2020年末の部分開業を目指す「ホノルル・レール・トランジット」の電車(記者撮影)

現代のハワイで初めてとなる本格的な鉄道計画が、オアフ島で進んでいる。サトウキビを運ぶ列車や路面電車が走っていた19世紀後半〜20世紀前半と違い、現代のハワイでは自動車が交通の主役。鉄道開通が信じられないという人も多いだろう。しかし、一部区間の線路はほぼ完成しており、車両も調達済み。2020年末の部分開業を目指す。

米国のほかの大都市と同様、ホノルルの朝夕の交通渋滞は悩みの種。鉄道がない分、米国本土よりホノルルのほうが渋滞は激しいかもしれない。

渋滞解消を狙い、2005年にホノルル市郡や州政府が鉄道開設を決定、そして生まれたのが「ホノルル・レール・トランジット」計画である。ホノルルの西側に広がる新興都市・カポレイとアラモアナセンターを結ぶ約32kmを42分で結ぶ。

ライドシェアとの連携も

全線が高架で、多くの部分は道路の上に建設。このため、鉄道とバスやライドシェアとの連携も念頭にある。

沿線には、アロハスタジアム、パールハーバー海軍基地、ダニエル・K・イノウエ国際空港、ダウンタウン(オフィス街)、高層マンションが連なる再開発地区・ワードビレッジ、さらに複数の大学やショッピングモールが集積している。こうした施設へのアクセス手段として21駅を設置。終点のアラモアナセンターの先にはワイキキビーチや1万8000人もの学生を有するハワイ大学マノア校などがあり、そこまでの延伸計画もある。


「通勤、通学、買い物の足として大きな需要が期待できる」と、運行を担う「ホノルル高速鉄道公社(HART)」のアンドリュー・ロビンスCEOは力説する。

日本人観光客にとっても鉄道開業のメリットは大きい。空港─アラモアナセンター間の所要時間はわずか16分。自動車よりも格段に早く、何より時間が正確だ。

アラモアナセンター近くのホテル「プリンス・ワイキキ」を運営する西武ホールディングスの後藤高志社長は、2017年4月にホノルル市長と面談し、「鉄道運行や駅・沿線開発に関するノウハウの提供などで、お役に立てることがあれば協力したい」と発言、「資金は出せない」としつつも、鉄道プロジェクトとの連携に関心を示す。

2020年末に開業するのは西側のイーストカポレイ─アロハスタジアム間。残る東側について、ロビンスCEOは「アロハスタジアム─ミドルストリート間は線路工事の半分程度が終わっており、2022年中には完成する」と話す。さらにその東側のミドルストリート─アラモアナセンター間は「資材調達など着工の準備段階。工事はまだ始まっていない」という。計画では2025年に全線開業となっているが、はたして間に合うか。

車両や運行管理は日立

7月上旬、イーストカポレイから5駅先にあるリーワード・コミュニティ・カレッジ駅のそばにある鉄道車両基地を訪ねると、軽やかなモーター音を響かせながら、4両編成の列車が目の前を通り過ぎた。この車両を造ったのは日立製作所。日立は運営を担うHARTから運行管理や保守業務も受託している。

正確に言うと、イタリアの大手鉄道車両メーカーのアンサルドブレダと信号メーカーのアンサルドSTS社が本計画の車両製造、運行管理、保守業務を受注。それら2社を日立が2015年に買収したのだ。日立のシンボル「日立の樹」があるモアナルアガーデンがこの鉄道の沿線にあることも、日立とハワイの縁を感じさせる。

車両は4両1編成。カリフォルニアの工場で組み立てられた最初の編成が2016年春にホノルルに到着した。現在までに6編成が当地に運ばれ、試運転中。2020年末までに20編成が導入される予定だ。

最高速度は時速約90km。高架を走る姿から、地元では電車ではなくモノレールと思い込んでいる人が少なくないが、2本の鉄路の上を鉄輪で走る、紛れもない電車である。

車両の先頭部分の運転台はカバーで覆われている。通常時は運転士を必要としない自動運転なのだ。「米国における鉄輪での無人運転システムはこの列車が初めて」と、日立レール・ホノルルJVのマネジングディレクター、エンリコ・フォンタナ氏は胸を張る。同じく無人運転を行う「横浜シーサイドライン」で6月1日に起きた逆走事故のことも知っており、「あのようなトラブルは起きない設計になっている」と断言した。


