クールジャパン機構の北川直樹社長CEO(左)とCOO兼CIOの加藤有治氏(撮影:尾形文繁)

官民ファンドの1つである、クールジャパン機構(海外需要開拓支援機構)が厳しい批判にさらされている。

2013年に設立された同機構は、中国での大規模商業施設事業や日本のアニメやドラマの海外放送事業など、これまでに合計38件の投資を行い、うち3件をすでに売却した。2019年3月末現在で179億円の累積損失を抱え、財務省の財政制度等審議会が今年6月にまとめたリポートでは、「投資実績の低調等により、累積損失が生じている状況にある」と指摘された。

だが、昨年6月に就任したソニー・ミュージックエンタテインメント出身の北川直樹社長CEOと、投資ファンドのペルミラ・アドバイザーズ出身でCOO兼CIOを務める加藤有治氏によって、投資手法や投資先の選定、投資後の企業価値向上の方法が変化していることも事実だ。

クールジャパン政策を推し進めていくうえで、クールジャパン機構の果たす役割は何か。また、官民ファンドとしての運営上の課題は何か。2人に聞いた。

「5つの投資方針」をはっきりさせた

――社長、COOにそれぞれ就任されて1年が経過しました。「旧体制」と何がいちばん違うのでしょうか。

北川:日本の魅力を世界に届けるための「5つの投資方針」をはっきりと決めて、スタートさせた。ただ、1つ言えるのは、(前会長の)飯島(一暢)さんや(前社長の)太田(伸之)さんらは、何もないところから相当苦労して5年間、案件をやってきた。その大変さの中にヒントはいっぱいある。僕らなりに、事業の精選のされ方など、反省も含めて現在に生かしている。

――新体制下でこれまで9件の投資を決定しました。その中に2人が理想とする投資案件はあったのでしょうか。

北川:カテゴリーは似ているかもしれないが、9件すべてタイプが違う。インバウンドがこれだけ取り上げられるようになったように、来年、再来年とやっていくうちに「クールジャパン」のあり方やポジションも変わっていくだろう。そういう状況の変化にどう対応していくかが重要だ。

――9件の中身をみると、吉本興業とNTTと組んで出資した国産プラットフォーム事業「ラフアンドピースマザー」と慶応義塾大発ベンチャーの「スパイバー」を除き、ビジネス基盤の固まった、キャッシュフローの出ている企業への、手堅い投資が目立つ印象です。

加藤:政策性という観点からいうと、従来とまったく同じものを追求しているが、(新体制では)より事業基盤が確立したものに投資している。しかも、海外で基盤が確立しているものという点を重視している。

9件の内訳は、グリーンフィールドが1件、グロースが6件、マジョリティー出資案件が2件。投資手法の多様化も図るし、分野もバランスをとっていく。グリーンフィールドはこういう政策をやりたいということに対して、テーラーメイドで作れるという利点はあるが、立ち上げのリスクがある。ただ、よいバランスの投資ができているのかな、と思う。

――今年4月に示された投資計画によると、今後10年間で毎年181億円ずつ、合計1800億円超の投資を計画しています。相当な投資件数と金額になると思いますが、今の機構の人材で十分なのでしょうか。また、投資対象は十分存在しますか。

北川:これから直面するのはそこだと思う。この11月で7期目となるが、このチームとなって投資件数は結構増えた。このペースでいくと、以前は想定していなかったことを想定し始めないといけない。


北川直樹(きたがわ なおき)/1953年生まれ。1977年中央大学商学部卒業後、CBSソニー入社。ソニー・ミュージックエンタテインメント代表取締役CEOなどを経て、2018年6月から現職(撮影:尾形文繁)

エグジットはこれから増えてくる。大きく人を増やすものでもなく、2人増えるだけでも助かる、という世界。加藤COOを中心に、チームを新たに編成し直すなど対応をしている。

