高齢者の場合、「認知症」と「うつ病」を見分けるのが難しいと言われています。高齢者のうつ病対策はどうすればいいのでしょうか?(写真:しげぱぱ /PIXTA)

睡眠欲や食欲など、さまざまな意欲を失わされる「うつ病」。現代人の多くが悩まされる病ですが、とくに老人の場合は、「認知症」と見分けることが難しいなど注意が必要です。高齢者はうつ病とどう向き合えばいいのか? 老年精神科医として、これまで多くの患者を診察してきた和田秀樹氏が解説します。

ボケ、認知症とは異なる「心の老化」で、とくに気をつけたいのが「うつ病」です。「心の老い仕度」としては、むしろこちらのほうが大切です。

うつ病は、「心の風邪」とよくいわれます。そう呼ばれるほど、誰もが発症する可能性がある「心の病気」です。ただし、「心の風邪」という言葉の響きほど「軽い病ではない」ことも、しっかり知っておく必要があります。

うつ病」は放置してはいけない

うつ病は、放っておいてよくなるものではなく、「こじらせるとリスクが大きい」という点で、「万病のもと」といわれる風邪と共通点があります。軽いからといって放置していい病気ではありません。とくに高齢の人のうつ病は、認知症と勘違いされたり、放置されたりしがちで気をつけないと大問題につながるのです。

うつ病についての誤解や偏見もまだまだあるので、本人も、家族をはじめとする周囲の人も、うつ病についてきちんと知っておくべきことがいろいろあります。

いちばんの問題は、「うつ病が原因で自殺する人」がかなり多いということです。欧米での推定では、自殺した人の約70%は、うつ病にかかっていたとみられているのです。

ほんの数年前まで、日本では「年間3万人超」の人たちが、さまざまな理由で悩みを抱いた揚げ句、自殺の道を選択していました。しかし、その後の対策によって、自殺者は減少しています。

この自殺者数の減少には、何かと評判が悪い、かつての民主党政権が自殺対策を行ったことが影響したといわれています。民主党政権のときに、うつ病対策として、「お父さん、眠れてる?」というポスター告知を展開するなど、「うつ病の疑いがあれば早期に医者にかかる」ことを推奨したのです。

その結果かどうかはっきりとはわかりませんが、2012年に「日本人の自殺者数が15年ぶりに3万人を切った」という報道がありました。「不眠」が、実はうつ病の症状の1つだということを強調した結果ではないかと思います。そして現在では自殺者数は2万1000人を切っています(2018年)。しかしながら、自殺者が年間3万人を超えていた14年間で、約45万人が不本意な死を選んでいたのです。

不眠がうつ病の症状だと知らせること、そして、うつ病が疑われたら医者にかかること、ほかの症状が目立たない、軽症のうちにうつ病を治しておいたほうがいいこと、放っておくと、脳が変化して非常に治りにくくなること……こうしたうつ病の真実を知っておくことが大切です。

うつ病」と「認知症」を見分けるには

最善の「うつ病対策」は、とにかく「早期治療」すること。これは、私がうつ病対策としていちばん訴えたいことです。ただし、老人性うつ病の場合は、一般にイメージされるうつ病の症状である「気分の落ち込み」や「自責感」が増すといった状態にならないことが多いので、この点にはとくに注意が必要です。

認知症とは違って、うつ病は急に発症し、不眠に代表される「睡眠障害」や「食欲障害」を合併することが多いのが特徴です。

家族が「認知症を発症しているのでは」と思って高齢者を病院に連れてきたら、認知症ではなくうつ病だった、ということが高齢者医療の現場ではよくあります。


(図:『「脳が老化」する前に知っておきたいこと』より)

60代くらいの初老期の場合、日常生活でどこか意欲がなくなって、外出や着替えをしなくなったうえに、記憶力などが衰えたために、周りから「ボケた」と思われている人の7〜8割が、うつ病の可能性が高いのです。

前頭葉が衰えて感情が老化することでも似たような症状が表れますが、きちんと医師が診断すれば、ボケ、認知症か、うつ病かはだいたいわかります。

ところが、高齢者を専門とする精神科医の数があまりに少ないので、統計では全国で140万〜150万人はいるのではないかと推定される高齢者のうつ病患者の多くが、適切な治療を十分に受けられていません。

これが、「高齢者の自殺率の高さ」につながっていると私は考えています。全自殺者の4割以上は高齢者という推計もあります。うつ病は治療できるものなので、多くの高齢の自殺者が、早期治療によって早まった「選択」から救われるはずです。

うつ病にならないための基本習慣

うつ病はある程度は予防できます。その基本は、毎日の生活から、です。
まずは「食生活を工夫する」ことから始めるのがいいでしょう。それには、うつ病の原因の1つではないかと考えられている、神経伝達物質セロトニンの不足を補うのがポイントです。

セロトニンの原料はタンパク質の材料となる必須アミノ酸の1種であるトリプトファンなので、「肉や魚、大豆製品を意識して食べる」ことをお勧めします。

セロトニンは、コレステロールを増やすことでも脳内により効率よく運ばれると考えられています。コレステロールは、男性ホルモンの材料でもありますから、増やすことでさまざまなメリットがあるのです。

検査データのコレステロール値を「目のかたき」のように減らそうとする傾向が日本にはあります。私は、これはそもそも間違った傾向だと思っています。

心筋梗塞で死ぬ人が日本人に比べて圧倒的に多いアメリカ人は、確かにコレステロール値が高すぎる人は減らしたほうがいい場合があると思いますが、日本人はまず、そんな心配をする必要はないでしょう。

というのも、アメリカ人は1日平均約300グラムの肉を摂取しているといわれますが、日本人は約80グラムしか食べていません。沖縄の人は約100グラム、ハワイの日系人は120グラム摂りますが、彼らが長寿であることを考えると、むしろ少なすぎるというのが私の考えです。

また、アメリカではがんで亡くなる人の1.7倍の人が心筋梗塞で亡くなっているのですが、日本人は心筋梗塞で亡くなる人は、がんの半分程度です。よくいわれる、コレステロールを減らそうというのは、心筋梗塞を予防する、という意味合いが強いのです。

もし、コレステロールを減らすように努めると、体の免疫機能が落ちるので、むしろがんは発症しやすくなってしまいます。実際、コレステロール値が低い人ほどがんになりやすいというデータもあるほどです。

日本では、がんでの死亡率がいちばん高いのですから、コレステロール値を減らすことばかりを目標のように言うのは考えものです。コレステロールを減らすという対策は、男性ホルモンも同時に減らしてしまうので、いろいろな意味で有効とは思えません。

女性は「4人に1人」がうつ病

WHO(世界保健機関)によると、世界中でうつ病に苦しんでいる人は、世界人口の5%に達するといいます。アメリカ精神医学会の調査では、男性の2〜3%、女性の5〜9%がうつ病にかかっていると推計されています。


生涯罹患率では、最大で男性12%、女性25%がうつ病にかかるというのですから、女性の場合、一生涯で見ると「4人に1人」が一度はうつ病にかかっていても不思議ではないということになるでしょう。

うつ病が「心の老化」の1つの症状として発症する病気であることは確かですが、「人に言えない病気」と考えて、対策が遅れることがあるのも問題です。

治療法がない代わりに、じっくり構えて進行を遅らせることが有効な対策となる認知症などとは違い、うつ病には効果的な治療法も数々あるので、とにかく「早く医師に相談する」「早期に治療する」ことが大切です。

うつ病の兆候があれば、本人や家族の「うつ病はよくなる! だから、素早く対応して、きちんと治す!」という意思が大事なのです。