孤独死した40代男性の部屋に見た周囲との断絶

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孤独死の現場からは、生きづらい社会で孤立する現役世代の悲痛な叫びが浮かび上がってくる(写真:KatarzynaBialasiewicz/iStock)

いよいよ夏本番になってきた。夏は、1年のうちで孤独死が最も多く発生する。

なぜ夏の時期に孤独死が大幅に増加するのか。理由は簡単で、孤独死は近隣住民の臭いによって発見されるからだ。また、孤独死する人はセルフネグレクト(自己放任)に陥っているケースが約8割となっている。ゴミ屋敷など物理的にエアコンをつけられない環境にあることも多く、強烈な暑さの中、元々衰弱していた人などは、熱中症が引き金となって死に至ることがある。

拙著『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』の取材を通じて孤独死現場と向き合っていると、家族でも友人でもなく、遺体が発する臭いによってしか、その死が気づかれないという残酷な現実が浮き彫りになる。

特殊清掃業である武蔵シンクタンクの塩田卓也さんは、そんな過酷な現場と長年向き合ってきた1人だ。

吐血し、苦しみながら亡くなった男性

関東地方のワンルームのアパート――。40代の男性が、玄関で孤独死していた。

ベッドと床の上には、黒い体液が2メートル四方に広がり、フローリングの下まで突き抜けていた。男性は苦しみのあまりのたうち回り、玄関までたどり着いたものの、力尽きてしまったようだった。

塩田さんが亡くなったベッドの毛布をめくると、枕は吐血した血でどす黒く染まっていた。かなりの長い間、男性の遺体が放置されていたことは明らかだった。近隣住民が異様な異臭に気づいて管理会社に苦情を言ったことで、発見されたという。

部屋の中は、数百匹のハエが飛び交いうじが床を這いまわっていた。暗い室内で何とか電気を探し出してつけると、そこには、ギターが壁に何本も立てかけられてホコリをかぶっていた。

塩田さんが遺品整理をしていると、路上ライブを行っていた男性のものと思われる写真や自作のCDが次々と出てきた。部屋の片隅には、有名アーティストと男性とのツーショットの写真もあった。おそらくリスペクトしていたアーティストだったのだろう。男性は、はち切れんばかりの笑顔に溢れていた。タンスの上には、そのアーティストの楽譜が丁寧に飾られていた。

男性の両親に話を聞くと、アーティストになりたいという夢を持った息子に、「お前なんか出ていけ!」と父親は激しく怒鳴りつけたという。

その直後から男性は家を出ざるをえなくなり、アルバイトをしながら、一人暮らしを始めるようになる。

母親は、厳格な父親の目を盗んで、こっそりと知人に頼んで男性の路上ライブで投げ銭をしてもらっていたらしい。しかし、息子の家を訪ねることはなく、生活状況はまったく知らなかった。

男性はしばらくアーティストになる夢を追いながら、さまざまなアルバイトをして食いつないでいた。しかし、それもうまくいかずに精神的に追い詰められ、次第に家にひきこもるようになる。部屋の中は徐々に荒れ果てていき、不摂生な食生活を送るようになり、セルフネグレクト状態になっていく。

行政に助けを求めようとしたが力尽き…

何年か前のコンビニ弁当のプラスチックや、カップラーメンの食べ残しが乱雑に放置してあったことから、男性が一人暮らしを始めてから数年以上にわたって不摂生な食生活を送っていたことは明らかだった。ベッドの周囲にはゲームや、ビデオやDVDが乱雑に積まれていた。

「故人様は夢と現実の間で苦しみ、家にひきこもるようになったのでしょう。親に勘当されたこともあって、どんなつらい状況になっても親を頼ることはできなかった。そして、うつ病になってしまったようです。たった1人、孤独の中でとても寂しい思いをしていたのかもしれない。遺品の中には、生活保護に関する書類があったので、身体の調子が悪く、最後は行政に助けを求めようとしたのかもしれません」