加藤:ご指摘の通り、もしこのペースで投資を続けるなら、人員は増やさざるをえないかもしれない。一方、ファンドのサイズを上げることで投資効率を上げる方法もある。

ただ、政策性の観点からいうと、大きければいいというものでない。サイズ、政策性、収益性のバランスをうまくとりながら、効率よくチームを編成し、手厚くやるべきところは手厚く、案件サイズも工夫していく。

投資先も、簡単に見つかるということではないが、われわれのスタッフが正しい戦略に基づいて正しい努力をすれば、十分なパイプラインは積み上がる。投資対象に挙げている4分野の裾野は広く、投資対象はたくさんあるが、いい投資対象がたくさんあるかというと、そうでもない。

エグジットには2年以上、長い期間がかかる

――エグジット(投資案件の売却)に至った案件は今のところ3件で、共同投資先への売却や投資先による買い戻しが中心です。今後エグジットが本格化すると思われますが、IPOなど具体的なイメージがあるのでしょうか。

加藤:一般論でいうと、ファンドなので(IPOなどのエグジットを)当然積極的に検討する。検討を進めるにあたって、まず政策的な目的を一定程度達成できているか。それが第一義なので、満足する結果を生んでいるのなら、次のオーナーへ引き渡していく。

とはいえ、現実には投資して2年間やって、すぐエグジットするかというと、2年では満足いく政策目的を達成できないケースがほとんどだと思う。技術的にはそれよりも長い期間でエグジットしていくことになる。

――例えば、今年6月から7月にかけて、日本酒関連の投資が2件ありました。これらのビジネスがどういう状態になると、おっしゃるような「政策目的」が達成されたことになるのでしょうか。

加藤:案件ごとに政策KPI(重要業績評価指標)が決まっており、目標の70%を達成すると、一定程度達成できているということになる。そのハードルを越えてきたところでIPOなり、戦略的な買い手にバトンタッチしていくことになる。

――KPIの詳細は未公表のようですが、そのKPIの達成度は、最初の目標をいくらに設定するか次第で達成度が左右されるのではないですか。最初の目標の設定は適切なのでしょうか。

北川:正直に申し上げて(目標は)結構高い。僕らは高めの目標を先方(投資先)にプレゼンし、先方がこれくらいでどうですか、というケースが多い。新しいマーケットをお互いに開拓しようとしているので、多い少ないという議論はあると思う。先方の事情もあり、マーケットをまったく無視してやるわけにはいかない。

――例えば、日本酒の高い政策目標はどこから出てくるものですか。

北川:彼らが扱っているのはワインやシャンパンで、向こう(中国やアメリカ)のマーケットで日本酒の需要があるかが1つの目安になる。


加藤有治(かとう ゆうじ)/1988年京都大学理学部卒業、1990年同大学経済学部卒業。同年郵政省入省後、モルガン・スタンレー証券やペルミラ・アドバイザーズ社長などを経て、2018年から現職(撮影:尾形文繁)

加藤:付け加えると、量だけではなく質も大事。われわれの発想として、なるべくたくさん輸出してビジネスにしたいという話をするが、現場でやっている人たちの意見でいくと、いきなり何でもいいからたくさん売れ、というのは得なのか、となる。

今回の日本酒の案件では、日本のお酒というもののストーリーをきちんと語ってブランドを作ろうと。日本ブランドはいいものだ。クオリティーの背景にストーリーがあって、これなら高い金を払って買ってもいいよね、というのにふさわしいものを売ろうと。質、量両面を考えながらKPIを設定している。

政策性と収益性の両立は簡単ではない

――日本酒の輸出を伸ばしたり、日本酒のブランドをつくっていくという目的を達成する手段としては、補助金を出すなり、マーケティングするなどの方法もあると思います。機構のように企業に出資するやり方は、目的達成の手段として適切なのでしょうか。

北川:機構は今(2013年の設立から)6年目で、これは1つのトライアルだと思う。当然、補助金というやり方もある。効果的だと思うし、今いろんなやり方の中で、どれがいちばんいいのか。われわれがまさに証明していくことだと思っている。

