これまでのTBS・池井戸潤作品とは違います(編集部撮影)

1956年のスタートから60年超の歴史を持つTBSの伝統ドラマ枠「日曜劇場」の作品であり、「半沢直樹」「ルーズヴェルト・ゲーム」「下町ロケット」「陸王」を生み出した池井戸潤さん原作の作品で、平均視聴率約11%(ビデオリサーチ、関東地区)は、「低い」とみなされても仕方がないでしょう。

しかし、「ノーサイド・ゲーム」は、これまでの「日曜劇場」や池井戸潤さん原作のドラマ以上に、作り手たちの覚悟が感じられる作品であり、ビジネスと男のロマンについて考えさせられる物語だったのです。

「ビジネス上の仕掛け」から、それに矛盾する「ビジネス度外視の熱い思い」まで、ビジネスパーソンの心を打つであろう同作の本質を掘り下げていきます。

「敵に塩を送る」作り手たちの英断

まずはビジネスの話から。

池井戸潤さんの小説『ノーサイド・ゲーム』は、今年6月13日にダイヤモンド社から出版されました。一方、ドラマ「ノーサイド・ゲーム」は、その約4週間後の7月7日に放送開始。また、池井戸さんの小説は、雑誌や新聞などに掲載されたものではなく、いわゆる“書き下ろし”であり、世間の人々にとっては初めて見る物語です。

池井戸さんは「ドラマ化で小説が売れるうえに、これまでの実績からTBSのスタッフは信用できる」、ダイヤモンド社は「池井戸さんの書き下ろし小説を出版できるうえに、ドラマ化で小説の宣伝をしてもらえる」、TBSは「池井戸さんのネームバリューがあるうえに、発売から1カ月弱でのドラマ化で鮮度が高い(ネタバレが少ない)」。3者それぞれにとってメリットの大きいプロジェクトであることが理解できるのではないでしょうか。

このプロジェクトを実現させるうえで、唯一ネックといえるのが、9月20日に開幕する「ラグビーワールドカップ2019」の存在。日本で開催される同大会は、日本テレビが19試合を生中継するほか、NHKは総合テレビ3試合とBS11試合を生中継、CSでもJ SPORTSが全48試合を生中継し、ネットで見逃し配信も行われます。

「ノーサイド・ゲーム」の劇中でも描かれていたように、ラグビーには根強いファンこそいるものの、サッカーや野球などに比べると、人気は限定的。事実、世界一を決めるワールドカップまであと1カ月に迫っているにもかかわらず、世間の盛り上がりはほとんど感じられません。

そんなムードの中、試合中継にまったく絡んでいないTBSが、「ラグビー熱を高め、他局に貢献する」ようなドラマを放送するのは異例中の異例。しかも重要な日本の初戦は9月20日(日本vsロシア)であり、「ノーサイド・ゲーム」が最も盛り上がった時期に行われるのです。

TBSにしてみれば、まさに「敵に塩を送る」というアシストであり、社内での反発は想像にかたくありません。そんなネックを乗り越えて放送しているからこそ、作り手たちの「日本開催のワールドカップを盛り上げよう」「ラグビーというスポーツを応援しよう」というビジネスの枠を越えた熱い思いが伝わってきます。

とかく民放テレビ局は、「海外やネットに目を向けず、業界内で視聴率を奪い合っているだけ」と視野の狭さを揶揄されがちですが、「ノーサイド・ゲーム」の作り手たちは、「自己利益を超えた広い視野がある」といえるのではないでしょうか。

劇的な成果の奥に秘めたメッセージ

ドラマの主なあらすじは、「大手自動車メーカー『トキワ自動車』の幹部候補だった君嶋隼人(大泉洋)は、上司の滝川桂一郎(上川隆也)が先導する企業買収に異を唱えた結果、府中工場の総務部長として左遷されてしまう。失意の君嶋は、不振にあえぎ“会社のお荷物”とまで言われるラグビーチーム『アストロズ』のGMを兼務するよう命じられる。ラグビー未経験の君嶋は、チームの再建とサラリーマンとしての再生をかけた戦いに挑む」というもの。

「不本意な異動」「無茶振りの新たな仕事」という展開は、世間のサラリーマンにも心当たりのあるものであり、序盤から君嶋に感情移入する人の声がネット上にあふれていました。しかし君嶋は、クサることなく一念発起。これまで培ってきたビジネススキルやマーケティングセンスを生かして、チーム強化と集客増に取り組むことで、GM就任1年目から優勝争いに加わり、ガラガラのスタンドを満員にするなどの劇的な成果をもたらしています。

短期間での成果を見て、「それは無理だろう」「都合がよすぎる」などと思われがちですが、当作が伝えたいのはそこではありません。昔ながらの一生懸命や善意にすがるのではなく、「プロフェッショナルのマネジメントがあればチームは強くなるし、ガラガラのスタンドも満員にできる」。

さらに裏を返せば、それをしなければ「選手もファンも減るばかりで、チームは廃部に追い込まれ、ラグビーというスポーツの未来が危うい」という愛情たっぷりのメッセージが込められているのです。

ドラマを見ても、池井戸さんの原作を読んでも、過去作のようなエンターテインメント重視のムードは感じられません。それよりも、「ラグビーの現場で奮闘する選手やスタッフに救いの手を差し伸べたい」「そのために企業と(日本ラグビー)協会は真摯に向き合ってほしい」「世間の人々もラグビーや関係者たちを応援してほしい」という熱い思いを感じてしまうのです。