男性は厳格な父親を恐れてか、最後まで両親に病気のことは告げなかった。父親に家を追い出されたこともあり、家族に助けを求めることはできなかったのだろう。

夢破れた結果、周囲から孤立し、もはや自分の窮状を話せる相手は誰もいなくなった。そして、自暴自棄になり、その孤独感は自らの命を脅かすほどに大きくなった。私は、亡くなるまで追い詰められた男性を思うと胸が痛くなった。彼はたった1人で自分自身の苦しみと戦い続け、最後の最後で誰かに助けを求めようとしたが、それさえかなわなかったのだ。孤独死する人々は、SOSを発することができず、崩れ落ちるように命を閉じていく。

そしてそこには、完全に無縁社会と化したいびつな日本社会の現実がある。その数、年間3万人――。近年、30代や40代を含む現役世代の孤独死が数多く発生しているが、遺体は警察によって手際よく運び出され、年々増加する特殊清掃業者が部屋を元どおりにする。そして彼らは「何事もなかったように」忘れ去られる。

内閣府の『生活状況に関する調査 (平成30年度)』では、中高年のひきこもり状態にある人が約61万3000人いることが明らかにされた。

近年注目されている大人のひきこもりと孤独死は、私のこれまでの取材からも相関関係があると強く感じる。

孤独死とひきこもり

内閣府の調査によると、ひきこもり全体のうち「かつては正社員として働いていたことがある」が約74%という結果になっている。そして、性別を見ると76.6%が男性だ。同じく、今年の5月に発表された少額短期保険協会の第4回孤独死現状レポートでも、孤独死した人の8割が男性となっている。内閣府は、広義のひきこもりとして、自室や家からほとんど出ない状態だけでなく、趣味の用事や近所のコンビニなど以外に外出しない状態が6カ月以上続く場合と定義している。これは、孤独死した人の生活実態とも重なる部分が多い。先の塩田さんは語る。

「ひきこもりの結果、孤独死するというケースが後を絶ちません。例えば近くのコンビニで買ったカップラーメンの食べ終わった空の容器が垂直に何個も積み重なっている現場はよく遭遇します。カップラーメンがタワーのようになっているんです。引きこもった末の孤独死の特徴としては、インスタントラーメンとかレトルトとかミネラルウォーターを通販でまとめ買いしているケースが目立ちますね。現場を見ていると、極端なまでの孤独が寿命を縮めて、非常に危険な状況へとの追いやり、孤独死になってしまうと感じます」

先の内閣府の調査によると、ひきこもるきっかけは、「退職」が最も多く、「人間関係がうまくいかなかった」という理由が2番目に続く。つまり、かつては正社員やアルバイトなどで勤めていたが、何らかの理由で退職やドロップアウトを余儀なくされ、そこからひきこもるのだろう。

同じく孤独死した人の経歴を遺族に聞き取るなどしてたどってみると、こちらも昔は会社に勤めていた人ばかりである。

うじとハエが大量発生する孤独死の現場からは、生きづらい社会で孤立する現役世代の悲痛な叫びが浮かび上がってくる。おとなのひきこもりにしろ孤独死にしろ、私自身も含めて、ふとしたきっかけで、いつでも誰でも起こりうる。


例え就労していても、ひとたび家に帰るとゴミ屋敷と化しており、セルフネグレクトが進行している例もある。どんなに夏の暑さが過酷でも、エアコンを使うこともなく、扇風機やコンビニの冷凍ペットボトルで1日1日をしのごうとする女性もいる。彼女は職場で嫌がらせを受けて心が壊れた。私はひきこもりや孤独死の取材で夏を必死に生き延びようとした人たちを数多く見てきた。

精神的に追い詰められているため、考える余裕がなく、何とか日々を生き延びることに精いっぱいでそれしか手段がないのだ。

塩田さんたち特殊清掃業者は、自分たちが活躍しないですむ社会が望ましいと感じている。私もそう思う。今この瞬間も、灼熱の夏を何とかかろうじて生きている人たちがいるはずだ。つらいと感じたら、誰でもいいので周囲の人に助けを求めることをしてほしい。そして、まずは、なんとかこの夏を乗り切って、命をつないでほしいと心から願っている。