海野美希(36)は、夫の誠(38)の提案で、誠の学生時代の友人2家族と家族ぐるみの付き合いを開始

山本家と日向家を誘いBBQをすることになるが、山本家の不愉快な態度に「今後のお付き合いは控えたい」と感じる。

ところがさらに3家族揃ってキャンプに出かけることに。

キャンプは和やかに進んでいたが、一転、子供の怪我というトラブルで、ついに美希は誠に「付き合いをやめたい」と明かす。

誠から「もう皆とは会わなくていい」と告げられるが、蘭ちゃんの母・律子と和解した美希は、誠にこれからも付き合いを続けたいと伝える。

しかしその翌月、両家族が海野家抜きで遊んでいる場に遭遇。誠から不本意な事実を聞かされた美希は、もう一度家族ぐるみの輪に戻ろうとする。




大きなパイナップルを2つ抱えて自宅に戻ると、すでにケータリングの食材も到着していた。

以前使用した場所と同じBBQテラスつきのパーティールームに、誠が取りやすいよう並べてくれている。美希は買ってきたばかりのパイナップルをビニール袋から取り出すと、カットはせず、丸ごとその横に並べた。

―もう、絶対に無理しない。

改めて決意を固めた美希は、硬く拳を握る。その時、グリルの準備をしていた誠がスマホを確認して呟いた。

「おっ、山本たちエントランスについてるって。ちょっと迎えに行ってくるわ」

相変わらず約束の12時よりも早い時間の到着だったが、これまでも早めに来ることが多かった山本家に対し、すでに驚きはない。

おそらく、遅刻こそは悪であるものの、早めに着くことは問題ではないと考えているのだろう。その証拠に、少し間をおいて誠に引き入れられてきた山本家は、いつも通りの堂々とした立ち振る舞いなのだった。

「奥さん、またこうしてお招きいただいてありがとう!いや〜、もうここには来られないんじゃないかと思ったから、嬉しいね!」

豪快に握手を求めてくる山本の後ろでは、もはやシンボルカラーとなった白いシャツに身を包んだ律子が、髪をかき分けながら会釈している。

「律子さん…遠い所を来ていただいてありがとうございます」

山本との握手を終えた美希が律子に向かってそう言うと、律子はにっこり微笑みながら、肩から下げていたバレンシアガのトートバッグを椅子の上にドサっと置いた。

「ううん、お誘いいただいてとても嬉しかったわ。それから…言われていたもの、ちゃんと持って来たわよ」


前回は嫌がらせのようにパイナップルを持ってきた。今回、山本夫妻が持ってきたものとは...?


律子が取り出したのは、1枚の麻のエプロンだった。

日常的に使い込んでいるものなのだろう。汚してしまうことを心配する必要のない、家庭的な素材感のものに見える。

「さっ、張り切ってやるわよ〜!」

白いシャツの上にいそいそとエプロンを纏いながら、律子は小さくガッツポーズをしておどける。

その横で山本龍太も、並んだ食材を見ながら「何からやればいいかな?」と美希に指示を仰いだ。

「お二人とも、本当に心強いです。そうしたら…山本さんはパイナップルのカットをお願いしてもいいですか?教えていただいた焼きパイナップル、本当に美味しいんですけど…慣れていらっしゃる方にお任せできたらありがたくて」

山本のお気に入りのメニューのパイナップルを用意しないわけにはいかない。だが、これ以上自分を殺して硬いフルーツと格闘する気は、無理をしないと心に誓った今の美希にはなかった。

―日頃、ホストがおもてなしをする遊び方をしている人たちだもの。もしかしたら、気を悪くするかもしれない…

相当な不安を胸に口にしたお願いだったが、美希の指示を聞いた山本から返ってきたのは、拍子抜けしてしまうほど気楽な「よしきた!」という返事だった。

山本は美希のハラハラとした様子など全く気づきもせずにパイナップルを持ち上げ、少しの間ラグビーボールのように弄ぶ。そして、美希が自宅のキッチンから持っておりて来た包丁を手に取ると、意外にも慣れた包丁さばきでパイナップルを力強くカットしはじめたのだ。




「割と大きめにカットする方が美味しくなるんですよ!本場っぽくやりましょ!」

軽口を叩きながら包丁を振るう山本は、思いの外楽しげだ。

よく考えてみれば、声を大にしてアウトドア好きをうたう山本のことだ。こういったBBQの下ごしらえも決して嫌いではないのかもしれない。

美希の緊張が、一つ軽くなる。

―良かった…!とりあえず、今のところは大丈夫ね…。

他人のボーダーラインを手探り状態で探るのは、これまで下働きに徹してしまった美希にとって険しい壁のようなものだ。

”山本に食材のカットをお願いする”という大きな関門を乗り越えた美希が胸をなで下ろしていると、壁の時計が12時ちょうどを指すと同時に、日向家も誠の案内でパーティールームへと入室してきた。