「『ノーサイド・ゲーム』を見て胸が熱くなる」という人が多いのは、主人公の君嶋に負けない作り手の熱い思いがあるからではないでしょうか。

「ノーサイド」が暗示する純度の高い結末

「ノーサイド・ゲーム」を好ましく見ていない人の中には、「どうせまたいつもと同じ下剋上の話でしょ」という人が多いようです。

実際、「左遷された君嶋が、社長の座を狙う滝川常務に挑む」「弱小のアストロズが常勝のサイクロンズに挑む」という図式は下剋上そのものであり、前述した池井戸さん原作の日曜劇場とほとんど変わりません。

ただ作品全体に漂うムードは、ラグビーを題材にしていることもあって、過去作よりもはるかに泥臭く、真っすぐかつ純粋。君嶋を筆頭に、アストロズを支援する社長の島本博(西郷輝彦)、アストロズ監督の柴門琢磨(大谷亮平)、キャプテンの岸和田徹(高橋光臣)など大半の登場人物が、苦境の中でも諦めず、泥臭くも真っすぐかつ純粋に突き進んでいきます。

一方の悪役も、これまでの池井戸作品に比べると過剰さがなく、社長の座を狙い、アストロズを潰そうとする常務の滝川も、サイクロンズ監督の津田三郎(渡辺裕之)も、「見るからに悪人」というより、自らの信念に向けて突き進む人物に見えます。

もともとタイトルの“ノーサイド”には、「戦いを終えたら両軍を分けるサイドが消え、同じスポーツに励み、時間を共有した仲間になる」という意味があります。その意味で、君嶋も滝川も、アストロズもサイクロンズも、わかりやすい善悪や上下の区別は必要なく、ラグビーを通して最後には打ち解けられるのかもしれません。

もしかしたら「ノーサイド・ゲーム」というタイトルは、「これまでの池井戸作品の日曜劇場とは違うよ」というメッセージではないでしょうか。

現状、企業も選手も「あまりお金にならない」「地位や名声が得られにくい」「ケガなどのリスクが高い」、ラグビーというスポーツに打ち込むのは、ビジネスというよりも“男のロマン”にすぎません。君嶋の妻・真希(松たか子)がそうであるように、「何でそんなものに人生を懸けるの?」「痛い思いをしてまでやる意味がわからない」と女性層の支持を得られにくいところがあります。

その点、ドラマの題材にラグビーを採用したのは、関係者にとって大きな決断でした。近年、「視聴率獲得」「スポンサー受け」などの理由からドラマ枠のほとんどが女性視聴者をメインターゲットに据え、彼女たちの共感を得られるような物語を優先的に制作しています。

そのような風潮がある中、ラグビーを題材にしつつビジネスを絡めた「ノーサイド・ゲーム」のメインターゲットは、どう見ても男性層。また、劇中には予想以上にラグビーのプレーシーンが多く、男たちが声を張り上げ、肉体をぶつけ合うことで“男のロマン”を追い求める姿が描かれています。

このような男性層向けの題材や映像であるうえに、武骨な男ばかりでイケメン俳優が登場しないこともあって、必然的に女性層の支持が得られにくくなってしまいます。ただ作り手たちは視聴率が過去作を下回ることは想定内であり、それを承知で放送に踏み切ったのではないでしょうか。

女性層向けのドラマばかり量産される中、低視聴率のリスク覚悟で男性層のニーズに応え、さらに前述した「ラグビーワールドカップ2019」を放送する他局へのアシストも含めて、随所に制作サイドの心意気を感じてしまうのです。

ドラマ史に残る迫力満点のプレーシーン

「ノーサイド・ゲーム」のチーフ演出を務める福澤克雄監督は、知る人ぞ知る学生ラグビーの名選手。それだけにラグビーシーンの臨場感は格別であり、第5話のアストロズvsサイクロンズの試合は約20分もの長時間にわたって放送されながら、「ドラマであることを忘れそうになった」という声が上がるなど、まったく飽きさせませんでした。

ラグビーに限らずスポーツを題材にした作品は多いものの、ここまで迫力のあるプレーシーンは「数年に1度しか見られない」というレベル。基本的にドラマの撮影は、1つのシーンをさまざまなアングルから繰り返し撮影することが多いだけに、選手役の俳優たちにとっては、通常の試合よりも肉体・精神に負担がかかるものです。

その点、「ノーサイド・ゲーム」は福澤監督らプロフェッショナルによる技術と努力によって、「現実の試合中継よりも迫力のあるプレーが見られる」と言ってもいいかもしれません。

また、単なる勝ち負けにとどめず、ハイレベルなプレーや戦術分析を織り交ぜたこと。それを実現させるためにラグビー経験者を大量にキャスティングしたこと。ラグビーの盛んな東京都府中市でロケをしていること。これらはラグビー経験者である福澤監督の“男のロマン”にも見えます。

池井戸さん、福澤さん、キャストなど、男たちの熱い思いとロマンを込めた作品だけに、クライマックスで得られるカタルシスは、視聴率という数値では計り知れないものがあるでしょう。ひたすら男たちの戦いを堪能するのもよし。まもなく開幕する「ラグビーワールドカップ2019」の予習として見るのもよし。残り約1カ月の放送に注目してみてはいかがでしょうか。