1/15この1980年代のトヨタ「スプリンター トレノ」(米国名はカローラスポーツ)は、その型式から「AE86」として知られる。ドリフトに使われるクルマのなかでも伝説的なモデルだ。 2/15「ワールドスター」と書かれたナンバープレート。このプレートを現金で買い取りたいという申し出もあったが、オーナーは断わった。 3/15グランジでは、ティーンエイジャーと会社経営者が仲良くドリフトを楽しむ光景もよく見られる。 4/15ドリフトの歴史は、日本のストリートレーサーたちが峠道で腕を競ったことから始まった。 5/15グランジに出かけると週末がそっくりつぶれてしまうこともよくあり、ドライヴァーの多くはパートナーを伴って訪れる。 6/15リアタイヤのトレッドゴムを全部使い切ってしまったら、もうできることは何もない。あとは「ドーナツ」になったのを見守るだけだ。 7/15グランジではコース外での動きも速く、ポートレートの被写体と向き合う機会もわずかだ。 8/15タイヤを交換しようとする3人組。目下のところ作業に使うコンプレッサーの整備中だ。 9/15横向きにクルマを滑らせていると、ラジエーターに流れる空気が不足気味になる。エンジンのオーヴァーヒートを手軽に防ぐ方法のひとつは、ボンネットを取り外してしまうことだ。 10/15グランジで過ごす週末は家族のイヴェントにもなっている。 11/15ドリフトは必ずしも最速のドライヴィングではないが、最高にスタイリッシュだ。 12/15民間軍事会社に勤めるこの人物にとって、グランジはアフガニスタンへと飛ぶ前日に最後に訪れておきたい場所だった。 13/15このトヨタ「クレシーダ」(日本のクレスタ/マークIIの北米仕様)は通称「JZX63」と呼ばれるモデルで、アレックス・ヴェラスケスが所有するクルマだ。グランジで古株のヴェラスケスは、非公式なコースの監視員を務めている。 14/15こうしたタンデムドリフトはレースのようにも見えるが、グランジは本格的なサーキットではないので競争は許されていない。 15/15この荒れ地でドリフト愛好家たちの間に家族のような一体感があることにヤングは気づいた。それに魅力を感じた彼は、写真プロジェクトを完成させるまでに6回もここを訪れた。

カリフォルニア州にある「グランジ・モーターサーキット」のコース幅は狭く、1周の距離は短い。長めのストレートは1本しかない。クルマはドリフト走行でコーナーに入ることを余儀なくされ、うなりを上げるエンジン音とマフラーの排気音は、激しいスキール音にたびたびかき消されてしまう。

「日本の旧車も疾走! 白煙が上がるドリフトサーキットの魅力的な世界」の写真・リンク付きの記事はこちら

アスリートにカメラのレンズを向けることが多かった写真家のライアン・ヤングは、こうしたアクションをとらえたいと考えた。ヤングのプロジェクト「Home on the Grange」は、後輪から白煙を吹き上げながら横滑りしているクルマの写真で満ち溢れている。

だが、こうした激しさとは裏腹に、ヤングの写真は紛れもなく静けさをたたえている。なぜなら、マシンのパワーとスピードを見せつけるというより、モータースポーツがいかに人と人とを結びつけるかを物語る作品だからだ。

「そこに集まる人たちの仲間意識を目の当たりにして、すっかり魅了されたのです」と、ヤングは言う。こうしたコミュニティ意識にひかれて、カリフォルニア州アップルヴァレーに2018年に合計6回も通った。なかには極寒のニューイヤーズイヴも含まれる。

サンバーナーディーノの山あいにある荒れ地のど真ん中で、初対面の人同士が「次にサーキットで会う週末までにメールでやりとりしようよ」と約束し、互いのクルマの安全点検をし合う。そんな光景をヤングは見てきた。

「言ってみれば開拓時代みたいなものです」と、経験豊富なドライヴァーのひとりでコースの“監視員”を務めるアレックス・ヴェラスケスは語る。「公認サーキットではないので明文化された規則はありません。ここは荒れ果てた私有地に設けられたアスファルト舗装のゴーカートコースにすぎないませんから」

写し出される草の根のコミュニティ

「Home on the Grange」というプロジェクトのタイトルは、誰もが知っているアメリカ民謡「Home on the Range(峠のわが家)」から拝借したわけではない。それでも、このふたつは驚くほどよく似通っている。

この歌は、作詞者のブリュースター・ヒグリーが1872年に発表した詩「My Western Home(西部の我が家)」が基になっている。西へ向かった入植者たちが見出した牧歌的なアメリカの風景に捧げられたものだ。一方で、ヤングが見たのは大草原で農場を営んでいる人々の家ではなく、この荒野に根づいたサーキットに張られたテントだった。

このプロジェクトの写真はポートレイトやルポルタージュ、アクションと多岐にわたる。その一部は熱気のこもるドリフトカー(エアコンは軽量化のため取り外されていることが多い)の車内から撮影された。

まるで西部劇のような軽快なフットワークが求められる今回の撮影に対応すべく、ヤングはカメラホルスターを購入した。そこに吊り下げるのは2台のキヤノン「EOS 5D Mark IV」と、24-70mm、100-400mm、70-200mmのレンズだ。

「このホルスターを買ったのは正解でした。普段はあまりこういうスタイルで撮影しないので」と、ヤングは言う。「機材の重さで腰をやられそうですけどね」

しかし、腰に負担をかけるだけの価値は十分にあった。スポーツの撮影の醍醐味としてヤングが大切にしているのは、こうした草の根的なコミュニティなのだ。

ドリフトがいまのようなかたちで生き残れるかどうかは、もう少し時を経ないとわからない。化石燃料で走るクルマはすぐにではないにせよ、いずれ電気自動車に置き換えられる日がやって来るはずだ。内燃機関が時代遅れになり電気モーターにとって代わられれば、ガソリンを燃料とするレースカーを走らせて維持していくために、とてつもない費用がかかるようになるかもしれない。

実際にそんな時代を迎えたら、ヤングの写真はヒグリーの詩と同じように過ぎ去りし日々への讃歌になるだろう。だが、それまでの間は、この去りゆく時代の眺めを楽しもうではないか。