肉や卵などの動物性食材を食べない「ヴィーガン」が、ニューヨークの若者を中心に広がっている。なぜ、彼らは肉を食べないライフスタイルを選んだのか。NY在住ジャーナリストのシェリーめぐみ氏がその背景に迫った――。(第2回、全4回)
アボカドやきのこがはいったサラダボウル

■「総人口の40%が肥満症」の危機

筆者が住むニューヨークの黒人コミュニティー、ハーレム地区のレストラン「シーズンド・ヴィーガン」のオーナーシェフ、ブレンダ・ビーナーさんは、お肉や卵、魚などの動物性たんぱく質を一切とらない「ヴィーガン」を続けて12年になる。夫も息子も、さらに孫までもが同じライフスタイルを送っており、3代に渡るヴィーガンファミリーだ。

そんなブレンダさんがシーズンド・ヴィーガンをオープンしたのは5年前。大豆や穀物が原料で、鶏肉、エビ(ザリガニ)などと味や食感もそっくりなヴィーガン食材と、野菜を豊富を使った料理を揃えた。

「この地域の人々は伝統的に肉食でほとんど野菜を食べません。そんな彼らに新しい選択肢を持ってほしかったのです」とブレンダさんは語る。

ハーレムの住民に限らず、アメリカ人は基本的に肉食だ。日本と比べても肉の消費量は2倍以上にのぼる。しかし、野菜の消費は日本をわずかに上回るだけで、食生活は偏っている。

その影響でアメリカでは肥満が進行している。アメリカ人の7割が太り過ぎで、総人口の4割は心臓疾患や糖尿病などの深刻な病気を併発する肥満症という危機的状況だ。

一方で、食物アレルギーの問題も大きくなった。子供の13人に1人が食物アレルギーを持ち、患者数は1997年から2011年の間に1.5倍に増えたといわれている。

こうした問題が深刻化する中、大ブレイクしたのがオーガニック食品だ。アメリカ人の間で自分たちが何を食べているのかに関心が高まったのだ。

■国民皆保険がない国の新たな予防法に

「ある子供は、トマトやジャガイモは工場で作られていると思っていた」というジョークがある。アメリカは巨大な農業国だが、どの食品がどこから来ているのかについて注意が払われることはあまりなかった。

それを一変させたのがオーガニック・ブームと言っていいだろう。有機栽培表示にこだわるのと同時に、スーパーに並ぶ野菜や肉がどこから来たかに関心が持たれるようになった。

「ホールフーズ・マーケット」というオーガニック食品スーパーが台頭し、オーガニック、ローカル、グルテンフリーといった表示が並び、「ファーム・トゥ・テーブル(農場から食卓へ)」のコンセプトがもてはやされるようになる。ミシェル・オバマ夫人がファーストレディー時代に、ホワイトハウスの庭に農園を作って話題になったのもこの頃だ。

人々は食品を買う前に、産地や食品成分表を熱心にチェックするようになり、こうした情報がネットに上がると、若者たちの間を駆け巡ることになる。特に熱心なのはデジタルネイティブのミレニアル世代&Z世代(1981年〜2010年くらいまでに生まれた世代)だ。

もう一つ重要なポイントは、アメリカは国民皆保険ではないことだ。このため保険料の負担を嫌って健康保険に入らない若者がたくさんいる。アメリカでは病気になるとお金がかかる、だから食生活を気にすることは、ジムに行って体を鍛えるのと同じように、病気にならないための予防でもあるのだ。

■インスタ映えする「サラダボウル」が爆発的ヒット

そんな流れに乗って今度は、4〜5年前からニューヨークをはじめとした都市部でサラダ専門店が大ブレイクする。

写真提供=シーズンド・ヴィーガン©soyfierce
「シーズンド・ヴィーガン」オーナーシェフのブレンダ・ビーナーさん(右)と息子でマネージャーのアーロン・ビーナーさん(c)Kim-Julie Hansen - 写真提供=シーズンド・ヴィーガン©soyfierce