正直言って、政策性と収益性、この2つをやっていくのはそんなに簡単なことではない。それは重々認識している。財政投融資の観点からは、政策性も収益性もちゃんとやってくれと。さらに、計画を立てて、投資を現実にやっていくことがすごく重要だ。

加藤:われわれとしては、バリュークリエーションチームを作り、企業投資の世界で確立されたバリュークリエーション手法をしっかり導入している。投資先の30数社全部に担当を貼り付けるわけにいかないが、例えば、マジョリティー(株式の過半数)をとっている先や(ビジネスをゼロから立ち上げる)グリーンフィールド案件、案件サイズの大きい先など、ハンズオンが必要な先にチームをきちんとつけている。

われわれは産業投資のお金を使って株主になっている。投資自体で価値は生まれないので、産業投資のお金にしっかり働いてもらうために、継続的に投資先の会社と協力し合い、株主としての役割をしっかり果たしていく。

――政策性と収益性の「二兎」を追うのは結構しんどいと思います。いっそのこと、目標をどちらか1つに絞ってはどうでしょうか。

北川:当事者として(二兎を追うことに)僕は違和感がない。会社というのはいつも2つを追っている。人を減らして売り上げを倍にしろとか。僕もそうやってきたので、目標が1つだけだなんてとんでもない。

――機構に課せられた収益性といっても、民間ファンドのように20%とか30%とかのリターンを求められているわけではない。投資元本が返ってくればいい、という建て付けです。

加藤:難易度は高いと思う。民間は、利益に向かって全力疾走でいい。しかし、クールジャパン機構は目標が2つある。全力疾走でなく、バランスでやるというところが難しい。振り切っていいならバンと押せばいいが、てんびんにかけてやらないと。

チームとよく話しているのは、政策目的と収益がトレードオフでなくなる瞬間もたまにある、ということだ。例えば、中国の日本酒案件は、KPI設定がすごく簡単にいった。

経営陣は次の成長の柱は日本酒だと言った。しかも日本酒は彼らのインフラにそのまま乗っかる。ストーリーも歴史もあって、ワインと同じようなカテゴリーで成長の柱にできる。こういうケースを見つけると、仕事のやりがいをすごく感じる。

吉本案件に変更はない

――既存の投資先の進捗状況を聞かせてください。最大110億円を投じる中国・寧波のジャパンモールの開業時期は、延期されて今年秋になる予定です。

北川:ブランド戦略がきちんとできて、成功させたいという阪急さんの思いがあるので、そのへんが見えるまで(開業時期が)なかなか決まってこなかったという事情があると思う。僕らは(相応の出資金)額を出しているが、中国のパートナーやテナントの問題はどうしてもH2Oリテイリングにある程度頼らざるをえない。

――沖縄の吉本興業との共同投資案件に世間の批判が集まっています。

北川:(社外取締役でつくり、投資案件を審議する)海外需要開拓委員会の議論も通過してきている案件だ。政策性と収益性をみて、反社かどうかも当然チェックしてスタートしている。

(吉本案件は)何度も聞かれるが、かなり厳しいチェックを(ほかの案件と)同じようにやっている。「(吉本案件を)どうするんですか」と聞かれても、別に何か決定自体が誤っていたわけではないし、「(投資方針の変更などは)ないですよ」と申し上げている。

――投資ファンドのビジネスモデル上、費用が先行する「Jカーブ」を描くのは理解できます。問題は、クールジャパン機構の存続期間である2033年までに本当にカーブが持ち上がっていくのか。相当未来の話なので、よくわからない。

北川:累損を単純に見ている人もいるので、そうではないんだと。懸念をもたれているポイントは違いますよ、というのをぜひご理解いただきたい。

加藤:いま(投資先の)ポートフォリオが30社を超えてきており、バリュークリエーションや投資先との連携の努力をきっちりやっていく。そして、これまで通りにパイプラインをしっかり積み上げ、政策的にも、経済的にもいいエントリーをする。

もう1つ、やはりミッションを忘れないということが重要だ。われわれのミッションは海外事業開拓支援。そのミッションのために適切な投資とは何なのか。それをつねに問い続けていく。