コンプレックスが見えることでそのキャラが光る。声優・中尾隆聖が語る、悪役の美学
捨てられたペットたちを率いて人間に反抗する、可愛らしいウサギの名はスノーボール。毒舌で凶暴だが、キュートで愛らしい映画『ペット』の人気キャラクターだ。
絶賛公開中の映画『ペット2』では、前作までの“悪役”のイメージから一変。“正義のヒーロー”としての姿も見せる。
そんなスノーボールを演じるのは、さまざまな悪役キャラを担当してきた声優・中尾隆聖。『それいけ!アンパンマン』のばいきんまん、『ドラゴンボール』シリーズのフリーザなど、一度聴いたら忘れられないインパクトをもつ声と芝居で、悪の美学を見事に体現している。
さぞかし怖い人なのではと、緊張して取材現場に向かうと――そこにいたのは素敵な紳士。中尾は深々とお辞儀をすると、“悪役”を演じる醍醐味から、声優という仕事の面白さや難しさまで、真摯な言葉で語ってくれた。
ばいきんまんもフリーザも、コンプレックスだらけなのが魅力
- 中尾さんはこれまでいくつもの魅力的な悪役キャラクターを演じられています。悪役を演じる面白さとは何でしょうか?
- 私はコンプレックスが強いキャラクターが好きなんですよ。悪役は、その人が抱えているコンプレックスが軸になっていて、パワーの源になっていることが多い。どういった生い立ちで、どんな屈折があるかを探すことが演じる手がかりになるんです。そういったところに面白さを感じているので、悪役を演じることは楽しいです。
- 最初に悪役を演じることになったとき、戸惑いはなかったですか?
- 戸惑いよりも、悪役だからこそできることがあるなと。人から好かれなくてもいいし、嫌われるようなことをしてもいい。だからこそ、面白いんですよね。
嫌われ方にもいろいろありますし、その悪役が抱えているコンプレックスがちらっとどこかに見えることで、キャラクターが魅力的に感じられることがあるんです。 - 悪役を演じる美学ですね。中尾さんには、何十年も担当されている悪役キャラクターが何人もいらっしゃいますよね。
- ほとんど人間じゃないんですけどね。“ばいきん”とか、“宇宙人”とか(笑)。
- 『それいけ!アンパンマン』のばいきんまんは、30年以上も演じていますが、ばいきんまんを演じる面白さはどんなところにありますか?
- 『アンパンマン』では、“善の中にも悪があって、悪の中にも善がある”というやなせたかし先生の作り上げた世界観が基本になっています。その中で、悪役(ばいきんまん)と正義の味方(アンパンマン)は陰と陽のような関係で描かれています。“パンの中にも菌がある”わけですね(笑)。
『アンパンマン』のターゲット層は幼い子どもになりますから、子どもたちに「悪いことは悪い」けれど、「ばいきんまんは憎まれたり、嫌われたりする存在じゃないんだ」ということを感じてもらいたいなと思って演じています。 - 30年以上、ひとつの役柄を務めるのは大変なことだと思います。ばいきんまんの声はかなり特徴的ですし……。
- 本来、私は「声を作る」というのが好きではないんですよ。まあ、私が言うと説得力がないんですが(笑)。後輩たちには「声を作ってはダメだよ。いい声帯を壊しちゃダメだよ」といつも言っています。
もともと私は役に合わせて声を変えることが苦手で。自分の地声のまま、キャラクターや性格付けで役を作っていくタイプの役者だったんです。
ところが『アンパンマン』のオーディションのときに、たまたま「バナナのたたき売り」の感じでばいきんまんを演じたら、それを当時のスタッフが面白がってくれて、以来あの声でばいきんまんを演じることになってしまいました(笑)。
番組が始まった当初は、演じた翌日は声が出なくなってしまうほどで、次の収録までに声を取り戻さないといけないのが辛かったですね。今でも、しんどい部分はありますが、30年もやっているとおかげさまでずいぶん慣れてくる。声を作り込まなくても、ばいきんまんがひとりで歩き出しているような感覚があるんです。 - 先ほど「悪役を演じるときは、その人の抱えるコンプレックスを探す」というお話をされていましたが、ばいきんまんにもコンプレックスが?
- ええ! ばいきんまんはコンプレックスばかりですよ!(笑)まして、フリーザなんてコンプレックスの塊ですよね。
- 『ドラゴンボール』に登場する宇宙の帝王フリーザも20年近いお付き合いになりますが、どのあたりがコンプレックスの塊なのでしょうか?
