても受信契約を結ぶ義務があるが、受信料の支払い義務は明記されていない。

 N国はこれを利用して「受信料は払わなくてもいい」と主張しているが、これは誤りだ。政府が答弁したように、受信料を支払う義務はある。これは最高裁判所でも確定した判決であり、立花氏が受信料を払わないのは違法行為である。これは彼も認めている。

 この奇妙な規定は戦後の占領下でできた放送法の欠陥だが、これを与野党が利用した。NHKの予算は毎年2月に国会で審議されるが、これは全会一致で可決することが慣例になっているため、自民党だけでなく野党にも根回ししなければならない。自民党は政府の介入しやすい義務化に賛成だが、野党は「国営化だ」と反対し、結果的に宙ぶらりんの経営形態が続いてきた。

 この状況を変える方向は、2つある。1つは受信料の支払いを義務化して「国営化」に近づける方向だが、これは有料配信技術の普及したインターネット時代には時代錯誤である。経営形態を見直すなら、WOWOWやスカパーと同じように、見た人だけが払う「視聴料」を取る有料放送にするのが自然だ。

 N国の主張する「スクランブル化」はその手段であり、本質的な問題ではない。重要なのは、民営化してNHKの経営が成り立つのかということだ。今のNHKのテレビ6チャンネル、ラジオ3チャンネルを丸ごと民営化したのでは経営合理化にならないので、チャンネルごとに分割することが考えられる。

 この場合、総合テレビは有料放送として十分成り立つだろう。むしろ超優良企業になるので、今の民放の脅威になる。これが民放連(日本民間放送連盟)がNHKの民営化に反対する理由である。

 衛星放送も独立採算で成り立っているので問題ないが、教育テレビとラジオはわからない。これまでNHKでも「チャンネルの整理」は何度も議論されたが、ラジオ第二放送さえ整理できなかった。

お笑いポピュリズムで劣化する政治

 民営化のもう1つの懸念は、政府の答弁では「スクランブル化すると公共放送としての社会的使命を果たしていくことが困難になる」としている。たとえば災害のとき、放送がスクランブル化されて見えなかったらどうするのか。これは災害放送ではスクランブルを外せばいい。衛星放送では、現にそうしている。

 有料放送になったら、NHKの番組が商業主義になって民放のように低俗になるのではないか。これは1987年に衛星放送が独自放送を開始したときも心配されたが、結果的にはよくも悪くも衛星放送は「NHK的」である。

 受信料制度がなくなってNHKが政治から自由になったら、左翼偏向するのではないかという懸念もあるが、受信料の支払いが義務化されているBBC(英国放送協会)はNHKより反政府的だ。

 どこのマスコミでも報道の現場(社会部)は左翼的で、政権と癒着する政治部がそれとバランスを取っているが、NHKでは受信料制度のために「国会対策」が経営に強い影響を及ぼす。N国のような変則的な形で政治がNHKの経営に介入すると、このバランスは政治部に大きく傾き、NHKの報道は「政治化」するだろう。

 根本的な問題は、こういう国会情勢に弱いNHKの経営体質である。インターネットでNHKが受信できる時代に、スマホを含む「受信機」を設置したすべての人から受信料を徴収する制度は見直す必要がある。それにともなう経営形態の議論も避けるべきではない。

 政治が「お笑い化」するのは、ポピュリズムの特徴だ。イタリアやウクライナではコメディアンが政権を取った。日本ではまだN国が政権を取る可能性はないが、丸山穂高氏や渡辺喜美氏が合流して、笑ってもいられなくなった。彼らが軌道修正し、NHK問題の議論を建設的な方向に向けてほしい。

筆者:池田 信夫