車内にはサーフボードラックもある(記者撮影)

車内にはエアコンや無料Wi−Fiが完備。サーフボードを積むラックが設置されているのが、いかにもハワイらしい。

車両基地に隣接する運行管理センターにも最新鋭の機器がそろっており、省力化が徹底されている。もっとも、ホノルル当局は「鉄道建設は毎年1万人の雇用を生む」「開業時に300人の技術者が雇用される」と、雇用増効果を強調しているので、日立としては自慢の省力化を積極的にPRできないのがつらいところだ。

当初は2017年開業予定だった

建設決定からここに至るまでの道のりは遠かった。工事の遅れはどの国でもよくある話だが、ハワイも無縁ではない。当初計画では2017年にはイーストカポレイ─アロハスタジアム間が開業しているはずで、残る部分も2021年開業予定だった。日立もこのスケジュールに合わせて車両を製造した。

工事の遅れは総工費の増加につながる。当初30億〜40億ドルとされた総工費は、現在は80億ドルを超えると試算されている。地元住民の間では、「沿線住民の1人当たり負担額が世界で最も高額な鉄道路線」と批判されている。

主要財源は税金や連邦政府の補助金だ。住民の負担をこれ以上増やすことなく総工費を賄うため、観光客に課すホテル宿泊税の一部も財源に加えられた。日本人観光客も鉄道の建設費を負担しているわけだ。

鉄道の建設現場を見て歩いた。高架上の線路はほぼ完成し、現在は駅を建設中。多くの駅でホームドアがすでに設置されている。券売機や自動改札機を設置すれば完成という駅もあった。年内には列車の試運転を、車両基地内だけでなく営業路線上でも行いたいとしている。


建設中の高架駅。周囲には何もない(記者撮影)

イーストカポレイから2駅先のホオピリという駅は畑の真ん中にあった。周囲に住宅や建物はない。実は、この一帯の土地は本土の大手デベロッパーに買い占められており、数年後に住宅街に生まれ変わる予定だという。そのため鉄道が来年開業しても利用客はほぼいない。したがって、住宅街の完成まで駅の開業はお預けとなる。しばらくの間は通過駅となる予定だ。

ハワイに鉄道は根付くか?

ダウンタウンとアラモアナセンターの中間にあり、ワードビレッジなどの大型再開発計画を抱えるカカアコ地区にも2つの駅が設置される。官民で構成される鉄道利用促進を目的とした非営利団体「ムーブ・オアフ・フォーワード」のスタンフォード・カー会長は、地元デベロッパーの社長でもある。

カー氏は駅予定地のすぐ隣に超高層マンションを建設した。「東京でも駅前にタワーマンションが林立しているのは知っている。ホノルルでもこれからは電車通勤が主流になる」と、さらなる不動産開発も検討中だ。

日本で主流の「鉄道駅を軸とした街づくり」がハワイに根付くかは未知数だ。工事の遅れや費用の増加が、「ハワイに鉄道は不要だ」という反対派を勢いづかせる。

そもそもハワイには、電車に乗ったことがないという人が多い。「車のほうが便利。鉄道ができても使わない」という住民の声をホノルルのあちこちで聞いた。

カー会長が初めて東京に出張した際、宿泊していた新宿から取引先のある有楽町にタクシーで出かけたら、「電車を使う方が早いし安い」と、相手に笑われたという。もちろんカー会長も今では鉄道の利便性を理解しているが、ハワイで根付くには時間がかかるだろう。

また、鉄道が開業しても当初はカポレイ地区の住民が近隣のショッピングモールへ買い物に行く程度の需要に限られる。ダウンタウンへの通勤、空港とアラモアナセンター間の移動など、多くの人に対して鉄道の利便性が発揮されるのは全線開業まで待つ必要がある。それまでの間は批判がやむことはないかもしれない。

本記事は週刊東洋経済8月3日号に掲載した記事「ついにハワイにも鉄道が開業、沖縄『ゆいレール』は延伸へ」を再構成して掲載しています。