自分の住む地域が台風やゲリラ豪雨で浸水する可能性がある場合、有効な対策はあるのだろうか。不動産コンサルタントの長嶋修氏は「標高の高い内陸部でも水害の危険はある。住まいを選ぶには建物の構造だけでなく、まちづくり計画にも注目したほうがいい」と指摘する――。
写真=時事通信フォト
大雨で川が決壊し、被災した住宅地=2018年7月12日、岡山県倉敷市真備町[小型無人機で撮影] - 写真=時事通信フォト

■行政が「ここにいてはダメ」と警告する異常

「ここにいてはダメです」
「あなたの住まいや区内に居続けることはできません」

東京都江戸川区が6月に公表した「水害ハザードマップ」には強烈なキャッチコピーが書かれており、世間に衝撃を与えた。

同資料によれば同区は、埼玉・群馬・栃木など関東地方に降った雨の大半が集まる場所であり、江戸川や荒川を通じて流れ込んでくるというのだ。そもそも江戸川区はその70%がいわゆる「ゼロメートル地帯」といって、満潮時の水面より低い土地柄。たとえ豪雨や台風がなくても周辺河川の水位は陸地より高いのである。

1947年に関東・東北地方を襲ったカスリーン台風、東京湾で急激な高潮を引き起こした1949年キティ台風では、同区の大半が水没し大きな被害を受けた。その後の整備でかつてより水害対応力は増したものの、昨今の気候変動を受けて世界各地では、これまで経験したことのないような豪雨や巨大台風が頻発しており、ひとたび江戸川や荒川が氾濫すれば同区はひとたまりもない。

被害は同区にとどまらず、墨田区・江東区・足立区・葛飾区など江東5区にも及び、居住人口の90%以上である250万人が最大10メートル以上の浸水被害を受け、水が引くのは長くて2週間以上先だ。

10メートルといえば一戸建てなら3階部分まですっぽりと埋まってしまい、たとえマンションなどの高層住宅であっても、この期間中は電気・水道・ガスなどの生活インフラは使用できない。またそもそも250万人が一斉に被害に遭った場合、救助にも限界がある。

■必ず「ハザードマップ」で事前確認を

したがって江東区としては「区内にとどまるのは危険です!」として、危険な江東5区を離れ、標高が高く浸水の恐れがない周辺地域へ広域避難しようと促しているわけだ。万一移動できない場合は、小中学校などの待避施設や近くの頑丈な建物の高層階に逃げましょう、としている。

しかし一口に「避難」といっても、事はそう簡単ではない。250万人が一斉に動き出せば大混乱は必至。自動車は大渋滞に巻き込まれ、あふれる歩行者は将棋倒しになるなどのリスクがある。

これを防ぐには、鉄道などの公共交通を利用するなどしつつ早めの非難を心がけるしかないが、地下鉄は暴風や浸水などの災害でダイヤが乱れ、運行停止になれば利用できず「積極的に情報収集しましょう」といったアナウンスにとどまる。行政としては江東5区共同で、2日前から段階的に広域避難を呼びかけるとしている。

江東5区住民が今できることはまず、豪雨や台風の際に自宅や勤務先がどの程度の時間をかけ、どのくらい浸水する可能性があるか、自治体の「ハザードマップ」で確認することだ。自治体ホームページで確認できるほか、役所窓口で尋ねてもよいだろう。

次に、いざという時の避難先や避難方法を決めておきたい。さらには、江東5区から離れて避難できない場合にどうするかを考えておく。江東区の場合は、広域避難できない場合に避難場所となる公共施設の一覧をハザードマップに掲載している。

■「浸水リスク」の説明を受けず家屋が全壊

2018年の西日本豪雨では、土砂災害や川の氾濫などで237人の命が失われたほか、約1万8000戸の住宅が全半壊。現在でも多数の世帯が応急仮設住宅やみなし仮設住宅での生活を強いられている。

地震で大きく盛り上がった住宅街の道路(札幌市清田区里塚)

同年9月の北海道地震に見舞われた札幌市清田区では、土地が液状化し地面が激しく隆起したり陥没したりするなど、地域の約30%超で建物が傾いた。当地域はいわゆる「谷埋め盛り土」であり、かつては田んぼが広がり川が流れていたところで液状化が発生しやすかった。

国土交通省は、浸水想定区域などを説明するよう求める通知を出しているが、不動産取引の重要事項説明において説明義務はなく、その対応はまちまちであるのが現状だ。清田区の住民ももちろんこのようなリスクの説明は受けておらず、憤りを隠せない。

