本人が特別悪くなくても「自己責任」と言われてしまう世代だ(筆者撮影)

バブル経済崩壊後の超就職難期に学校を卒業した、就職氷河期世代。ロスジェネ世代ともいわれ、年齢にすると現在30代後半〜40代後半ぐらいの人たちだ。今の大学生と比べて人口が多く、受験も就職も競争率が激しいうえ、社会に出る頃には不況のあおりを食らって、望まない非正規雇用の働き方を選んだ人も少なくなかった。そしてこのタイミングで先日、政府は就職氷河期世代を対象に、3年間で集中的に就職支援を行う政策を発表した。経済的弱者は非婚の一因にもつながる。この連載は、そんな就職氷河期のロスジェネ未婚男性を追うルポだ。

韓国人と結婚してほしいとプレッシャー

連載2回目は、フリーライターの健一さん(仮名・38歳)。筆者は数年前にも彼に会ったことがある。受け答えはしっかりとしており、まともな中年男性という印象を受けた。転職活動中とのことだったので、この調子ならおそらくすぐにどこか内定が出るのではないかと個人的には思っていた。


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それからSNSを通じて何かの用事で連絡を取った1年後、彼はいまだに無職で、ギリギリの生活を送っていた。このとき、常識を持ち合わせている人でもこの世代の職探しは厳しいのだと衝撃を受けた。

健一さんは在日韓国人。父親が小さな会社を経営しており、バブル期はかなり儲かったようだ。生まれ育ったのは関西で韓国語も話せないが、家族や親戚は韓国の文化を大切にしていて、とくに家父長制や男尊女卑に関して強いこだわりがあるという。

「長男なので、高校生の頃から結婚のプレッシャーをかけられていました。しかも、『同じ韓国人と結婚しろ』とさえ言われて。また、親戚の集まりとなると、食事の支度をするのは女性です。最近は僕自身、動くようにしていたら『みっともないからやめなさい』と言われましたが、『みんなでやったほうが早いから』と言って手伝っています」

圧倒的に日本人が多い日本で生活しているのに、同じ韓国人同士との結婚を望まれているとは、そのハードルの高さに絶句した。韓国人女性の結婚相手を見つける方法はお見合いか、何らかの韓国人のコミュニティーに属していないと難しい。

幼少期は通名を使っていなかったことで「浮いた存在」となり、友達はいなかった。子どもは異質なものを排除したがるからだと健一さんは語る。また、中学の頃に阪神・淡路大震災を経験。住んでいた一軒家は全壊してしまった。被害の少なかった地域へ一時的に避難後、祖父母の家に移り住んだ。

食いつないだ後、激務の雑誌編集の仕事へ

「中学までは勉強ができたので、偏差値的にはいい高校へ進学しました。でも、進路についてまったく考えていませんでした。とくにやりたいこともなかったので。ただ、親に『大学は絶対出ておけ』と言われ、渋々大学を受験したら受かりましたが、何も勉強したくなくて1年で中退してしまいました。今思うと、卒業しておけばよかったと後悔しています。やはり、就職は大卒が条件の企業も多いので……」

健一さんは顔を曇らせた。また、当時はちょうどWindows98が発売された頃で、インターネット黎明期。これからはパソコンの時代だと思い、大学中退後に情報系の専門学校へ入学するも、またもや1年で辞めてしまった。何か目的がないと物事が続かないのだという。

そして、日雇いバイト、コンビニ、カラオケ店などバイトを転々とするフリーター生活へ。「フリーターって縛られなくてよくない?」という世間の風潮もあった。

さまざまなバイトをした後、最終的にラーメン屋でバイトから正社員になった。4年ほど働いていたが、ある日「レジから金を盗んだ」と濡れ衣を着せられ、社長に殴られ解雇されてしまった。監視カメラが2点、違う角度でついていたので、「録画を見てもらえれば俺が盗んだのではないとわかる」と主張するも、聞き入れてもらえず、録画も見てもらえなかった。

その後は1年ほどパチスロで生活をした。月に20万円ほど稼ぐ生活を送っていた頃、mixiでつながっていた友人から「風俗情報誌の編集の仕事がある」と紹介され、未経験だったがその会社に入社した。

「だいたいどこの編集部も忙しいと思うのですが、僕が入った編集部は月刊誌を同時に2媒体やっていて、しかも同時進行ではなく、入稿や印刷のタイミングが少しズレているんです。1つは関西版の風俗情報誌、もう1つは北陸版の風俗情報誌。だから、通常の月刊誌なら校了後少しゆっくりできる期間がありますが、自分のいた編集部は関西版が終わったらすぐに北陸版の取材のため、休む暇がありませんでした。

取材、撮影、ラフ画作成、原稿執筆、編集、なんなら男性モデルまで顔出しでやっていました。最終的には『Illustratorでデザインに文字を流し込め』と言われたのですが、さすがに『忙しいんで無理です!』と断りました。休みは月に2回あればいいほうでした」

この頃の健一さんは15時間拘束で月給22万円だった。あまりにもハードなので社長に直談判して給料を3万円上げてもらうも、給料の遅配が始まったので退職。その数カ月後に会社は倒産した。