- フリーザは悟空に対しても、家族に対しても、すべてに対してコンプレックスを抱いているキャラクターなんです。(2018年に公開された)映画『ドラゴンボール超 ブロリー』では「身長を5センチ伸ばしたい」というコンプレックスまで明らかになりました。さすがにそれは、とも思いましたけれど(笑)。
- 長くお付き合いしているキャラクターであっても、まだまだ掘り下げていくことができるんですね。
- どのキャラクターもコンプレックスの抱き方が違っていて、それがおのずと個性になっていくんです。だからまだまだコンプレックスを探す面白さがありますね。(『ペット2』の)スノーボールも、今作のエンドロール後に隠していた一面を見せてくれましたしね。
スマホの壁紙にするほど、スノーボールはお気に入り
- 公開中の映画『ペット2』では、そんなスノーボールが1作目に引き続き大活躍します。
- こんなに可愛らしいキャラクターを担当できることはなかなかないので、スノーボール役をいただいたときはすごく幸せでした。こんなに可愛いのに、声が“おじさん”なのにはびっくりしましたけれど(笑)、1作目はどちらかというと「悪者」でしたから、そのギャップがよかったのかもしれませんね。
- スノーボール役の声優はケヴィン・ハートさん。アメリカではコメディアンとしても活躍されている方ですね。
- (ケヴィンさんは)テンポのいい、べらんめえ口調のお芝居なんですよね。『ペット』の舞台はニューヨークなんだけど、彼独特のセリフ回しは、東京の下町の口調のように聞こえるんです。それがとっても気持ちがよかった。私も、収録のときは下町のイメージで演じていました。
- 1作目のスノーボールは、人間に捨てられたペットたちを束ねるペット軍団のリーダーでした。
- 捨てられたペットたちを率いて、人間に反旗を翻すところが大好きでした。私はそもそも体制側が好きじゃないんです(笑)。スノーボールは反体制。私の好みにぴったりだったんですね。
そういうこともあり、1作目の頃から大好きなキャラクターだったので、2作目があって本当に嬉しかったです。
スマートフォンの壁紙もスノーボールにしています(笑)。1作目のちょっとワルっぽい顔をしているスノーボールが好きなんです。 - 今作では正義のヒーロー、キャプテン・スノーボールとして登場します。
- 1作目で、優しい女の子・モリーに飼われることになって、彼の生活が変わるんですよね。2作目では新しい生活にもすっかりなじんで、まさかのスーパーヒーローになりました(笑)。
でも、彼自身は基本的にはあまり変わっていないんです。下町出身っぽくて、お調子者でおっちょこちょい。スーパーヒーローになりましたが、変化は気にせず演じさせていただきました。 - スノーボールがラップを披露する場面もありますね。
- 私もびっくりしました。最初にリハーサルV(収録前に声優に渡される参考映像)を見たときに「ん!?」と思ったんですけど、ラップのシーンを収録することなく時間は過ぎていって…。「ああ、これはケヴィンさんのラップをそのまま使うんだな」と思っていたんですけど、後日、「ラップを収録します」と(笑)。
人生初ラップだったもので(笑)ちゃんとしたものになっているかどうか心配なんですが、スタッフさんが助けてくださって、スノーボールを最後のカットまで演じることができて嬉しかったです。 - 人生初ラップはいかがでしたか?
- 独特のノリがあってやっぱり難しいですね。揉み手(音頭)だったら得意なんですけれど(笑)。スタッフさんに教えていただきながら、一生懸命練習して、本番に臨みました。
声優は、役によって異なる“普通”を演じなければならない
- 中尾さんは著書『声優という生き方』で、「演技においての“普通”は、実生活の“日常”を指さない」と指摘されていましたね。その“普通”とはどのようなものだとお考えですか?
- この話は難しいんです。後輩たちやお芝居の勉強をしている若手に、私たちは「普通に演じればいいよ」なんて言うことがありますが、その“普通”は“普通にしゃべっているように聞かせる技術を駆使した芝居”を指しているんです。でも、それをよくわかっていないと、友達と話しているような日常的な会話になってしまうんですよね。
私が伝えたいのは、キャラクターとして、セリフとして、芝居として成立する“普通”を演じなければいけないということ。
ただし、キャラクターによって何が普通かは異なります。スノーボールにおける“普通”、ばいきんまんにとっての“普通”、フリーザにとっての“普通”はどれも違う。作品の世界観の中で、キャラクターが生きているようにしゃべらなければならないんです。 - スノーボールでいえば、ペットたちがしゃべる世界が“普通”であるから成り立つ、ということですね。
- そうですね。ペットたちがしゃべるのは、いわゆる世の中の“普通”ではないですよね。でも、あの世界の中では“普通”なんです。作品ごとにその在り方は違うんですよ。
- 改めて、役者・声優とはどんな職業だと感じますか?
- 役者ってフグみたいなものだと思うんです。調理師免許を持っている人が、毒のあるフグを上手く料理するとすごくおいしいメニューになるように、いいスタッフが面白い役者と組むことで、作品が刺激的なものになって面白くなる。
でも、今は毒のない“フグ”も多いですよね。免許を持っていない人でもさばけて料理が出せる。僕としては、それで面白い作品が生まれるのかなという疑問も持っています。 - 声優に憧れる若い方も多いと思いますが、声優を目指すうえで、若い世代に必要なことは何でしょうか?
- いろいろな人と会って、いろいろな話を聞くことですね。10代、20代、その年齢でしか感じられないことがたくさんあります。若い感性をしっかりと刺激できるような、遊びや経験をたくさん積むことだと思います。
私は高校を卒業したあと、新宿二丁目でお店をやっていたことがあって、その頃の経験が今に活きています。そのときは価値に気付けないかもしれない。でも、数十年経ったあとに「ああ、あのときに経験できてよかった。あの人と会えてよかった」と感じることがたくさんあるんです。
私自身、10代から20代にかけての経験が、役者としても人間としてもいちばん勉強になったことかもしれません。
- 中尾隆聖(なかお・りゅうせい)
- 2月5日生まれ。東京都出身。A型。3歳で児童劇団「劇団ひまわり」に入団。5歳でラジオドラマ『フクちゃん』のキヨちゃん役でデビュー。主な出演作に『それいけ!アンパンマン』(ばいきんまん役)、『ドラゴンボール』シリーズ(フリーザ役)、『おかあさんといっしょ』(NHK教育)内の人形劇『にこにこぷん』(ぽろり・カジリアッチⅢ世役)など。第25回日本映画批評家大賞で「最優秀声優賞」、第11回声優アワード「富山敬賞」を受賞した。関 俊彦とともに劇団「ドラマティック・カンパニー」を主宰し、舞台でも活躍している。
映画情報
- 映画『ペット2』
- 大ヒット上映中
- https://pet-movie.jp/
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— ライブドアニュース (@livedoornews) August 8, 2019
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