中でも急成長を遂げているのは、さまざまな具材たっぷりのサラダを目の前で作ってくれるファスト・カジュアル・サラダチェーン。パンやライスの代わりにキヌアやカリフラワーライス(カリフラワーを米粒のサイズにカットしたもの)などをベースに大量の野菜、さらに豆腐や、ヴィーガンではない人はサーモンなどのプロテインも乗せて、バランスのとれたサラダランチが手軽に食べられる「ボウル」を売り出している。

工夫を凝らしたドレッシングで味付けされた野菜や豆腐は、多くがローカル(=地元の農場)や自主農園から運ばれるオーガニックフードだ。アメリカの若者たちは野菜のおいしさに目覚めたと言っていいだろう。その中に豊富なヴィーガン・メニューが含まれていたことも見逃せない。

こうした「ボウル」はカラフルでインスタ映えするため、あっという間にソーシャルメディアに広がった。さらに業界トップのファストカジュアル・チェーン「スイートグリーン」は、ヒップホップのスーパースター、ケンドリック・ラマーとのコラボメニューなどを打ち出し、女性的なイメージが強かったサラダを男性にとっても魅力的でエキサイティングなものに変えた。

こうした店にはおしゃれなIT系や、アンダーアーマー、ルルレモンなどのスポーツアパレルに身を包んだジム帰りの健康的でセクシーな男女が立ち寄るイメージが定着。ニューヨークではヘルシーなランチとしてファストフードに取って代わっている。

■全米で話題を呼んだ畜産ドキュメンタリー

野菜のイメージはアメリカで飛躍的にアップしている。しかしヴィーガンとして肉をやめようという発想は、どこから来たのだろうか?

筆者は、今年5月に開催されたヴィーガンとベジタリアン食品の見本市「NYベジタリアンフード・フェスティバル」を訪れ、14歳からヴィーガン生活を続けているという運営者のサラ・フィオリさんにこの疑問をぶつけてみた。

サラさんはこう答えてくれた。

「大きなインパクトを与えているのは、SNSでシェアされている家畜に関するビデオや、ネットフリックスなどで見られるドキュメンタリー映画だと思います。私たちが口にする肉がどれほどひどい状況で育てられているかが克明に描かれています。

『ファクトリーファーム』と呼ばれる窓もない施設で牛が育てられているなんて、それまで全く知らなかった。これまでアメリカ人が全く知らされていなかった真実が、初めて白日の下にさらされたのです」

サラさんの言うドキュメンタリーとは、「フード・インク」(2008)、「カウスピラシー」(2014、レオナルド・ディカプリオがプロデューサーとして参加)「フォークス・オーバー・ナイブス」(2011)といった映画のことである。

写真提供=シーズンド・ヴィーガン©soyfierce
大豆などで作られた「チキンナゲット」 - 写真提供=シーズンド・ヴィーガン©soyfierce

■動物が好きなのに殺して食べるのは偽善だ

例えば「フード・インク」では、ファクトリー・ファームで自分の糞尿に足首まで浸かって育てられる肉牛、日光が全く当たらない屋内で成長を早めるために抗生物質などを与えられ、骨の成長が追い付かないために歩けなくなった鶏など、これまで見たことがないような衝撃的な映像が次々に出てくる。安く豊富に供給される肉の裏側に隠された真実だ。

こうした映像のパワーが、もともと動物好きなアメリカの若者の心を直撃した。これまで何も考えずに食べていた肉と、劣悪な環境で育ち屠殺(とさつ)される肉牛とが初めてつながったのだ。情報は猛スピードでネット上を駆け巡った。

「あれを見てしまってからもう肉は食べられないと思うようになりました」と話すのは、ニューヨーク在住、ヴィーガンになって1年という23歳の女性。

肉や魚を食べるということは、生き物を殺すことになる。そこまでして肉を食べる必要があるのだろうか? という疑問が、アメリカの若者の間で頭をもたげ始めたのだ。

ベジタリアン歴8年の20歳の女性は、「自分は動物が大好きなのに、生きているものを殺して食べるのは偽善だと思ったのです」と話し、またヴィーガン歴7年という24歳の女性は「子供の頃クジラが大好きで、よくテレビでクジラの生態などのドキュメンタリー番組を見ていました。ところがそのクジラを食べる文化があることを知ってショックを受けました。その時に、私たちも牛や豚などの動物に対して同じことをしているのだと感じたんです」