「お邪魔します〜!」

ボリュームのあるティアードワンピースをまとった千花が、大志くんの手を引きながら美希の方へと歩いてくる。その横に並んだ日向達也の腕には、大きなクーラーボックスが抱えられていた。

「こんにちわ!色々持って来たんだけど、とりあえずここに置けばいいかな?」

テーブルの上に並べられていくのは、シャンパンやワインといった飲み物のほか、手作りのポンテケージョ、キッシュ、サラダ、といった料理の数々だ。

「千花ちゃん、すごいなー!これ全部作って来たの?超うまそうじゃん」

パイナップルに向き合っていた山本が、ズラリとならべられた料理をみて歓声を上げる。

「わぁ、こんなに…!?飲み物をお願いしただけでしたのにすみません。大変じゃなかったですか?」

驚きを隠せない美希が千花と日向を労うと、千花はすでに遊びはじめている真奈と蘭ちゃんの方に駆け出そうとする大志くんの肩を抑えながら、申し訳なさそうに微笑みを浮かべた。

「ううん、今日は車で来たから荷物に余裕があって、ちょっと張り切って色々準備してきたの。美希さんから“ああいうLINE”をもらうまで、私たち全く気が回ってなくて…。今まで本当にごめんなさいね」


美希が両家族に送っていたLINEとは。そこにしたためたのは、ずっと言えなかった言葉...


“ああいうLINE”とはおそらく、美希が先日送信した、このBBQへの招待LINEのことだ。

―もし宜しければ夏休みが終わってしまう前に、もう一度我が家でのBBQにいらっしゃいませんか?

一見これまでとさほど変わりない誘い文句を書いた美希のLINEは、こんな風に続いていた。

―ただ、ホスト側の立場でこんなことをお願いするのは大変申し訳ないのですが…

普段私もフルタイムで仕事をしているということもあり、恥ずかしながら、当日皆様を完璧におもてなしする自信がないのです。

食材は基本的に、ケータリングなどで簡単に済ませる予定です。もしよろしければ皆様エプロンをお持ちになるなど、汚れてもいいお洋服でおいでいただき、色々とご協力をお願いさせていただけないでしょうか?

...この申し出を受け入れてもらえないなら、もはや本当に住む世界が違うということ。

一度壊れかけてしまったこの関係を前に、これまでの自分自身の殻を破るような気持ちで送りつけたLINEだった。

しかし、返って来た返信は美希の恐怖をよそに、「もちろんです」「なんでもおっしゃってね」といった好意的なものばかりだったのだ。

もちろん、LINE上では好意的だが本心は違うというケースも覚悟していた。だが、今日の意欲的な両家族の様子を見ていると、あのメッセージは決して建前だけのものではなかったように思える。




「よく考えてみたら、当然よね。私たちと違って美希さんは日頃お仕事で忙しいんだもの。もっと早くにこちらからお手伝いを申し出るべきだったわ」

横で千花と美希の話を聞いていた律子が、小首を傾げながら言う。

思いの外あたたかな雰囲気に包まれている今の状況の中で、美希の胸もまた、安堵のともし火に照らされるのだった。

―もっと早く、こうするべきだったんだ。誰も望んでいないのに、1人でもがいて、無理をして…。自分のキャパシティを早くに知ってもらえれば、揉め事なんて起こらなかったはずなんだ…。