相次ぐ災害を受け、全国知事会は7月23日から2日間の日程で開催された富山市での会議で、不動産取引の際にハザードマップを提示するなど浸水リスクの説明を義務付けるよう国に提言することを決めた。

■標高の高い内陸部にも危険は潜んでいる

「浸水」や「洪水」といえば、江東5区や海沿いの低地などがイメージされるが、浸水可能性のある地域は標高の高い内陸部にも存在する。そしてそうした地域にも、一戸建てやマンション、アパートなどが普通に建設されているのだ。

例えば東京都世田谷区の標高は30〜35メートルだが、ハザードマップを見れば2メートル以上浸水する可能性のある地域が存在する。その原因は「ゲリラ豪雨による多摩川の氾濫」。都市の雨水排水能力は一般的に50〜60ミリ/時間を目安として設定されているなか、ゲリラ豪雨は100ミリ/時間を超えることもあり、排水能力が追い付かなくなると、水は周辺より相対的に低いところに流れていくためだ。

こうした立地の建物は、洪水を予測して基礎を高くするなどの工夫が施されていればまだマシだが、建物の容積率を稼ぐ目的で、地下や半地下を備えた一戸建てやマンションも多数存在する。

例えばこうした半地下物件は、一戸建ての場合数万円の「ポンプ」で排水処理を行う。このポンプの処理能力は果たしていかほどだろうか。また壊れたり、停電で止まったりしたらどうなるのか。建物の構造も合わせて確認したいところだ。

■21年にマンション保険料は最大5割アップ

ところで、こうした懸念のある不動産の価格にはどのような影響があるだろうか。先ほど言った通り、浸水想定区域などを不動産業者側が説明する義務は現状ない。よってこのことが直接不動産価格に反映されたり、金融機関の担保評価に影響を与えているということはない。

しかし、同省が準備している「不動産総合データベース」には、登記情報や都市計画情報・小中学区や上下水道などのインフラ整備状況に加え、災害や浸水可能性などのネガティブ情報が組み込まれる予定で、これが全国で本格稼働された後には、金融機関の担保評価、ひいては不動産の価格査定に影響を与える可能性は高い。

例えば浸水可能性のないところでは住宅ローンの担保評価が100%だが、浸水リスクのあるところでは50%になるといった具合だ。また東京海上日動火災保険と三井住友海上火災保険は2021年に設備の破損や水漏れなどが多発するマンションの保険料を4〜5割高くする方針だが、同様に浸水可能性の高い立地においても保険料がアップしてもおかしくはないだろう。

■首長のまちづくり計画にかかっている

そもそも都市計画そのものが変更される可能性もある。わが国はこれから本格的な人口・世帯数減少に見舞われ、上下水道などのインフラ維持やゴミ収集・除雪などの行政サービスが非効率極まりないことになってしまう。その分、税金を数倍に上げれば解決はできるが、そんなことは事実上不可能だ。

また市民が災害に見舞われた場合、その被害は甚大であるとともに、行政コストも莫大なものとなる。そこで、都市計画法では街を「人が集まって住むエリア」と「そうでないエリア」に思い切って分断し、あらゆるリスクを分散しているわけだ。

現行の都市計画区域は、すでに市街地を形成している区域およびおおむね10年以内に優先的かつ計画的に市街化を図る「市街化区域」と、市街化を抑制すべき「市街化調整区域」に分かれている。災害に伴いインフラ・行政サービスが断絶する危険性を考えるなら、リスクのある土地はこの市街化区域から外すべきである。

市街化調整区域では原則として建築物の建築は許されていないが、この範囲を見直せば、地域一帯が浸水想定区域であっても対策を練ることが可能だ。こうした決断は首長が選挙に強いところから始まるだろう。

選挙に弱い首長では、有権者の利害が絡むこうした政策は実行しにくいはずだ。したがって、住まい選びは「首長が選挙に強く、思い切った都市政策を打ち出せるか」も今後の選択肢の一つとなろう。

----------
長嶋 修(ながしま・おさむ)
さくら事務所 会長
1967年生まれ。業界初の個人向け不動産コンサルティング会社「株式会社さくら事務所」を設立し、現在に至る。著書・メディア出演多数。YouTubeでも情報発信中。新著に『100年マンション 資産になる住まいの育てかた』(日本経済新聞出版社)。
----------

(さくら事務所 会長 長嶋 修)