こうした動物への思いとともに、人々が関心を払い始めたのが、肉食生活が人の健康に与えるリスクである。

■大学や研究機関も“肉ばかり”の生活に警鐘

肉食のリスクと植物性の食事のメリットを訴え、若者に最も大きな影響を与えているのもやはりドキュメンタリー映画だ。

「フード・インク」では劣悪な環境で育てられる牛による大腸菌への感染リスクや、抗生物質の大量投入による人体への影響などが警告されている。

また「フォークス・オーバー・ナイブス」では、肉をやめてプラント・ベースト・フード(植物性の食品)、ホールフーズ(加工や精製されていない食品)を食べることで、肥満症や生活習慣病を予防、治癒することができたという内容で、大きな支持を得ている。

一方で、牛肉を中心とした赤身肉自体の健康リスクはかなり前から言われていたが、2012年にハーバード大学が発表した大規模な研究結果では、赤身肉の食べ過ぎが糖尿病、心臓疾患、ある種のがんとの関連があることが示されている。

また世界保健機関(WHO)は2015年、ハムやベーコンなどの加工に使われる化学物質には発がん性物質が含まれ、多く食べるとがんになるリスクが上昇すると発表。

今年、医学誌『ランセット』で発表された研究結果では、肉と砂糖の摂取量を半分にするだけで、世界で心臓病や糖尿病で亡くなる人の数が毎年1000万人減らせるというもので、大きな注目を集めた。

■食べるものを変えたら便秘や頭痛がなくなった

逆に植物性の食生活に切り替えることのメリットも多く研究されるようになってきている。アメリカの栄養学の専門誌『アメリカン・ジャーナル・オブ・クリニカル・ニュートリション』に発表された研究によれば、ベジタリアンの食事は食物繊維や葉酸、ビタミンC、E、ポタシウム、マグネシウムが豊富。特に動物性食品を一切とらないヴィーガンの人はコレステロール値も血圧も低いとしている。

こうした情報はネット上でいくらでも見つけることができ、若い世代の食に影響を与え続けているのだ。

では実際にヴィーガンになったミレニアル世代やZ世代は、自分たちの健康をどう感じているのだろう?

前出のヴィーガン歴7年の女性は、「1番よかったことは、自分が食べているものに対して非常に注意を払うようになったことです。これまで食べていたものを見直すことで、なぜ便秘や頭痛、疲労などの症状が起きていたのかを知りました。こういった症状はヴィーガンになって全てなくなりました」

■「不健康になる」と周囲から大反対も

また、ヴィーガンになって1年という女性は「食べ物だけでなく、スキンケア製品なども全てヴィーガンに変えました。その結果以前よりエネルギーが出るようになったし、肌や髪もみずみずしくなった気がします」と話す。

それ以外にも、体だけでなく心もクリアになって、もっと自分や自分の周囲で起こっていることに意識が及ぶようになった。何を食べるかに注意を払うことで、以前よりセルフコントロールできるようになった。痩せるつもりはなかったが、結果として痩せることができたなどの声が聞かれた。

どうやらメリットは多くても、健康面でのデメリットはまずないと感じているようだ。しかし、別の意味での難しさはまだまだあるという。

ヴィーガン歴7年の女性はこう言う。「ヴィーガンになると決めたら、周囲の大反対に遭いました。友達も家族も、そんなことをしたらプロテインとカルシウムが不足して不健康になってしまうと言うのです」

ヴィーガンに関して、おそらく最も大きな論争ポイントの一つはここかもしれない。(続く)

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シェリー めぐみ(しぇりー・めぐみ)
ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年からニューヨーク在住。ラジオ・テレビディレクター、ライターとして米国の社会・文化を日本に伝える一方、イベントなどを通して日本のポップカルチャーを米国に伝える活動を行う。長い米国生活で培った人脈や米国社会に関する豊富な知識と深い知見を生かし、ミレニアル世代、移民、人種、音楽などをテーマに、政治や社会情勢を読み解きトレンドの背景とその先を見せる、一歩踏み込んだ情報をラジオ・ネット・紙媒体などを通じて発信している。オフィシャルブログ
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(ジャーナリスト・ミレニアル世代評論家 シェリー めぐみ)