苦い反省を噛みしめる美希のそばで、エプロン姿の律子が、日向家の持ってきたシャンパンをグラスに注いでいく。

そしてそのうちの一脚を美希の所に運んでくると、耳元に口を寄せて小さな声で囁いた。

「さあ、乾杯しましょ。もう一度、主人たちのために」

美希は律子の目を見つめながらコクリと頷くと、グラスを受け取る。車でやって来たという日向夫妻もペリエの入ったグラスを手に持つと、美希の方を見つめた。

美希は軽く咳払いをすると、BBQテラスでグリルの火起こしをしている誠の方へ顔を向ける。

誠は美希の視線に気づくと、コクリと頷いた。「君らしく、無理せずに」というように。

手に持ったグラスには、よく冷えて華やかな泡を湛えたシャンパンが満ちている。美希は高らかにグラスを持ち上げ、初めてのBBQで1人だけ言えなかった言葉を解き放つ。

「それじゃあ、皆さん。喉も渇いているでしょうから、始めましょうか…。乾杯!」


穏やかに進んでいくかと思われたBBQ。しかし全員が凍りつく、恐ろしい発言が飛び出す


乾杯の後に待っていたのは、驚くほど穏やかな時間だった。美希を取り巻く嵐はすっかり過ぎ去ってしまったかのように。

パーティールームで3人で仲良く遊ぶ子供達。夏の日差しの中笑い合う夫たち。それぞれの夫の隣で、会話に参加する妻たち...。

誰かばかりが働きすぎるということもない。

持ち寄った食事や飲み物を気がついた者がよそい、注ぐ。手の空いた者が子供達の面倒を見る。

日向家と山本家の間で“当たり前”とされていた、ホスト対ゲストという世界のホームパーティーに比べれば、今ここで開かれているBBQは信じられないほど所帯染みて庶民的なものかもしれない。しかし誰も苦しまない世界は、3家族に平等に開かれた天国への門だった。

初めて感じる、不安のない穏やかな付き合い。美希と誠は顔を見合わせると、一時期の不穏な気配がまるで幻であったかのように幸福に微笑みあう。

―これが、これこそが、誠くんと私がずっとしたかった家族ぐるみの関係なのかもしれない…!

家族ぐるみという名の箱舟は今確かに、穏やかな凪の海を進んでいるかのように見えた。




しかし、美希が幸福の安堵を感じて間もないその時。

パリーン!

穏やかな夕暮れのテラスに、一瞬で緊張感を走らせる不吉な音が響き渡った。

音のしたほうを見ると、山本がアウトドアチェアの足元を覗き込んでいる。

その足元には、さきほどまで山本の手の中にあったはずのワイングラスが粉々に砕け散り、血のように深い色をした赤ワインと混じり合っていた。

「大丈夫ですか!?」

慌てて駆け寄ろうとした美希に対し、山本は「大丈夫大丈夫!」と大きな声で言いながら手で制止する。

おそらく、普段よりも飲み過ぎてしまったのだろう。ヘラヘラと笑うその顔は床に溢れたワインに負けないほどに真っ赤だ。

「龍!日向くん達の分まで飲んでるでしょう。まったくもう…しっかりしてよね!」

いつまでも謝罪の言葉を述べない夫に業を煮やしたのか、隣に座っていた律子が厳しい声で山本を嗜める。

だが、ワイングラスのかけらを拾い集める律子の小言を受けて山本が口にしたのは「はぁ〜」という大きなため息だった。そしてその直後、信じられない言葉を浴びせたのだ。

「はいはい、オバさんはホント口うるさいなぁ。みんなの前でそんなに怒ることないだろ!」

8月下旬のけだるい熱気が、一瞬でしんと冷え切る。

しかし、もはや前後不覚に陥っている山本の言葉はさらに苛烈を極めた。

「いいよなぁ、海野も日向も。海野の奥さんはいかにも貞淑で夫を立てるタイプだし、千花ちゃんは若くて料理上手だし!俺の奥さんなんて、40歳の怖い怖〜いオバサンだもんなぁ〜」

山本はちょっとした冗談のつもりで言っているのかもしれない。だが、グラスの破片を拾い集めながらみるみる表情をこわばらせていく律子の姿は、冗談の一言で済ませるにはあまりに痛々し過ぎる。

「おい…さすがにそんな言い方ないだろ」

目の前で繰り広げられる残酷な光景に気分を悪くしたのだろう。美希の隣でのんびりと座っていた誠が、山本に対して低い声を放った。

もはやテラスの空気は、肌を刺すような痛みを伴っている。先ほどまでの凪のような穏やかな雰囲気は、一欠片も残ってはいなかった。

美希は手に持っていたワイングラスを、なすすべもなく祈るように両手で包み込んだ。

―どうして…?うまく行きかけたと思ったら、誰かが苦しい思いをする。どうしてこうなってしまうの…?

目前の光景から、目を逸らしてしまいたい。

その一心で美希が両の目を固く閉じようとしたその瞬間、身じろぎすら許されないほど硬く凍り付いていた空気がほんの少し揺らいだ。

見ると、美希の隣に座っていた千花が、ティアードワンピースをはためかせて立ち上がっている。

そして千花は、小さなバラの蕾のような唇を震わせこう言ったのだ。

「あの…、このお付き合い、そろそろやめにしませんか…?」

▶NEXT:8月23日 金曜更新予定
突如、千花から提案された「解散宣言」。そして明かされる重大な秘密。それぞれの家族が進む道とは…

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