その後、印刷会社に転職するも、ここもブラックだった。飛び込み営業で仕事を取ってくるのがメインの業務だったが、「簡単なデザインのものは自分で作れ」と社長に言われ、名刺などは自分で作った。給料は安かったが、会社の寮に安く住まわせてもらっていたので、住まいの面では助かった。

「何とか働いていたのですが、同期が次々に辞めていき、同期は自分ともう1人だけになってしまいました。もともとの顧客もいるし、辞めた同期の分の仕事もあるしでオーバーワークとなり、10カ月で辞めました。その後は実家に戻ってフラフラとフリーター生活です」

年齢と職歴で落とされてしまう

そして30歳のとき、東京で印刷会社の仕事があると紹介され上京。会社が倉庫代わりに使っていたアパートに無料で住めると言われたのが決め手だった。しかし、ここでも激務を体験。社員も少なく、Illustratorを使える社員が産休に入ったとき、その仕事を健一さんが請け負うことになった。ほかにIllustratorを使える社員がいなかったのだ。

「今思うと、無理やりにでも他の人にデザインの仕事をやらせておけばよかったと思っています。毎日9時出社の24時退社。残業は毎月100時間を超えていました。デザインの仕事もしているので給料を上げてほしいと交渉し、5万円上がって30万円近くもらえるようになりましたが、動悸がしたりと、明らかに体の調子がおかしくなってきました。

このままでは倒れてしまうと、退職をしたら退職理由を自己都合にされていたので、ハローワークで申請し、会社都合にしてもらいました。そうすると失業保険が6カ月出るので」

ここから約1年、無職の期間に突入した。

「当時35歳だったのですが、職を探しても35歳という年齢で、書類審査の時点で足切りされてしまうんです。スキルも資格もないので職も転々としていますし。面接までたどり着いたとしても、職歴のひどさから落とされてしまっていました」

いよいよ貯金も底をつき始めたとき、誰でも受かると思って風俗店の店員の仕事に応募。予想どおり受かったが、待っていたのはまたもや激務だった。仕事を覚えれば覚えるほど任される仕事が増える。しかしその分、昇給のスピードも早い。1日13時間以上拘束の月給28万円だったが、過酷な労働環境に耐えられず半年で辞めた。

「ロスジェネ世代の人でもきちんとした会社で働いて家庭を持っている人もいるんですよね。時代が悪いのか、自分が悪いのかよくわからないです。僕はこれまでとくにやりたい仕事がなかったので、やりたいことがある人がうらやましいです。

今はありがたいことにライターの仕事もリピートしていただけていますが、知らないことを知れるのが楽しいし、目の前にあるからやっているというか。先日は、とあるトレーダーさんを取材するために株の勉強をしました。

そうやって、何か目的があると取り組めるのですが、何もゴールがないと大学や専門学校が続かなかったように、続かないんです。今、ライター業だけでは厳しくて、4月なんてライターとしての収入は4万円でした。だから、週3回、ラーメン屋のバイトもしています」

結婚を考えていた相手に浮気をされ…

そんな健一さんだが、過去に結婚を考えたことは2回ある。1回目は22歳のとき。若気の至りの勢いもありお互い「結婚しよう」と言っていたが、後に彼女の浮気が発覚し破局。2回目は33歳の頃、趣味のサークルで知り合った女性と半同棲までして、土日は一日中一緒にいた。しかし、またもや浮気されてしまった。それも二股以上だった。

「平日、彼女の家に帰ったら、電気をつけっぱなしでスマホも充電せずに寝てしまっていたので、スマホを充電しておいてあげようとケーブルにつないだら、LINEの通知画面が表示され、明らかに浮気の内容のメッセージでした。でも、出来心かもしれないので1度目は見逃しました。でもその半年後、お風呂にもトイレにもスマホを持っていくようになり、2人で並んでテレビを見ていても、微妙にこちらに見えない角度でスマホを触っているんです。

それまではそんなことなかったのに。それで、浮気について問いただしたらあっさり認めて、しかもわかっているだけでも4股なんですよ。何人と浮気したのか聞いたら『4〜5人かな』と人数を濁したので……。この期に及んでまで濁すのかと。もちろんすぐに別れました。複数人と浮気をされてとにかく悲しかったのですが、後から一気に怒りがこみ上げてきて、当時はSNSで荒れてしまいました」

恋愛に関して悲しい思い出のある健一さん。機会があれば結婚をしたいと言うが、「年収200万円の今は、客観的に考えて無理でしょう。年齢も38歳ですし」と肩を落とす。酷な現実だが確かにそうだ。同じ世代で結婚をしたり仕事がうまくいっていたりする人に対して嫉妬心は湧かないのかと聞くと「その人が今まで積み上げてきたものなので、ちゃんとしているなと思う」と、ねたましさなどの負の感情はないとのことだった。

昔は韓国人と結婚しろとうるさかった親も、健一さんのきょうだいが日本人と結婚したこともあってか、最近は韓国人にこだわらなくなったらしいが、やはり結婚のプレッシャーはかけられている。今の時代、40代前後での結婚も珍しくない。今後、健一さんが結婚の機会に恵まれるための第一歩は年収を上げることだろう。本人が特別に悪いわけではないのに自己責任と言われてしまうのがロスジェネ世代なのだと、改めて実感した取材だった。

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